第23話
もちろんすぐに指を鳴らしてリセットした。
数日ぶりの命の危機に、心臓が嫌な音を鳴らす。もちろん私の命だけではなくて、みんなの命だって守り抜きたい。
サリーが私を起こしに来る前に、私は状況を整理しようと必死だった。
バートン卿が対峙していたのはひとり。反対側の袖口にいた相手のみ。
一方で、2階からこちらに弓を放っていたのは少なくとも2人以上。矢の本数的にも、更に多くの刺客がいるかもしれない。
恐らく私を狙っていた。
‥となると、私がお忍びでドラージュ公爵邸に行くことを知っていた人が企てたということ。
‥もしかしたら差出人不明の“王宮”からの手紙を送ってきた人が計画したのかもしれない。
ーー私に死んで欲しいその人は、敢えてドラージュ公爵家のパーティーという場を選んだ‥。
理由は、魔女と相対していたドラージュ公爵家で私が死ぬことで、ルイーズ嬢に疑いの目がいくからーーー?
それならば、そもそものこのパーティーで演奏することを辞めるべきなのかと真剣に悩んだ。‥けど、どこか冷静だった頭はその決断を下さなかった。
このパーティーに乗じて私を殺したかったということは、前々から計画した上での犯行だったということ。
つまり私が今回この依頼を投げ出して姿を表さなくても、また別の機会に必ず命を奪われる。
ーー通り魔や愉快犯と違い、犯人は確実に私を狙っていたのだから。
それならば、リセット魔法が許す限りやり直して、どこの誰が犯人なのかを見破るべき。
そう思った私は、駄々をこねるベルタを部屋に残してテッドを同行させたのだった。
正直前回もベルタの出番は特になかったし、1階にも2階にも敵がいるのなら戦える人を身近においた方がいい。
さっきまでは人前での演奏に対しての緊張で震えていた指が、今度は命のやりとりに怯えての震えに変わっていた。
バートン卿も、ノエルも矢を受けていた。テッドは先程居合わせていない。つまりここにいる3人は信用していいはず。
先程は会場に着いてから袖口に案内されるまであっという間だった。今のうちに伝えて行動に移すしかない。
「‥‥みんなに言っておきたいことがあるんですけど」
私の言葉に、皆が耳を傾けてくれた。揺られる馬車の中、私は息を整えた後に口を開いた。
「‥その、私‥‥。たまに予知夢を見ることがあって。‥今から行く会場に、刺客がいるんです」
「「「?!」」」
3人とも目を見開いていた。私の発言が簡単に信じられるものではなくても、ここから先の話は信じるしかなくなるはず。
「‥‥ドラージュ公爵邸に着いたら私たちは裏口から案内されます。もうパーティーは始まっていて、すごく賑わってる‥。ステージの袖口から登場した私がピアノの椅子に座ると、2階から何本か弓矢が降ってくるんです。それと同時に、反対側の袖口に刺客がひとり‥」
具体的な私の話をこの場で声を上げて否定する人はいなかった。
そもそも、皇族はこうした超常的な力を持って生まれてくることが稀にある。この力が魔女の魔法によって授けられたものであっても、それを証明することはできない。
例え私が妄想を膨らませて脳内を拗らせているとしても、妄想の話をここまで具体的に話すことは難しい。
よって、3人はドラージュ公爵邸に着いてからの作戦を立て始めた。
「‥皇女様の話では、刺客は少なく見積もって3名ですよね。1階の反対の袖口に1名と、弓使いが2名以上‥。会場の護衛は信用しないとして、ここにいる護衛3人だけでこの事態を乗り切る必要がありますね」
考え込んだようにバートン卿が声を落とした。相変わらず落ち着きのある優しい声。
「‥その予知夢では、一体どうなったの?」
ノエルは腕を組んで首を傾げた。テッドもごくりと息を飲んでいる。
「私はノエルに庇ってもらって無傷でした。バートン卿はすぐに袖口の刺客と戦っていて‥でも、お2人とも2階からの矢を受けてしまうんです」
そんな私の言葉に反応したのはテッドだった。
「‥‥私は刺客を前にして、何もしなかったということですか」
不服そうにジト目になっているテッド。馬車に乗り込む際には心なしか少し嬉しそうにも見えたけど、今彼が纏っているオーラは真逆のものだった。
「予知夢ではテッドじゃなくてベルタを連れて行ってたのよ。だから、無理矢理テッドに変えたの。この方が戦えるでしょ?」
私がテッドに向かってそう言うと、彼は丸眼鏡をクイっと上げてから「そうですか‥」と言葉を落とした。
「皇女様は‥刺客がいるのがわかったうえで、ドラージュ公爵邸に向かわれるのですね‥」
バートン卿の掠れた声が響く。
「‥‥はい。今日行かなければまた別の機会で狙われるだけなので‥情報が分かっている時に行っておきたくて」
「無茶をするお方ですね‥。大元が別にいて、殺し屋が雇われているのであれば、今日を乗り越えてもまた次があります」
確かにそうだけど‥。
それに、王宮の誰かがその大元なのであれば、私はそもそもチャンスを貰ってすらいないということになる。
ズシリと心が重くなる。私を殺すための計画に踊らされて私は喜んでいたのかもしれない。
だけど‥。そもそも求められていなかったとしても‥。
もしあの大舞台で演奏を成功することができたら、やっぱり何かの突破口になる気がしてならない。
誰がどんな理由で私を殺したがっているのかも気になるし(理由なんて腐るほどあると思うけど)、リセット魔法もあるし頼もしい護衛たちもいる。
正直、立ち向かえるのなら、立ち向かいたい。そのための力だと思うから。
「‥もし次にまた狙われても‥きっと予知夢を見るから‥。力を貸して下さい」
私がそう言うと、バートン卿は少しの時間固まった後に小さく声を出した。
「‥‥私たちの力は皇女様の為のものですから」
「ありがとうございます」
そうこうして、私たちの2度目の今日が始まった。
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