M野くん

 一日の始まりは?

 そんな質問された時、深夜零時と言う人より、朝が一日の始まりだと答える人の方が多いのでは無いだろうか?

 そしてそんな一日の始まりに新しいことを始める人が多いらしい。

 例えばそれは“おわり”を選ぶ場合でもだ。

 A直、B直、C直、一通りのローテンションをこなしてみれば時間帯ごとにメインとも言うべき仕事の種類があることが分かってくる。

 取り敢えず、やっぱりA直は新規の方が多い。

 M野くんが来たのもそんなA直の早朝だった。

 現役の男子高校生であることを示す様にブレザー姿で現れた彼は、コスプレと言う訳でなく、しっかりと高校生だった。


 十八歳。


 選挙権と共に死ぬ権利も解放される年齢だ。

 今の時代、高校三年生の時期にクラスメイトが減ることは、まぁ、良くあることではあった。

 それは自殺屋が叩かれる理由の一つだった。

 若者。人生経験の浅い彼等が未来を捨てることを良しとしない人は居る。居るし、言ってることは分からないでもない。

 それでも権利として認められている以上、それを止めると言うのは違うのでは? と言うのは僕の意見だ。

 特にM野くんの様に誕生日の朝に自殺屋に来る様な子に対してはだ。

 人生の酸いも甘いも分からない。これから楽しいことが、幸せなことがある……のかもしれない。それはそうかもしれない。

 だが、彼等は今、或いは過去の時点で生きることに絶望をしてしまったのだ。

 何があったら誕生日に真っ直ぐに自殺屋に来ることが出来るのか?

 そこを想像して欲しい。

 “おわり”は怖い。薬で、眠る様に――そう言う配慮はされているが、それでも、間違いなく怖いことなのだ。

 それを選ぶ程に追い詰められた彼等に対して『お前は間違っている!』と更に追い込む必要はないと僕は思うのだ。


■□■□■


 まぁ、それでもこのパターンがスムーズに行くことは無い。

 普通の。育児免許が取れる様な親御さんであれば、当然、直ぐに駆けこんで来る。

 そんな訳で、受付から二十四時間が経過したのでご家族にメールが送信されれば、その一時間後にはM野くんの親御さんがやって来た。

 何時ぞやのK田さんの息子さんを思わせる勢いで一組の男女がドアを開ける。

 既に経験済みであるし、ある意味一番対応に気を付けないといけない相手だと宇津木先輩に聞かされていたので、動じない様に意識をしながら対応する。


「息子を出しなさい、人殺し!」


 わぁ、となる。

 お母さまの方はエンジン全開で絶好調だった。

 まぁ、余裕が無いのは分かり切っているので、直ぐに用意していた書類、面談の為の書類を差し出す。


 ――太線内の記入をお願いします。それと身分証明書をお持ちでしょうか?

「こんなことやってる時間はっ――」

 ――はい。その通りです。ですが、記入して頂かないと面談は出来ません。時間は更に無くなります


 なるべく抑揚を付けずに、自分に言い聞かせる様に、落ち着いて、それを意識してそう言えば、未だ多少は冷静だったお父さまの方が動いてくれた。

 まぁ、幾分か落ち着いている様に見えるが、それでも余裕はない。ひったくる様にしてボールペンを奪い、運転免許証を叩きつけると猛烈な勢いで記入を開始した。

 軽く、目くばせ。

 宇津木先輩は席を立った。

 相手に余裕がないことは分かり切っているので、先に呼びに行ってもらったり、面談室の準備を整えて貰うのだ。

 M野くんが選らんだのは面談A。


『職員の立ち合い無しで場所も自由。時間制限も無し』


 だ。これは宇津木先輩が選ばせた。確実に揉めることが分かって居るので、当然、M野くんはC。最低ランクを選ぼうとしたが、それを止めた。

 このパターン。

 大抵の場合、残された親御さんは本当に傷つくのだ。

 子供を失う親の気持ち。それは本当の意味では僕には一生分からないことなのだろうが、想像は出来る。間違いなく自殺屋の闇の部分だ。

 僕ら自殺屋が手を差し伸べず、背を押さないとは言っても、子供の後に直ぐ親と言うのは流石に口を出したくなる。

 だから面談Aを選んで貰う様にしていた。

 ただ、面談場所としてはアクリル板を挟む部屋を用意することになっている。

 割と取っ組み合いの喧嘩に発展してしまうのもこのパターンの特徴だ。


■□■□■


 説得されて。

 或いは擦れ違いが解消されて、誤解が溶けて。

 そうして“おわり”を選ばなくなることは良くあることだ。

 人は死に易いが、死に難いのだ。

 だが、どうやらM野くんは随分と意志が固いらしい。

 泣き腫らしたお母さまと、そんな彼女を支えるお父さまが面談室から出て来た。少しヒートアップし過ぎていたので、昼食も兼ねて一時間の休憩を入れることにしたのだ。

 M野くんの食事を持って行くとき、僕は自分の分も持って行くことにした。

 それを見た宇津木先輩が何かを言いたそうにしていた。

 グレーゾーンです、と口をパクパク。先輩はソレを見て無駄に大きく息を吸った後、盛大な鼻息を吹き出した。

 それだけだ。

 なので僕はM野くんに食事を届け、近くのパイプ椅子を引き摺り、M野くんの横に座って、手を合わせて――


 ――いただきます


 食事に感謝を捧げてみた。


「…………………あの?」


 何してるんですか? とM野くん。

 食事を置いた僕が退出しない時点で、ん? となり、パイプ椅子を引き摺りだした所で更に、んん? となり、隣に座った時には、んんん? となって。止めの様に捧げられる食事への感謝で耐えられなくなったらしい。

 まぁ、気持ちは分かる。

 同じ状況なら僕だって『何してるんですか?』となる。だが許して欲しい。


 ――この調子だと僕達との最後の面談の時間が取れるか危ういので……

 食べながらで良いので、お付き合いをお願いします、と頭を下げる。下げて、弁当に手を付ける。「え? あ、はい、食べながらで、良いなら……」勢いに押される様にM野くんが折れてくれたので、再び、ありがとうございます、と頭を下げた。


 ――先ず最初に。“おわり”を選んだ理由が①になってますけど、コレ、本当ですか?

「……疑うんですか?」


 凄む様な声。だがそれに僕は明るい声で、弾ませる様に答える。


 ――はいっ! 『人生に疲れたから』は理由を言いたくない時に使われるのが常套ですので

「……っ」


 断言する様に言えば、ぐっ、とM野くんは言葉に詰まってしまった。

 だからぼくはむぐむぐと食事を進めながらも、言葉も続ける。


 ――本当は⑤の『人間関係』ですよね?

「何で、それっ……!」

 ――まぁ、僕も経験者ですので……


 他の項目が当てはまることは無いだろうと言う推察も、勿論あった。普通の高校生が抱える様な問題だと、健康問題、家庭環境、そして人間関係くらいだ。

 M野くんは健康だし、ご両親は間違いなく良い人達だ。そうなると残るのは一つになってしまう。

 そして僕も以前は学生だった。

 そして学校の人間関係で嫌な思いをした経験もあった。だから断言が出来た。


 ――映像を提出すれば、止めさせられますよ?


 技術の進歩で脳から映像が取り出せるようになっている。冤罪は無い。虚偽は直ぐに見破られる。M野くんが、どの程度をやられたかは、僕には分からない。

 それでもM野くんが自殺屋に来る程度のことをやられたのだと言うことは僕にも分かる。

 そこまでのことをやっているのならば、相手は間違いなく犯罪者として扱われるはずだ。


「経験者? それは無いですよ」


 は、と唇をゆがめて、馬鹿にする様にM野くんが笑う。


「だって、あなた、相手を許してるじゃないですか」


 この瞬間。

 声を、震わせながらのこの言葉で僕はM野くんの説得を諦めた。

 どうして彼にソレが分かったのか? そんな疑問を抱くことすらなかった。

 僕が生きている。生きて、ここに居る。

 そのこと事態が、既に僕と彼が同じ“経験”をした同士ではないと言う証拠だと彼は言う。

 同じ“経験”をしているのなら、こうして話しているはずが無いのだと彼は言う。


 ――そこまで、ですか?

「……」

 ――月並みですが、彼等を人生から追い出して、生きてみるのもありだと思いますよ?

「……その程度で、済ませる気は無いです」

 ――そうですか。でもその理由、ご両親に話してあげた方が良いですよ


 せめても、と付け足す様に。

 僕は、彼にそれだけしか言えなかった。


■□■□■


 結局、M野くんは“おわり”を選んだ。

 薬で眠る様にして彼は居なくなった。

 入所者に“おわり”を迎えて貰う冷たく、白い部屋。

 今、この場に残っているのは彼だったモノと、彼が生前サインした書類に基づいて用意された記憶のデータだけだった。

 彼の意向に従い、遺書と一緒にデータを警察に提出するのが、僕が彼に関われる最後の仕事だった。

 傷一つない綺麗な顔。

 傷だらけの身体。

 そして鋼の復讐心。

 それが今、この場所には有った。


■□■□■


 あるニュースを見た。

 M市の高校の一つに奴隷商が入り、五人の男女を捕らえたと言うモノだった。

 効率を優先して、彼等が一堂に会する高校で捕まえることにしたのだろう。ニュースになることを奴隷商の皆さんは気にしない。

 五人は容赦なく名前と顔を晒されていた。

 未成年である前に犯罪者である彼等に配慮をする必要は無いし、残った家族に手を出せば出した方が犯罪者になるので、匿名報道と言うのは滅多に行われない。

 彼等は継続的な暴行を加え、一人の少年の命を奪ったらしい。

 五人でやったからと言って、その罪が分割されることは無い。

 だから彼等五人は奪った一つの命の分の罰を受けなければならない。

 脳制御をされ、苦しませるのが目的なだけの労働に一生従事する。

 僕は知っていた。

 これが一人の少年の復讐なのだと、僕は知っていた。

 まぁ、それだけだ。







あとがき

里帰り(県内)をした結果、ポチ吉の葬式では「もってけ!セーラーふく」が友人の葬式では「恋のミクル伝説」が、それぞれボーカル入りで流れることが決まった。


――バーバラ。俺にも、死ねない理由が出来たよ……


そんな訳でそっちに行くのは遅れそうです、バーバラ。

奴より先に死ぬわけには行かねぇ!


そんな本編と関係ありそうでないあとがき

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