第35話 競走

一限目の体育の授業終了間際。


今日の体力測定は、50メートル走と持久走の記録を測ること。


持久走では正門前をスタート地点にして、併設されているサッカーグラウンドや庭球場などの部活専用スぺースを除いた、校舎三棟が立ち並ぶ敷地周辺を一周(3キロ)走ったタイムを測定する。体力測定は全国1.5キロ一律なのに、なぜこの高校では3キロも走らされるのか。みんなも疑問に思っているだろう。


50メートル走の記録は、自分の中ではあまり納得いってないど全国平均よりかなり上の方らしい。タイムが速かっただけで、僕の周りには人が集まってきて、どんどん質問をしてくる。「中学の頃何部だったの?」「毎日走る練習とかしているのか?」などなど。こんな経験は初めてだ。


普通にみんなと会話できている……なんか嬉しいな。


ただみんなと話すこと。それだけで僕はもう満足な気がして、任務に対しての気が緩みそうだった。


あくまでも仕事として潜入しているんだ。勝手な行動は許されない。


穏便に学校生活を送ることと岡本研究所の一員としての仕事の両立。片方の意識が強くなれば、もう片方の意識が弱くなるという混乱に、自分の頭が処理しきれない。


早々に慣れていかないと仕事に支障が……って仕事のことばかり考えると、学校では変な人間に見られるというオチなんだよな~。中学をまともに過ごしていれば、無難に解決できた問題なのかもしれないのに…何やってんだよ!過去の自分!



そして今日最後の体力測定、持久走の記録を測り終える頃。



「お疲れ様!荻本くんってすごく足速かったんだね!持久走の記録は一番だよ」


二クラス内での持久走記録が一位。これは素直に嬉しかった。


「ふぅ……あ、ありがとうっ」


今さっきゴールしてきた僕に、数人の女子たちが歓喜の声を上げて近づいてくる。水やタオルを渡してきてくれて、みんななんて優しい人なんだと、心の中で感涙する自分がいた。


女子の方は男子よりも、体力測定は早めに終わっていた。

走る距離が男子よりも1キロ短いという理由もあるけど、柏木君や僕のクラスの負けず嫌いな人たちが、「50メートル走のタイムをもう一回測ってほしい」と勝俣先生に強く頼み込みこんで、特別に希望者だけ、もう一回記録測定(記録用紙には書かないという条件付きで)できることになったのだ。


希望者が彼らしかいなかったこともあり、彼らの巻き添えを食らうようにして、男子だけ持久走記録の測定を若干先延ばしにされたのだ。


「外見は普通なのに、足超速いとかギャップありすぎ! 短距離走では二クラスの中で、惜しくも二位だって聞いたけど、普通にすごくない?」


「うんうん!普通にすごいし…やっぱり漫画的に、転校生さんは普通じゃないのがしっくりくるね」


…褒められているのは嬉しいけど、みんな僕のこと普通普通って言いすぎじゃない?普通に傷つくんですけど…


正門前で一休みしている中、二着目の人が顔を真っ赤にして、息を上げながらゴールしてくる。


「はぁ…はぁ、くぅ、きっついな!…荻本優弥だったな。お前には完敗だわ」


疲れ切った状態の永野君が、僕の両肩を掴んで前後に揺らしてくる。


な…ど、どうしたんだろう…。なんで揺らしてくるんだ…?


「お、お疲れさま……と、とりあえず座ろうか」


ひとまずゴール付近の地べたに座らせると、すぐ近くにいた女子たちが彼に水やタオルを渡していた。


「永野君もすごかったよ。 序盤は君に抜かされていたし、中盤の追い上げを入れてなかったら僕の負けだった。結構ぎりぎりだったよ」


彼もかなり足が速い。中学の頃は、陸上短距離走と長距離走において全国の中でも指折りの選手だったらしい。そんな彼がなぜ一般受験でここを受けたのか、少し気になる部分がある。


「…はっ、はぁ…そう言う割には、息、もう回復してんじゃねぇか。…はぁ、もっと本気出せたんじゃないのか?」


いやいや本気だったよ!……と言っても、永野君はそんなごまかしが効くような人ではないし、なにより本気で僕と競ってくれたこの人に悪い。


「そうだね…もっと走るのに適した靴で挑みたかった。今履いている僕の靴は、見た目はランニングシューズだけど、耐久性と耐摩耗性が優れている分、若干重たいトレッキングシューズなんだよね」


走る上では何の問題もないけど、一応登山靴であるこの靴の裏には、無数の小さな針のようなものが仕込まれている。この針が地面に引っ掛かりやすくなっていたこともあって、今日の体力測定においては……というより、運動用としてはかなり不向きな靴であった。


「……え、まじか。お前そんなシューズで走ってたのかよ!」


ゴトンっと、飲みかけのペットボトルが彼の手から滑り落ち、コンクリート地面に大きく水のシミが出来上がる。


「次からはちゃんとした靴で、思う存分君と競い合いたいよ」


うわぁー!なに恥ずかしいことを口にしているんだ~僕は!ただのかっこつけたがり屋みたいじゃないかー!


彼を見下しているような言い方をしてしまった。ナメんなとか、調子に乗んな、とか思ってるだろうな……目つき鋭いし、真顔だし、これは絶対怒られるパターンだ。


「ふっ…やっぱ面白れぇな、お前…気に入った! 今日からお前は俺のライバルな! 異論は認めねー!」


「え…ライバル?」


ここは僕の胸ぐらをつかんだり、殴ったりしてくるはずの状況なのに、想定外の反応をされて、たじろいでしまった。


「だから異論は認めねーって言っただろ。ま、俺が勝手にライバルだって思ってるだけだから気にするな。……いや、少しは気にしてほしいかもな。ともかくお前は俺の、三人目のライバルってわけだ。いいな?」


「さ、三人目? あ…うん。なんだかよくわからないけどいいよ」


疲労でガタついた足で、ゆっくりと重い体を持ち上げた彼の目には「今度は勝つ」そんな意き込みが見えた気がした。


そして僕らライバル同士、握手を交わした。


それを見た周りの女子から、


「ヒューヒューあついね!」


「よっ!男の友情!」


女子たちの言葉で、握手している僕たちの顔が恥ずかしさで真っ赤になっていくのが分かった。



______



学校の中にいる僕は、ただ学校で目立つことはしないという考えにとらわれすぎていて、人とあまり関わりを持つことはなかった。

傍観者として他人を分析しては、良い部分を発見するよりも、悪い部分を発見することが方が多くて、その度に自分の心の中で相手の愚痴ぐちを吐いていた。岡本研究所の仲間と会う日までは、その愚痴は自分の心の外で吐ける機会がずっとなくて、自分の中にしまい込んできた。その分の重荷が重なって、ネガティブな僕が形成されてきたのは自分がよくわかっている。


優秀すぎる姉と比較されて、自分に自信が持てなかったこともあるけど、嫌々やってきた習い事も無駄ではなかったし、岡本研究所のみんなに支えられてきたこともあって、確かに前には進んでいけたんだ。



そうか…僕の知らないところで、今までの努力が結ばれてきたのかもしれない。



_______




ふと我に返って、そんなことを考えると、胸の内側が急に熱くなってきて、




「ぐすっ……こんな僕を、ライバルにしてくれてありがとう…うぅ」


途端に涙や鼻水が大量に出てきて、訳が分からなくなる。


「おいおいっ……いきなりどうした!なんで泣いてんだよ!急に泣くなんて、お前変だぞ」


「あーあ。永野くん、荻本くんのこと泣かせちゃった」


まわりの女子がいじめっ子を見るかのような目で、軽く彼を責め立てる。


「いやいやっ、ただ俺はこいつのライバルに…」


「明らかに永野君が泣かせたように見えたけどー?ふふっ」


「いいなー!私、男の子に生まれたかったなー!」


「それは同感!男子のほうが、何かと気をつかわないで生きていけそうだし、楽だよね!」


女子たちは、そう言ってそのまま帰っていった。


少しして、気持ちがすっと落ち着いてきた僕は、冗談半分で彼のことをからかっている女子たちに「永野君は何も悪くない」と伝えようとしたところ、


「あぁ~!!ちくしょー!長距離は……はぁ、…あんま、得意じゃないっつーの!…ぜぇ…こ、今回はお前の、勝ちだぜ」


柏木君が三着目にゴールして早々、永野君に向けてそう言ったのかもしれないけど、恐らく気づいていないだろう。


長距離走が不得意と、彼はそう言ってはいるけど、タイムは体力測定の中でも一番高い評価である10点満点中の10点が得られている。


「お疲れさん、柏木。お前は50メートル走も俺に負けてるし、完全敗北だな」


「恥だー!…はぁ、そんなことあってはいけないのにぃ~!…やべっほんと吐きそう……ま、まぁ今回は、ニクラスの中でも長距離走は二位だし?まだまだ伸びしろはあるっつうか…とりあえず…っつ、疲れたわ!」


汗まみれの柏木君が、地面に置かれた、僕の飲みかけのペットボトルの水を奪うかのようにして、勢い良く口に流し込む。


あー、せっかくもらったものなのに…


「何言ってんだ。二位は俺で、お前は三位だぞ。ちなみに一位はこの転校生の荻本優弥だ。俺と同じ名前であり、俺の三人目のライバルだ」


そういえば漢字は違うけど、永野君の下の名前は雄也だった…ライバルってこともあるし、なんか縁があるような、ないような。


「…あと怒らないで聞いてくれ。一位と二位の俺らだけに、女子たちからこの水とタオルをくれたんだ。ふふっ」


誇らしげに、手に持ったそれらを見せて、疲れ切った柏木君をあおる。


「は、はぁ~!?な、なんでお前らだけに!……ここは、さ、三位の俺の分も用意するだろっ!くそっ、今ならあの女子たちに向かってアンポンタンやおたんこナスって言えるぜ……俺、け、結構怒ってるぜ?」


帰っていく女子たちに人差し指を向けて、そう主張する。


なぜアンポンタンとおたんこナスの言葉を選んだのかは分からないけど、ドンマイとしか言えない…


と、まぁ本当に女子に向かってアンポンタンやおたんこナスと言うこともなく、ただ彼は息を回復させていた。


「て、てか一位が荻本ってほんとかよっ!信じられないんだけどっ!?はぁ、はぁ……どっ…見ても……そういえばあいつ、どこにいるんだ?」


さっきから永野君のすぐそばにいるのに、気づいていなかったのか…なんか悲しいな。


「よ、よろしく」


柏木君に本日二度目の挨拶を交わす。


「え…まじかっ!……そこにいたのかよ」


疲れているはずなのに、息を吐くことも忘れ、こちらを見て硬直する。


「どうだ?これでわかっただろ。現に俺と荻本が、この場にいることが確かな証拠だ。みんな一緒にスタートしたんだしな。荻本の実力に疑う余地なんてないんだよ」


永野君の説明を耳にした、ゴール付近でずっと立っている勝俣先生が強くうなづく。


先生はさっきから退屈そうだ…一人、タイムを測るだけっていうのもなんだかむなしい気がする。


「見た目普通なのに…そんな足速かったんかよっ」


はい。また普通という単語をいただきました…


「お前知らなかったのか? 荻本の50メートル走の記録はお前より上だぜ。俺のタイムと僅差きんさだったし、それでいて中学の頃帰宅部だったとかありえねぇだろ? まぁ長距離では俺は負けているし、何の文句も言えないけどな。実際にタイムや走る余力についてかんがみれば、俺の完敗だ」


「はへぇ…にわかには信じられないなー。でも見た目で判断してたことは悪かった!ごめん!」


深く頭を下げ、謝罪する柏木君…うーん、こういうときどういう風に対応すればいいのかよく分からない。


あぁ!なんで今まで友達つくってこなかったんだろー!もっと人と関わって、コミュ力をつけてこればよかった…


「コミュ力無くて、モブみたいな芋男って最初思ってたんだけど、ごめん!これからは足が異常に速い元帰宅部って、改めるから許してくれ!」


「…えっと」


柏木君って毒舌だけど、なんだかんだ悪い人には見えないんだよね。少し腹立つけど…。



____



そんな風に三人で話していると、四着目として生天目君がゴールし、息を切らした彼はその場で倒れ込んで、大の字で寝転がる。


「はぁ!はぁ!……って、お前ら、やっぱ速いな!…はぁ、っか柏木……なんでお前地面に顔くっつけてんの?」


僕に対しての認識を改めるということで、柏木君自らこうして土下座することになったんだけど……止めることができなかった。むしろ永野君が強制的に土下座させたと言ってもいいくらいだけど。


「荻本へのせめてもの謝罪だ!……にしても生天目遅かったな。四位にしてはだいぶ遅いぞ。ギリギリ評価10点じゃ、俺にはとうてい及ばないな、ははっ!」


そう言って柏木君は、生天目君の方へと向かい、彼の肩を持って立ち上がらせる。


「笑う…、なよ。受験勉強やらで…はっ…はぁ、落ちた、体力が…まだ戻ってないみたいだ。永野…お前がやっぱ一位だったか。今日もあいつは出て…」


「んいや。残念ながら俺は二位だった。一位は…」


「…だと…したら、荻本が一位だったんだろ……はぁ…はぁ、すごいな」


「なんだよっ!わかってたのかよ」


僕は、まだ口をつけていない二本目のペットボトルを生天目君に差し出した。


「はぁ…サンキュー荻本。ゴクッ…ふぅ。そりゃあ、前を行くやつのことは見てるし、永野といい勝負してたなっていう感じはあったからな。にしてもすごいな、永野に勝つなんて。……で、荻本のやつを侮辱ぶじょくしてた柏木が、負けを認めて、土下座して謝ってたってわけか!」


「まっ、まぁ…そうなんだよなー」


「全く、お前はホントよく周りのこと見てるよな。疲れ切ってんのに、考える余力あるんだったら、もっと全力で走れたろ。毎度思うんだが、俺と柏木の考えが筒抜けになっている気がして、なんだか気味が悪いぜ」


「いやいやそれは気のせいだって!一度や二度、考えを読まれたからって何怖がってんだよ。あははっ」


「柏木…。お前中学の頃よく宿題忘れては、いつも生天目から事前にもらっていた宿題のコピーをもらってたろ。それに大会前日の時とか、学校に置きっぱなしだったお前のシューズを生天目が予めとってきてくれたおかげで、大会当日忘れずに持ってくことができたろ…もちろん覚えてるよな?」


「……ん。あ、あぁ~!そういえばそうだったな!……やっぱ生天目って怖いな。何もかも先回りしてやがる」


生天目君はよく二人のことを見ている。まだ会ったばかりだし、僕の勘でしかないけど、正確には彼は、二人を取り巻く環境全部を見ている気がする。


二人が怖がるそぶりを気にせずに、生天目君は残りの水を全部飲み干してから、話を続けた。


「ま、柏木…お前は一番何考えているか分かりやすいタイプだ。それに比べて永野は結構感情的になることもあるけど、自分を抑えることもできてるし、やけに静かになることもあるからな……何かと捉えきれない部分はよくある」


「えぇ!?俺、永野より単純ってことかよ!」


「ふっ!残念だったな。単細胞の柏木」


そう挑発して逃げた永野君を柏木君が追いかける。二人して足がガタついているし、まるで小学生みたいなことをしているな、と思いながらも、僕は彼らのことをうらやましく見ていた。




_______




みんな悪い人じゃなさそうで、なんか安心した。


こんな風に楽しく話し合える友達が欲しいと、ずっと思ってきた。


……だけど


自分を客観的に見てみると、こんな僕が彼らと仲良くするなんて、おこがましいと思えてくるのだ。部外者である僕が三人の固いきずなで結ばれた仲に、土足で踏み込んでいるような。


僕という円谷組織に反抗する岡本研究所の一員、国家機密に触れる人間として、一般人を巻き込むようなことは決してできない。

弱い僕がそう思うのもはなはだしいけど、この三人に限らず、学校の人たちとは極力浅い関係のままやり過ごすのが一番無難な気がする……でもそうなると、陸人さんから頼まれた【刺客や護衛の動きを封じ込める任務】がおこたるんだよね……。




どうすれば強くなれるんだろう。





_______





一番最後にゴールしてきた人は体育の授業終了時間ギリギリで間に合ったため、これで今いる全員分の記録が授業時間内に測り終わった。



____ピッー!



勝俣先生から集合の笛が鳴らされる。



続々と疲れた様子を見せた生徒たちが先生のもとに集まってくる。


なんだろ…?


気のせいでは片付けられないほどに、他の人たちが僕たちを異質な者を見るかのような目で見てくる。


「気にするなよ、荻本。俺らは上位に入っているだけあって、勝手にあいつらが『たかが足速いくらいで調子乗ってんなよ』みたいなことを思っているだけだ」


永野君も僕と同じように感じていたんだ。


「そうそう。気にするだけ無駄なもんだよ。あんなやつら、勉強ばっかの中学校生活を送ってきたんだろうな。ざまぁみろ。あははっ! いでぇ!」


「口が過ぎるぞ、柏木。確かにあいつらよりは努力してきたと思うのはいいけど、その分しっかりしないといけないし、そろそろ世間体というものを気にしていかないとな…」


「いきなりゲンコツすんなよ、生天目!分かってるよ、そのくらい。だけどよーまだ高一なんだし、少しくらいふざけてもいいんじゃねーの?」


生天目君と柏木君の言っていることはどちらも正しい。大人へ近づくにつれて、周りの目を気にしていかなければならないし、学生である今だからこそ、色々なことにチャレンジしたり、たまにはふざけたりしても許される年頃だ。親や学校に守られるのは実質高校生までだから、その先のことは自分で考えないといけないけど。


「ま、そんなことはどうだったいいさ。俺たちは俺たちだ。周りの目なんか気にせず、自分を信じて行動するのみ。なわけで……荻本っ!今度はお前に勝つからな!今回はなぜだか3キロも走らされたが…そこは気にしなくていいか。次こそは本気でかかってこいよ」


「え?あ、うん!次は本気で君と勝負するよ」


永野君はホントに負けず嫌いなんだな…。向上心が強いところは素直にすごいと思う。


「こいつの負けず嫌いは天下一品だからな。中学最初の陸上の時は俺と柏木と同じレベルで、勝敗はいつも五分五分だったんだが、どんどん実力つけていってさ。今ではもう敵わないくらいになったんだ。そんなこいつに荻本…お前は勝っているんだ。50メートル走の走りを見てたが、本調子じゃなかっただろ? 最後の最後で、気が緩んで派手に転んでたな。ま、転校初日でよほど緊張していたのかもしれないが、それでもお前は全国上位に食い込んでいける実力があるのは確かだぜ」



______



「みんな、いい人で良かった…」


三人の背中を見ていたら、いつの間にか口から本音が出ていた。


彼らは、残りの体力測定の項目の勝負に向けて話し合っていて、僕の声は耳に入っていないだろう。


お互いに競い合える仲間がいることは恵まれていることなんだ。三人の輪の中に入ることは少し気が引けるけど、彼らからして僕は邪魔者として見られているわけではなかった。そのことに気づけて本当にうれしくなった。


これからはもっと自分に自信を持って、彼らと接していこうと思う。


お互いに成長しあって、その過程の中で友情が芽生える。時にはぶつかって喧嘩したり、喜びを分かち合ったり、その度にどんどん自分たちの関係性が深まっていく。そんな人生を送る権利が、こんな自分にもあったんだ。



なんだ。だったら僕はもう、幸せ者だったんだ。



岡本研究所のみんなと競い合った日々もそうだし、その度に弱音を吐いて怒られた日々も。力勝負でジェシカ副隊長に勝って、彼女に何度も勝負をせがまれたときも。ほかの隊員と一緒に死地を駆け回ったことも、すべて。



僕はダメダメだったけど、一班隊隊長としてみんなと、ジェシカ副隊長と過ごした日々も、全部がかけがえのない幸せに満ち溢れたものだったんだ。



なら、この幸せに満ち溢れた日々を守っていかないと。



亡くなった仲間たちのためにも同じ失敗はもう二度としたくない。最後まで笑顔で「僕は幸せ者だった」って誇れる人生を歩んでいかないと割に合わない。彼らの犠牲が無駄になることは、死んでもしたくない。


それに友達を持つことの大切さを教えてくれ、この景色を見せてくれた陸人さんに……僕を生かしてくれた恩を彼に返したい。




「生きていこう」




今生きているなら、そう思っていこう。






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