第5話
歴史書を何冊か読み終えた頃、ミーナが昼食を運んできた。心臓がドクン、と嫌に跳ねる。
なんとか平然を装って「ありがとう」と伝えると、ミーナは感情の読めない静かな顔をしながら「とんでもございません」と呟いた。
お昼ご飯は前回と違い、パンとステーキ、そしてスープは毒殺の時と同じコーンスープだった。
記憶が残っているのは私だけだし、この食事に毒を混ぜるとしたら、やっぱり前回と同じコーンスープだと思う。
前回と違ってナヨナヨしないようにはしていたけど、魔女はそもそも『死亡フラグしかない』と言っていたから、いつ誰に殺されてもおかしくない状況に変わりないんだと思う。
できれば前回のリセットを無駄にしたくはない。
「‥‥‥ねぇ、ミーナ」
私が昼食を食べる姿を凝視しているミーナに、やんわりと声をかけてみた。声が震えないように静かに声を出したんだけど、あざといくらいにふわりとした口調だった。
そのいつもと違う私の声色に、ミーナの顔が引き攣る。これは単にあざとい口調の私に引いたわけではなく、気付かれたかどうか怯えている顔に見える。
「‥‥な、なんでしょうか。‥‥‥え?!」
私は、ミーナににっこりと微笑みながら、ミーナにスプーンを差し出した。
「たまには、目の前で毒見してもらおうかな」
「キ、キッチンから持ち出す際に私の目の前でコックのマイケルが毒味をしていました。なのでもう毒味は済んでいます」
‥その話が本当なら、ミーナは単独犯なのかな。いや、まだ断定できないか‥。
「いいから食べてよ、ね?」
「っ‥しかし、」
ミーナの顔がだんだんと真っ青になっていく。ガタガタと震え出した彼女の両足を見て、幼い頃に馬の出産シーンに立ち会った事があったことを思い出した。子馬はガタガタと震える足をなんとか立たせようと必死だった。自力で立てるようにならないと、母馬の母乳を飲めないから死んでしまうのだとか。命を賭けて震える、力強くも危なっかしい足の震え。
「ねぇ、大丈夫?ミーナ。すっごく震えてるわ」
「っ‥」
もう、毒入りと断定していいわね、これは。
「毒入りなのね」
「‥‥‥‥‥も、もっ、も、申し訳御座いません!!」
素直に認めてくれたミーナに、ほっと安堵の息を吐いた。
実は部屋に戻る直前、レオンに声を掛けていた。ミーナが昼食を届けにきたら、外から部屋の様子を探っていて欲しいと。少しでも大きな物音がしたら部屋に入ってきて欲しい、と。
ミーナの声を聞いてか、レオンはすぐに部屋に入ってきた。震えながら土下座をするミーナと、椅子に座ったままスプーンを持つ私。
何が起こったのか理解できていないレオンを見るに、ミーナとレオンはグルではないことがわかる。
ミーナが毒を仕込むのが分かっていたら、私が勘づいていることをレオンがミーナに伝える筈だから。
「な、何事ですか?!」
レオンがすぐに駆け寄ってきた。ミーナはレオンを見て、途端にぶわっと涙を流し始めた。
「レオン!!私、貴方を取られたのが苦しくて!!」
「は?何を言って‥」
ミーナとレオンは恋仲だったのかな‥。魔女がレオンを誑かしたことで、2人の関係が壊れてしまったのかもしれない。‥つくづく魔女は幸せクラッシャーだ。
それに、魔女が手を出していたのはレオンにだけじゃない。愛するレオンを奪われた上に、夜な夜な相手を変えて酒と男に溺れているところを見ていれば、そりゃあ殺意が湧くに決まっている。
「本当にごめんなさい。ちょっとした出来心だったんです」
泣きながら謝るミーナと食事を始める前の状態の私を見て、レオンもミーナが毒殺を図ったのだと気付いたらしい。
「お前‥まさか‥!!!」
途端に短剣を鞘から抜いたレオンを見て、ミーナは絶望的な顔をした。
皇女の毒殺を企てることは、許されることではないけど‥間違いなく魔女のせいで彼女が深く傷付けられたことはわかる。
「待ってレオン。ミーナを殺さないで」
「しかし‥!!」
レオンはここでミーナを殺そうとした。皇女の護衛としては当然の判断。だけどそれはミーナにとって、耐え難いほどの絶望だった。
「ちょっと、ミーナ?!」
彼女は自らスープの器を持ち、そのままコーンスープを飲み出した。
「っ、ミーナ‥!おまえっ‥」
ミーナの予想外の行動に、レオンも彼女の名を呼んだ。しかし、ミーナはそのままぐるんと白目を剥き、苦しみ悶えたあとに泡を吹いて倒れた。
「‥‥‥間違った。私、間違ったんだわ」
「‥え‥?」
彼女の死を確認し、そっと彼女の瞼を下ろしたレオン。私が発した“間違った”の意味が分からずに、聞き返してきた。
ミーナが再び私の命を狙うことは回避したかったけど、ミーナを殺したかったわけじゃない。何より、ミーナは私と同じく魔女の被害者だし、私のことを心の底から憎む気持ちが理解できるから。
リセットしたいけど、もう失敗はしたくない。どうすれば穏便に済ますことができたのかを考えていたその時、他の騎士たちを呼びに行った筈のレオンの悲鳴が辺りに響いた。
「‥うぁあっ!!」
「レオン‥?!」
廊下に飛び出すと、血まみれで倒れるレオンの姿があった。その横で、ノエルがにっこりと微笑んでいる。
「‥邪魔者はもう消したから。もう大丈夫だよ。‥コイツがいるせいで、俺を追い出そうとしたんだよね?だって皇女様、俺のこと大好きだって言ったもんね?さっきは突然解放するとか言うからパニックになっちゃったよ。もう、びっくりさせないでよね」
そう言ってノエルは頬を赤らめて、照れたように笑った。
ーー私はこの時漸く、“死”がどれ程までに私に近いのかを酷く認識させられた。
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