第28話
公爵の勢いに圧倒されてしまった上、テッドの呟きが気になってそわそわしてしまう。処理ができないことが多すぎて、脳が渋滞を起こしているみたい。
‥そういえばバートン卿も、魔女に取り憑かれていた私ごと殺してしまおうと考えていたんだっけ。そんなバートン卿が今や公爵に対して警戒心を抱いているんだから、少し笑えてしまう。
「皇女様、陛下と会いたいですかな?」
公爵はニヤリと笑いながら片眉を上げた。どくり、と心臓が音を立てる。
そんなの‥お父様と会えるなら、もちろん会いたいよ。お父様が魔女の存在を分かっていたのなら、尚更‥‥。
「はい。許されるのであれば」
じわりと手のひらに汗が滲む。公爵は一体何を考えているんだろう‥。
王宮の誰かが私の暗殺を企てているとしたら、何の後ろ盾もないままに王宮に行くのはあまり利口な手段とは思えない。私の命を狙っている人が何人いて、どこでどのように仕掛けてくるかが分からない以上は、いくらリセット魔法があったとしても命が足りなくなってしまう。
そもそも王宮を追い出された私が自由に王宮に顔を出すことは許されないだろうし‥。
「では皇女様。私と取引致しましょう」
公爵はそう言って、声高らかに笑った。
「‥取引、ですか?」
「皇女様には今後も本日のように覆面姿でピアノ演奏を続けて貰いたいのです。皇女様に望むのはそれだけ。‥‥また暗殺者に狙われるかもしれませんが、今度こそ一切の抜かりなく皇女様を守り抜いてみせましょう」
「‥‥王宮に潜む首謀者を炙り出す為ですか?」
私がそう尋ねると、公爵は目を細めて満足げに笑った。
「左様です。やはり皇女様は聡い方ですな!!‥‥先程捕らえた暗殺者たちは皆自害しましてね。自害用に何やら毒を仕込んでいたようで」
公爵にしては珍しく声量は低かった。地を這うような声は声量が低くても迫力が凄いのだけど。
失敗=自害なんだ‥。‥王宮の誰が首謀者なのかは分からないけど、そう簡単には足がつかないようにしているみたいね。
「‥‥そうですか」
「首謀者は覆面の奏者が皇女様であると分かっていますから‥殺しそびれた皇女様が各地で喝采を浴びればそりゃあ腹が立つでしょうし、わざわざこのドラージュ家に睨まれることになってまで暗殺をしようとしたのだから、生半可な筈はない。恐らくまたすぐに皇女様の首を狙うでしょう。だから、敢えてチャンスをくれてやるのです。そうすりゃいずれボロが出る」
公爵の言う通り。きっと近いうちにまた狙われる。私はこんな機会でもなければ外に出ないから、それこそいつものようにあの離宮でまたハラハラした日々を過ごすことになる。それに私の力では、護衛たちに暗殺者を捕らえてもらうことで精一杯な気がする。そこからうまく尋問して首謀者に結びつけることなんて、できる自信は正直あまりない。
それなら公爵に協力者になってもらえるこの機会は大切にしたい。
「皇女様が危険な目に遭うだけじゃないですか」
声を上げたのはノエルだった。どことなくムスッとしたその声色は、公爵への不信感が滲み出ている。
「どこにいても命を狙われることに変わりはないだろう」
公爵が笑いながらそう言うと、ノエルは唇を尖らせた。
「離宮内にいた方が守りやすい筈です!各地を回って環境が変われば不足事態だって起こるかもしれないし‥!」
「ーー悪評をぶら下げたままでは、皇女様が王宮に赴いて陛下と顔を合わせることは容易ではない。皇女様は王宮から追い出されたという立場ですからな。‥‥だから私が陛下に直接掛け合ってみましょう。それが取引です」
私が各地でピアノ演奏をすることで、暗殺者を誘き出して捕らえる。それが屋敷内で皇女の暗殺を企てられたという屈辱から公爵のメンツを守ることに繋がり、その見返りとして公爵がお父様との架け橋になってくれる‥と。
バートン卿は顎に手を置いて考え込んでいる。テッドは丸眼鏡をクイっと持ち上げ、ノエルは唇を尖らせたまま私の判断を待っていた。
「‥‥ノエル、心配してくれてありがとう。でも私、みんなが守ってくれるって信じてるから」
「っ‥!」
リセット魔法もあるし公爵家の後ろ盾も期待していいのなら随分と心強い。
それに‥私のせいで普及が進まないピアノを、私の力で普及していけるかもしれない。
「はっはっは。では、取引成立ということで宜しいですかな?」
「‥ええ、よろしくお願い致します」
「こちらこそ」
公爵のがっしりと分厚くて固い手と握手を交わす。
ーーーこうして永らく離宮のみだった私の世界は、公爵の手助けもあり少しずつ広がっていくことになる。
結局この日は公爵家の騎士の方々に手厚い警備をしてもらいながら、無事に帰路につくことになったのだった。
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