第18話


 新しいメイドはベルタという少女だった。紺色の長い髪を一本に縛り、猫のような目をした女の子。背筋は伸びていて、“凛としている”という印象。


 部屋に2人きりになった時も、私に怯える様子はない。淡々としているけど、何かとベルタの視線を感じることが多かった。ベルタなりに、私の行動パターンを早く覚えようとしてくれているのかもしれない。


 ーーバートン卿を追い返してから2日。

この間特に命の危険を感じることもなく、リセット魔法を使うこともなかった。


 ちなみにノエルは騎士たちと同じように離宮内で寝泊まりしながら私を守ってくれてる。騎士は交代制で決められたルールの中で動いてるけど、ノエルはひとり、騎士たちとは別行動で過ごしていた。


 束の間の平穏だけど‥私には一点懸念がある。


 ーーそれは、バートン卿にを口止めできていないということ‥。

 私が魔女ではないと伝えて、最終的には恐らくそれを信じてくれたけど‥。そのまま追い返してしまったから、それ以上の話ができていない。


 とはいえ私が魔女に体を乗っ取られていたことを周囲に伝えれば、自ずとバートン卿が満月の夜に吸血鬼になることも、魔女とあんなことやこんなことをしていたことも明るみになるかもしれない。

 それはバートン卿にとっても極秘にしていたいことの筈だし、たぶん公言しないよね。いや、できないよね?!


 ‥そうは思っても、バートン卿の心境なんて私には分からないし‥もしかしたら私とは考え方が全く違うかもしれない。


 それに、今後の満月の夜についても話し合わないといけない。


 バートン卿はあの時、満月の夜に血を飲みそびれて具合が悪そうだった。あの朝はもう満月の夜ではなかったのに、前夜に血を飲めなかったせいで吸血鬼状態が続いてた。牙もあったし。


 ということは、一晩知らんぷりしていれば勝手に治るというわけではないわね。

 

 血を飲まなくてはならないけど、血を飲むと理性が吹き飛んでしまう。私もあの時理性が飛びかけたけど‥血を容器に入れて渡せば、私の理性が飛ぶことはないんじゃないかしら。ノエルに血を運んでもらえば、とりあえず私がバートン卿に襲われることはないわね。

 バートン卿もこの間ビンタしたら我に返ったし、多少悶えるかもしれないけどなんとかなるのでは‥?


 そんな淡い期待をして、私はぎゅっと自身の手を握りしめた。気が重いけど避けられないことだし‥。バートン卿と直接お話しないと。


 私はテッドに頼んでバートン卿をこの孤城に呼んでもらうことにした。

 テッドは不可解そうな顔をしていたけど、馬に乗って騎士の屯所に向かってくれた。驚くことに、戻ってきたテッドの隣にはバートン卿がいた。いや、早すぎませんか?


 数日後でよかったんですけども。暇なんですか。


「‥ご機嫌よう、バートン卿」


「‥‥お呼び、いただき‥光栄デス」


 バートン卿はこの前別れた時と同じく、申し訳なさそうな顔をしながら苦しげに声を落とした。

 表情が違えば声の印象も随分と変わるのね。バートン卿の掠れた低い声はどことなく落ち着いていて優しそうにも聞こえる。この間は刺さるような怖い印象だったのに。


 貴賓室に入り、バートン卿と私とノエルの3人になるとバートン卿は片膝を床に付けて深々と頭を下げた。


「本当に、申し訳ありません‥皇女様。お望みでしたら、ここで自害致します」


 そのバートン卿の様子を見てノエルも察したらしく、「え?騎士団長も?」と目を丸めた。


「自害は結構です。それに、貴方も魔女の被害者ですから‥私はバートン卿を責めるためではなく、満月の夜に対してどう足掻くかをご相談するためにお呼びしました」


 バートン卿は数秒固まった後にやっと私の目を見た。鋭さを無くした紅く縁取られた双眼は、少しの戸惑いを滲ませて揺らいでいた。ルビーのような、吸い込まれそうな瞳。


「‥‥‥満月の夜に私に協力するつもりですか‥?皇女様には何のメリットもありません」


 前回の一人称は俺だったけど、今日の一人称は私だった。態度もそうだけどこういう細かなところからも、もう私が魔女ではないのだと信じてくれたんだと思う。


「‥でも‥ずっと魔女と関わりがあったっていうことは、きっと私の血以外ではダメなんですよね?」


 血を吸わせてくれだなんて誰にでも頼めることではないけど、少なからず殺したいほど憎い魔女を求めるくらいならば、他の女の人の方がよっぽどマシだったはず。


「‥‥はい。あの衝動は、皇女様の血に対してのものです」


 バートン卿が戸惑いながらもそう答えると、ノエルがそっと手を挙げた。


「えーーっと、その。俺もここに同席してるってことはさ?俺、詳細聞いていいんだよね??今のところさっぱりわけわからないんだけど」


 バートン卿はノエルの存在を許可してくれていたし、ノエルが魔女の存在を把握しているとわかっている。


 本当はこんな話したくないけど、ノエルにはこれから協力してもらいたいし‥話すしかないよね。


「‥‥魔女のせいでバートン卿は満月の夜に吸血鬼になっちゃうの。それで、私の血が必要なんだけど、血を吸うと理性が飛んじゃうの」


「ーーーーん?」


 ノエルは眉間に皺を作り、分かりやすく首を傾げた。ま、そうなるわよね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る