夜の自殺屋

 自殺屋は週休二日だ。

 生き物が相手なので、休みは定まっておらず適当に二日を選んで休むことになる。

 選ぶ基準は自分の予定などもあるが、一番は相棒、僕の場合であれば先輩と重ならない様に取ることが望まれる。

 僕が二日。先輩が二日。つまり僕と先輩は週の内、三日程しか顔を合わせないと言う訳だ。

 とてもすくない。

 だがソレでは流石に新人教育が進まないと言うことで、初週であるこのA直に限っては一日だが所長が担当することで僕と先輩の休みを重ねて四日顔を合わせることになった。

 それでも一日。

 僕は一人で勤務することになる日があった。

 勿論、所長も居る。最悪の場合と言うのは無い。

 そもそも。

 そもそも、だ。

 僕ら人間は機械に働く場所を空けて貰っているに過ぎない。だから解決方法は簡単だ。『最後に触れ合うのが心を持った人間であるべき』。そんな自殺屋の理念は僕が体現し、その他のフォローを機械にやって貰えば良い。そんな訳でーー


「手伝ってる所を何度か見てるだろうが……改めて紹介しよう、後輩。我々の業務の要であり、切り札エース、アイザッだ」

 ――区切る場所、おかしくないですか?


 アイザッ、って……。


 ――って言うかアシモフの方が良くないですか?


 通りが。或いは知名度が。


「お? 何だ、後輩? 元ネタ分かる系か?」

 ――文系でしたので

「どっちかと言うと理系の聖書バイブルって感じだけどな。ま、それなら話は早い。アイザッくんと呼んでやってくれ」

「よろしくお願いします」


 と、アイザッくん。男性の様で、女性の様で、男性ではなく、女性でもない。中性。見る人によってどうとでも性別が変わる人型は、明らかに人ではないことが分かる様にと右眼を剥き出しのカメラアイにされながらも、柔和に『笑い』ながら、丁寧に造られ、人のモノと区別が付かない合成音声で僕に挨拶をしてきた。

 使う場所が場所自殺屋だからだろう。

 人間らしさをコンセプトに造られたロボットだった。


 ――何度か見掛けてはいましたが、改めて……よろしく、アイザッくん


 手を伸ばしてシェイクハンド。

 触れた右手は人の様な感触をしていたが、人とは違う暖かさをしていた。

 それだけだ。


■□■□■


 朝が無駄に早いA直。

 深夜から早朝にかけてのC直。

 そんな僕の体内時計に優しくない二つと比べると十四時から二十三時勤務のB直は少しだけ僕向きだった。

 まぁ、一番健康的なのは間違いなくA直なのだろうが、僕は夜型と呼ばれる生態を持って居た。夜遅くまで起きている分には強いが、その分、早起きはキツイ。そんなだ。

 因みに宇津木先輩は赤子型と言う。

 夜は早く寝ないとだめだし、朝は遅くまで寝てないとキツイ。

 実に今の時代に適応した生態だと思う。

 アイザッくんと業務をして、改めて実感したのだが、機械は既に人を越えている。

 極論、僕等人類は彼等が造る社会に管理されていれば死ぬことなく、増えることが出来る様になっているのだ。

 それでも人間がやった方が良い仕事と言うモノはある。『人間である』と言うこと事態が需要を産むことがある。

 それは人の最後に立ち合う僕等自殺屋であり――


「いや、だから、駄目なんだって。そう言うのは許可してねぇんだよ! あ? 店に電話? しろしろ、寧ろして下さいだよ。行政に届け出る際、ここへの派遣は認められないって説明されてるはずだからな!」


 宇津木パイセンが対応しているお姉さんだったりする。

 お電話するとやって来てくれて色々なサービス(R18)をやってくれるお店に努めているお姉さんだ。

 噓かほんとか世界最古の職業とも言われる職業は、まさしく『人間であること』が一種のステータスなので機械が著しく発達したこの久化の時代にも現役という訳だ。

 普通ならココに派遣されることは無いのだが、どうやらお姉さんのお店は最近オープンしたばかりらしく、住所だけ言われてやって来たらしい。来るのは良いけど、入るなよ。明らかに駄目だろ。それが素直な僕の感想だ。感想、なのだが……

 何と言うか、心因性終末ケアセンター、つまりは自殺屋に派遣する方もする方だが――


 ――呼ぶ方も呼ぶ方だよなぁ


 説得している内に何故だか意気投合。仕事が終わったらお姉さんと会うことにしたらしい宇津木パイセンに軽蔑の視線を送りつつ、僕は盛大な溜息を吐き出した。


■□■□■


 人間、十人十色なので、良い人も居れば、普通の人もいるし、明らかにやべぇ人もいる。

 生きてれば誰でも使う可能性があるのが自殺屋なので、やって来る人は実に多種にて多様だ。

 B直二日目の二十一時十五分。前日にどうにか体内時計の調整に成功した僕は割と時間を持て余していた。

 この時間に新規さんは余り来ないし、この時間に終わりを迎える人も余りいない。ついでに入居者の皆さんも大半が眠る準備などを進めているので、呼び出される様な事も無い。

 まぁ、医者が暇なのは良いことだと言うが、それ以上に僕ら自殺屋が暇だと言うのは良いことのはずだ。

 世界が僕を祝福している様な気すらしてくるぜぇー。

 そんな祝福ムードな中、まだまだ覚えることが多い僕はこの機会に改めて業務内容を纏めつつ、法律関係の書類などに目を通して勉強していた。

 扱うモノが扱うモノだ。

 法の味方無しに扱ってしまえば、僕は善良な市民からあっと言う間に犯罪者へと変わってしまう。『うっかりやらかしました、てへ☆』で、自殺屋は許されないのだ。

 そんな訳で草木も眠る丑三つ時――には幾分か早くとも街が静かになる夜の帳の中、蛍雪ならぬ蛍光灯の光の下、僕は暇潰しに勉強をすると言う学生時代であれば狂気に近い行動を取って時間を潰していた。

 働き始めて分かったのだが……給料が出るとさぼり難い。金を払って通っていたから学校と言う空間はさぼることが許されていたのだろう。特に大学。

 と、そんな風に僕が世の真理の一つを解き明かしていた時だ。

 T中さんがやって来た。

 小柄なジジイ。それが僕の彼への第一印象――をオブラートで包んだモノだ。

 ちょっと破れてる様な気もするが、僕も人間なので、心の中で思う位は許して欲しい。口には出さなかったので許して欲しい。

 まぁ、取り敢えず、余り良い印象を持てなかったと言うことだけ理解してくれればいい。

 T中さんは見た目通り、と言ったら大変申し訳ないのだ、やべぇ人に分類される人種だった。

 受付の最中、僕を若僧と見るや否や、語られる武勇伝。今の若いモンは――で始まるアレだ。周知の事実だが、コレを言うヤツの大半は若い頃からダメ人間だ。得意気に語る勤続四十年近くに渡るT中さんの武勇伝も中身は空っぽ……どころか張りぼてだった。

 前科は無いが、借金に塗れていた。

 得意気に語る会社員生活は自発的なモノではなく、強制的にやらされたモノだし、人的資材としての評価はD。機械の非情さにより発展が見込めず、それどころか通常の業務も任せられないと判断されていた。

 まぁ、それでも僕には守秘義務がある。

 中央から送られた情報と、聞かされている情報自慢話。そこに明らかな齟齬があっても指摘することは出来ないし、業務上、指摘する必要もない。

 そんな訳で適当に聞き流しつつ、受付を済ませた。

 T中さんが“おわり”を選んだのは『人生に疲れたから』。あらゆる理由の根本であることから栄光の①を与えられた実にふわふわした選択肢だった。

 そしてその受付から丸一日経った時、T中さんは見事にやらかしてくれたという訳だ。


「T中さん、入所の際に渡した資料、読んでくれてないんですかね?」

「……」


 うんざりしつつも、問い詰める様な宇津木先輩の言葉に、返すは無言。それ所か半場睨む様にしてみてくるのだから恐らく――ではなく、全く悪いとは微塵も思っていないのだろう。そのことが僕にも分かった。

 はぁ、と溜息を吐き出したのは宇津木先輩。僕にも分かったのだから、僕よりも遥かに多くの人と接して来た先輩にも分かって当然だ。


「……目、通しといてくださいね」


 だから諦めた。

 労力と効力を天秤にかけて切り捨てた。修正が見込める相手なら兎も角、子供のまま老人になった様な相手にはその時間すら無駄。そう言うことだ。そして先輩はらしくないことに――それをT中さんに分かる様に、伝わる様にやった、、、

「何だ! その態度はっ!」


 かっ、とT中さんに火が入る。言葉と共に飛ぶ唾液。くさそう。僕は色んな意味で、うわぁ、と思いつつ、半歩ズレて、半歩下がった。退避。退避ーぃ! そんな感じだ。


「俺はっ! 俺はっ、死ぬんだぞ! それなのに、その態度は何だ! 最後位、良い思いしても良いじゃないか!」


 血圧が心配になるレベルでテンション急上昇。そうして喚き散らすズレた正論。だがT中さんの中では筋が通っているからか、自身満々で性質が悪い。


「T中さん」


 それを受けて、酷く冷静にパイセンが言う。


「あんた、間違えてる。死ぬことは偉くもなんともない。正真正銘、誰にでも出来ることだ。だから明後日死ぬとしてもあんたは偉くもなんともないんだよ。人的資材としての価値はDだし、常識が無いから俺みたいな若僧にも諦められるんだ」

「――っッ。それがっ、それが自殺屋の言うことかッ!」

これ、、も、俺の仕事だよ、T中さん。『死ぬんだから何でも許してもらえる』と思ってるあんたみたいな勘違いした奴に現実を教えるのがな」

「――!」


 拳を振り上げるT中さん。どうぞ、と受け入れる様に軽く肩を持ち上げるパイセン。T中さんの拳は――止まった。流石は文明社会、久化の時代を生きる者。T中さんは自分の粗暴さを理解し、最後の『行動』に繋がる部分に繋がらないように脳を弄っているのだろう。

 T中さんは最終防衛ラインを突破すること無く、犯罪者として処理されるのをどうにか踏みとどまってしまった。

 口から出る罵詈雑言。歩き方からも怒りを滲ませながらも、物に当たることも、唾を吐き捨てることなくT中さんは立ち去って行った。

 そんな態度の悪い彼は明後日死ぬ。

 自殺屋。

 そんな僕等が扱うのは死だ。それは確かに尊いモノだ。そう有るべきだ。そう有って欲しいと望まれるモノだ。

 だが、先輩が言った通り、ソレを選ぶ人は偉くもなんともない。

 自分の最後が特別なモノであると思いたいのは分かる。

 僕らもソレを尊重しようとは思う。

 だがそれは好き勝手しても良い理由にはならないし、過剰に優しくしてあげる理由にもならない。『俺は死ぬんだから特別扱いしろ!』と言われても、死ぬこと自体が特別でも何でも無いのだから無理な話だ。生きる方が多分、難しい。

 三日後、T中さんは死んだ。

 家族は訪ねてこなかったし、僕等に対する当りも変わらずクソだったので、非情に事務的に、誰一人悲しむ人もおらず、そのまま提携した葬儀屋に引き取られていった。

 それだけだ。









あとがき

多分、ソレ用のロボはある

……ソレってなんだろう? ぼくにはわからない

それはそうと大人って不潔

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