第24話

 前回同様裏口から案内された私たちは、それぞれ覆面の下で目を光らせた。

 バートン卿が頷くと、テッドとノエルは待ってましたと言わんばかりに一斉に地面を強く蹴った。


 私のを元に、2人はメインホールをぐるりと囲む2階の通路に向かっていく。幸い裏口から2階への階段はすぐ近くにあった為、2人は簡単にドラージュ家の案内役を振り切ることができた。


「ちょ、ど、どういうことですか?!」


 案内役の男性は突然走り出した2人を見て大いに慌てふためいている。このドラージュ家の案内役がドラージュ家を、彼は暗殺者が2階に潜んでいることを知らない筈だ。

 ルイーズ嬢に罪を被せるつもりなら、ドラージュ家の人たちは主犯じゃない。‥例え私が憎い悪女であったとしても、自分たちの屋敷の中で皇女が死ぬなんて、あってはならないこと。


 だから前回ステージ上の私たちを襲ったのは、きっと王宮の誰かが用意した暗殺者。足がつくわけにもいかないから、ドラージュ家に気付かれないように忍び込んでいるんだと思う。今日みたいに盛大なパーティーが開かれている日は、どれ程警備を強化していても多少の綻びが出るものだ。


「す、すみません。彼らは終盤一番盛り上がる場面で、2階からとある演出をする予定でして‥」


 私がそう言うと、案内役の男性は眉を八の字にしてやれやれと大きなため息を吐いた。


「勝手な行動をされては困ります。いくら貴女様が王宮からわざわざ派遣された方だとしても、全てを許容できるわけではありません。‥ここは公爵家なのですよ」


「す、すみません‥」


「事前に言ってくだされば2階もご案内させて頂きましたのに‥!‥何かあっては困りますので、警備のものを呼んでまいります。悪く思わないで下さいませ」


 案内役の男性は憤りを表しながらオッホンと咳払いをした。私たちの行動はあまりに非常識だから、彼が怒るのは当然のことだ。

 むしろこのくらいの警戒で済んでいるのは、令嬢のバースデーパーティーに合わせてが派遣してきた特別ゲストだからだろう。


 案内役の男性が大きな声で騎士たちを呼びつけると、わらわらとすぐに大勢が集まった。

 ドラージュ家の紋章が刻まれた鎧を纏った騎士たちは、たちまち2階へと上がっていく。私たちの後ろにも数人の騎士たちが囲うようにして付いてきた。


 何かを言いたげなバートン卿が、私をじっと見つめている。このシーンは予知夢にあったのか聞きたいのかな?


「‥‥‥私たちが身勝手な行動をしたばかりに、警戒させてしまい申し訳ありません」


 私が案内役の男性にそう声をかけると、彼は困り顔のまま「‥どうぞこちらへ」と袖口への案内を再開させた。


 ーーこの沢山のドラージュ家の騎士たちは、むしろ事態を好転させてくれるんじゃないかしら。


 もしも仮に、騎士の中に裏切り者がいたとしても‥、この騎士たちの過半数が裏切り者だなんてことはないだろうし‥。

 2階にも沢山の騎士たちが上がっていったから、そんな環境では暗殺者もうまく立ち回れないんじゃないかな。


 バートン卿も私と同じ考えらしく、騎士たちの様子を推し量るように見つめながらも案内に素直に従っている。


 元々ドラージュ家の護衛は信用しきれずに頭数に含めていなかったけど‥これ程まで仰々しく騎士たちが周辺を警備してくれるのなら話は別だ。


「‥‥2階に動きがありましたね」


 袖口から2階を見上げたバートン卿は、落ち着いたトーンで言葉を落とした。


 ノエルやテッドが向かった2階は、ホール全体を見下ろせる通路になっている。通路の壁には重厚感のある深紅のカーテンが幾重にも折り重なっており、大の大人がカーテンの裾に隠れていても簡単に気づけるものではなかった。


 2階にいた暗殺者たちはどうやら3名。いずれも突然勢いよくその場に現れたノエルとテッドに虚を衝かれたようだった。

 私を守っている筈の2人が、私を守らずに暗殺者の元へピンポイントで駆け抜けてくるなんて、誰が予想できるだろう。

 私がステージに出てくるのを今か今かと待ち侘びていた暗殺者たちは、いとも容易くノエルとテッドに拘束された。

 彼らは私に狙いをすませる為にかなり集中していたようだし、身を隠す為にカーテンに身体の大部分を潜めていたらしく、突然の奇襲にまともに反応できなかったらしい。


 ノエルとテッドの様子を袖口から見守っていた私は、案内役に「あの、早くしてくださりますか?」と促されてハッと我に返った。


 いけないいけない。ハラハラして見入ってしまってた。‥けど暗殺者は反対側の袖口にも‥って、あれ?


 私の隣にいた筈のバートン卿が、いつのまにか反対側の袖口に移動してる‥。ステージの壁の裏には簡易的な通路があって、反対の袖口には悠々と移動することができるけど、いつの間に?


 バートン卿は見知らぬ男性と肩を組みながら、私を見て頷いた。たぶん彼は、その行為だけで私に何かを伝えようとしている。というか、伝わる筈だと思い込んでいるみたい‥。

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