第15話 好感

顔全体に満遍まんべんなく太陽の光が当たり、ほのかな暖かさを感じとる。

やがて閉ざされてた目蓋まぶたにも薄く、淡いオレンジの光が目の内側までに届き、意識が覚醒する。窓際で日当たり良好な場所に配置されたベッド。そして開け放たれたカーテン。

よく普通ではないと言われるが、オレは就寝している間、カーテンを開けたままの状態にしている。


起床後、太陽光を体に浴びさせると意識が覚醒することは科学的にも証明されているのだが、特に午前中に三十分以上、体に太陽光を浴び続けると、その日の夜にメラトニンというホルモンの分泌量が増える。


メラトニンとは簡単に説明すると体のリズムを調節をしたり、睡眠を促すホルモンのことだ。日当たりがいいこの部屋のカーテンを開けたままにして眠ることで、オレが目を覚ますまでに自然と太陽光を三十分以上浴び続けることができ、意識が覚醒しやすくなる。そして夜は、ほぼ決まった時間に眠気を感じるため、自然と生活リズムが安定していくのだ。


[睡眠は人生の三分の一の時間を要する]と言われているが、世の中にはロングスリーパー、ショートスリーパーの人たちがいるため、例外は必ずといって存在する。


中でも歴史上の人物のナポレオンやレオナルドダヴィンチなどの天才は二、三時間しか眠らなかったという話は有名だ。一説によるとエジソンもそうではあるが、十分に昼寝をとっていたため、足りない分を補っていたという話もあり、信憑性しんぴょうせいはまちまちだ。


しかし常人より遥かに短い睡眠時間で生き抜いてきた人間をオレは直接見てきたことがあるため、実在することは確かだ。オレたちも睡眠の時間を減らして、自分がやりたいことの時間に割きたいと、少なからず抱くものだが、残念なことに個人に必要とされる睡眠時間はクロノタイプという特性のもと、遺伝子によって決まっているため、ロングスリーパーやショートスリーパーになりたいと思っても、自由自在に順応することは不可能なのである。


オレは読みたい本は沢山あるし、やらなければならないことは早めにやっておきたい性分であるため、その分の作業時間を確保するために大幅な睡眠時間削減を試みた時期があった。それを経験した今だから言えるが、その結果どうなったかというと免疫力が低下し、体調を崩したり、格段に一つ一つの作業効率が下がったのである。


おまけに夜更かしした翌日のコンディションも最悪だ。体が重くなり、頭の回転が一気に鈍くなった。睡眠不足が蓄積するにつれ、記憶力低下、情緒不安定、一時は幻覚症状まで発症したりするなど睡眠不足はデメリットの塊だ。以降オレは恐ろしく危険な行為を試みてしまったと認識し、自分の適正睡眠時間の把握、いつもの時間に就寝、寝付けやすさのこだわりを徹底し、今のように至る。



________



時刻は午前六時


よく眠れたものの、昨夜の銀二の不自然な行動が頭から離れないでいる。

うやむやな気持ちのまま運動用ジャージに着替える。

晴れた日はランニング、曇りの日はジョギング、天候が荒れた日は室内で筋トレや軽い運動をする。イギリスにいた頃、よく鬼ごっこをしていた名残もあるが、嫌なことを忘れさせてくれるという願掛けとして、走ることや運動はやめられない。一種の現実逃避するための行為だ。


「…行くか」


着替え終わったオレは外へ出て、すぐに走り出す。

走るコースは決まって家の周辺十キロ。

近所という近所はなく、四百メートル先でやっと家が見えるくらい離れているため、いつも独走状態だ。

家の周りに設置されてある、やや高めの鉄格子、その格子を覆うかのように植えてある人工の広葉樹を走りながら眺める。


…毎度思うが、外から見るとまるで監獄みたいだな


三十分くらいでいつもの道を走り終え、家に戻り、シャワーを浴びに行く。

ジョギング後の朝シャワーは気持ちよく、午前午後通じて作業によく集中することができる上に心身ともにクリアな気分になる。

シャワーを浴びた後、リビングに寄ってみるが銀二の姿はなく、今日も朝早くから出勤しているらしいのだが、テーブルにはきちんと朝ごはんが用意されていた。


「…シチューにフランスパン、それにカプリチョーザ…朝早くによくこんなの作る気になるよな…」


シチューをレンジで温めている間部屋に戻り、食品成分簡易検査キットを持ってくる。銀二と一緒に飯を食べるとき以外、オレはいつも食品成分分析検査を欠かさず行い、毒が盛られていないかを確かめてから、銀二の料理を口にする。


検査といっても体温計で熱を測る仕組みと同じで、検査対象である料理に機械をあてるだけで成分を検出してくれるのだ。


今まで銀二がつくる料理に毒など入ってはいなかったが日々警戒はおこたらない。

実際この朝飯を食わずに、自分で飯作って食べる方が安全だと思われるかもしれないが、検査する時間の方が調理時間より格段に短かく、あまり認めたくないものだが銀二がつくる料理は美味い。


安全だとわかった朝飯を食べ終え、学校へ行く準備をし、登校二日目の通学路をいでいく。


数分後、住宅街へ出て信号が青色に変わるのを待っている間にスマホを見てみると、成田涼から着信があったことに気が付く。

折り返し、電話をかけて用件を聞こうと思ったが、もうすぐ信号が変わるため、代わりにメールで送った後すぐに既読がつき、返信が来た。


……一緒に学校行こう?


なぜこんなことで電話してきたのか不思議でしょうがなかった。

一人の方が学校へ早く着くし、遅刻するリスクが減るため、中学生や高校生はみんな個別で登校するものだと、悟たちから聞かされていたのだが、それが当たり前だと思っていた。


思い返せば……入学式へ向かう途中に仲良い友達と一緒に登校する中学生をこの目で見たし、昨日の帰り道、涼と一緒に下校した自体それに近しいものではないか。


時間はまだあるし、特に断る理由もない。

通学路の途中にある涼の家まで行き、一緒に登校することにした。


「おはよう、陸人くん!急に電話してごめんね!」


どうやら家の前でオレが来るまで待っていたらしい。


「おはよう。電話出れなくて悪かったな。ちょうど自転車乗ってた頃だった」


「気にしなくていいよ。こうして来てくれたんだし、嬉しい!じゃあ行こっか!」


昨日と同じように並んで歩みを進める。

一緒に登校するだけで涼が喜んでくれていることに、オレは素直に嬉しいのだが、先ほどから涼の右側の髪がぴょんと少し跳ねている箇所が気になる。


「やっぱり陸人の自転車…ロードバイクだっけ?かっこいいねぇ〜」


「クロスバイクだ。昨日も二、三回同じ間違いしてたが…絶対覚える気ないだろ」


「そんなことは…ごめん、あるかも…」


「ロードバイクやマウンテンバイクとは別物だってあんなに言ったのに…ひょっとして涼はお馬鹿なのか?」


「ちょっとそれは失礼にも程があるよぉ!こう見えて私、中学では学年トップクラスの才女だったんだからね!えっへん」


「へー」


「うわっ!陸人くんの嫌なところ出たぁ〜人の話に全然興味なさそうなところ」


涼はいつ自分の寝癖に気がつくのだろうかと、たわいもない雑談をしながら待ってみたものの、本人は一向に気がつく気配がない。


「…涼。クシとか持ってるか?」


「うん?…持ってるけどどうかしたの?」


オレの言っていることを不思議に思いながらも鞄からクシを取り出し、渡してくれた。


「待ってろ。今直すから……」


クシを持った手を伸ばした瞬間、涼は両手で頭を抑え、少し後退りする。


「えっ…どうしたの急に?」


「寝癖が…」


「も、もしかして私、寝癖ついてるの?」


「そうだが…」


「どこどこ!?私今鏡もってないから、寝癖どこにあるのか分からないよ!」


寝癖がついてると知った涼は顔を真っ赤にして、慌てた様子で髪の毛の間に指を入れてほぐしている。完全にこちらにクシを渡したこと忘れているな。


「まぁ右のところがほんの少し跳ねてるだけだが…」


「えぇ…やだなぁ!陸人くんっ鏡持ってない!?」


「持ってない」


「だよねぇ…男の子が鏡持ってたら私ちょっと引くかも…」


「じゃ早く学校行くか……」


「ダメだよ!寝癖ついたまま登校するなんて女の子にとってそれは致命的なんだからね!?」


「そっか…色々大変なんだな」


「ホントだよ…うわぁ最悪だぁ!」


「寝癖なんて誰でもつくだろ?恥ずかしがることはないぞ」


「恥ずかしいよ!それに男子に見られた時点でもう私……あぁ~!女の子失格だぁ」


それは大袈裟おおげさすぎると思いながらも、女子にとって寝癖は天敵なのだと初めて知った。


「一先ず落ち着け。別に寝癖つくくらい普通のことだし、最初からオレが直そうと思ってたのに慌てすぎだ」


「だって…」


「幸いオレしかいなんだ。このことを他の人には他言しないから安心しろ。今直すからじっとしてろよ」


「…ごめんなさい…お願いします」


涼は赤面した顔を見られないように下を向き、オレはクシをやさしく涼の髪に当て、跳ねたところの髪を直す。


「いつまで下向いてる気だ?もう直したぞ」


「…あ、ありがとう」


機嫌を損ねてしまっているのだろうか。お礼を言って涼はそそくさと自転車を引き、オレの前を歩き出す。どうやら顔も合わせたくないらしい…正直、女子高生の考えていることはよく分からないな。


「あとさ、昨日から思ってたけど…やっぱり陸人くんって結構身長高いよね。…なんか憧れるなぁ」


いつもの元気な声はどこにもなく、涼は今どういう心情なのだろうかと、人の気持ちを読み取ることがあまり得意ではないオレを更に困惑させてくる。


涼の髪を直しているとき、お互い至近距離だったため身長差でも感じ取ったのだろう。今はその情報しか読み取れない。


「同じ学年で、オレより高いやつは結構いたし、涼も身長は低い方ではないだろ?」


オレは高校一年生の平均よりやや高い175センチ。それに比べて涼は、160センチちょうどくらいで女子の中では少し高い方だ。


「そうだけど…今時は高身長の女性が魅力的らしいからさ。私そのことで少し悩んでいるんだよ……陸人くんはどう思う?」


今時のことについて話しながら、オレたちは一定のペースを保ち、自転車を引いて歩く。


「どう思うって、涼の身長のコンプレックスについてか?」


「…コ、コンプレックスだけど私、そのこと認めたくなくて、わざとはぐらかしたのにぃ…」


またしても恥ずかしいところを突いてしまったかと猛省した。

全く…デリカシーのない人間とはまさしくオレのことを指すのだな。


「で?陸人くんは、身長低い女子が好きなの?それとも高い方が好きなの?」


涼の足が一旦止まり、振り向き様に聞いてきた。

正直好みの身長について、あまり考えたことがなく、どう返答すればいいか迷う。

質問した本人はまだ顔を赤らめているが、いたって真面目な顔をしているため、曖昧な答えは回避すべきだろう。


「…あまり高くない方が好きかもな」


実際、オレの中では155~165あたりがベストな身長ではないかと直感的にそう思った。


「…そうなんだ。てっきり普通がいいって答えると思ってたんだけど。そっか…聞いてみて良かったぁ」


彼女はどこか満足気な顔を浮かべ、再び顔を背ける。


…なんで今になってそんなこと聞いてきたんだ。


質問した本人は嬉しそうだったし、機嫌が直ったのだろうか。今、その質問の意図については気にしないほうがいいのかもしれない。


再びオレは涼の隣に並んで、歩き出す。


……


隣にオレがいることを拒絶するかもしれないと思ったが、距離を取るそぶりはなく徐々に明るさをとり戻してきたように見えた。


_________



高校へ到着したオレたちは校門をくぐった直後、嫌な気配を感知する。


…周りから視線を感じるが、涼は気づいていないようだ


これらの視線には殺意じみたものが感じられ、マフィアのファミリーに潜入したときに向けられたものと酷似している。


まずこうなった原因を考えながら、安全な場所へ急いで隠れるのが先決。


昨日の時点で同じクラスの中に校長側の刺客が紛れていて、オレの存在に勘づいたか。それとも可能性としては薄いが、一年二組全員もしくは、ここの高校の関係者全員がグルか。様々な疑念が浮かぶ。


隣にいる涼も、やっと気づいたようで、少し慌てた様子を見せる。


慎重に周りを観察しながら……


ここ正門前に三人、正面玄関に五人、近くの噴水の影から四人。

相手の動きなどの様子から、こちらに攻撃してくる気配はないが、経過観察を続ける。銃や投てき武器、手榴弾しゅりゅうだんを所持している可能性も低いため、近距離での攻めはないと判断していいだろう。だとしたら中距離、もしくはこちらが視認できない位置での攻撃を仕掛けるつもりだろうか。この高校の近くには駅がある。


駅前には高層ビルなどの高い建物が並んでおり、屋上や高層階で狙撃するには打って付けの場所だ。長距離からの狙撃を避けるには狙撃ポインターが当たらない、もしくは近くに遮蔽物しゃへいぶつなどの障害物があるところに身をおくのが賢明。



「……り、くん。り、く……と、くん!」


左肩が揺すられる感覚を覚え、次第に声が耳に届いてくる。


「どうしたの陸人くん!聞こえてる?」


心配そうな顔を向ける涼の声にようやく気が付く。不注意にもほどがあるな。

どうやら敵情視察にふけりすぎて、涼のことから完全に意識が逸れていた。


「あぁ悪い。少し周りから視線を感じるような気がして、そのことで考えてたんだ」


「そうなんだぁ…私もさっき気づいたけど別に気にしてないよ!…うん…気にしてない…//」


「何を馬鹿げたことを言ってるんだ。周りの視線そのものに殺意を帯びている。逆に気にしなければ、涼の身も危ないんだぞ」


驚き戸惑っている涼の両肩を掴み、自身の身の安全を考えるよう念を押して、急いで危険から回避できる場所まで移動する。


「ちょ…陸人くん!?急にどうしたの?」


「安全なところまで行くぞ」


視線の先のやつらも、こちらの動きに合わせて移動を開始している


「そんなことしなくても大丈夫だよ!陸人くんっ」


何をためらっているのか、涼は自分の行動に迷いがあるようだ。 

それは、この状況下で大変危険な人間の心理状態を示している。

訓練生時代の実験場や任務先、どこでもそうだが一瞬の戸惑い、ためらいで何人も人が死ぬところを見てきた。どれも見るに堪えない死に様ばかりで、それを目の当たりにしたときの光景は今でも鮮明に焼き付いている。


オレは強引に涼の手を引き、走り出す。


「陸人っ!お前…まさか!」


ちょうど登校してきたばかりの怜央と武士に話しかけられるが


「危ないぞ。ここは危険だ」


二人にも身の安全を確保するよう警告したが、今の状況から推察して、こいつらが攻撃をしかけてくる可能性もある。友達とて油断してはいけない。


「陸人…お前の焦る気持ちはわかる。安心しろ。俺はお前の味方だ」


「はぁ!何を言うとるん、武士!陸人は俺たちの敵だろ」


武士のように敵陣営が味方のフリをして攻め込むのは、シンプルかつ効果的な戦力だ。だが怜央のような人材を投入し、武士とツーマンセルを組ませるのは敵の戦略ミスか。


「お前ら…もう付き合っていたのか!?陸人っいつからだ!いつから付き合っていたのだぁ〜!?」


怜央が意味不明なこと口にしながら叫く。

精神攪拌かくはん剤でも飲まされ、洗脳でもされているのかもしれない。


「陸人。怜央のことは一先ず無視して構わん。だが同じクラスの涼さんとどういう関係なんだ?」


「…友達だが、それがどうした?」


なぜこの状況でオレと涼の関係性を尋ねてくるんだ。

敵とはいえ、情報を得るか得ないかで生存確率も変動するため、武士の言葉に一瞬だけ耳を傾ける。


「彼女ではないんだな…?」


彼女…?


警察の取り調べ室で事情聴取するかのように武士は、涼がオレの彼女の是が非かを確かめてくる。


「あぁそうだよ。今はそんなこと気にしている場合じゃない」


「だったらなぜ、涼さんの腕を引きながら一緒に行動しているんだ?…ふっ、まるで愛の逃避行みたいじゃないか」


「何を言って…まさか」


男女二人で手を繋ぐこと(オレの場合は若干違うが)それ自体が恋人同士のふれ合いなのか。それとも異性同士で一緒に登校するという行為が、恋人同士でするものなのだろうか。それならばオレたちは恋人という関係性だと、周りから誤認されながら注目を浴びていたことなる。


だとすると…


恐らく殺意を帯びた視線は、嫉妬する気持ちが膨れあがった結果、放たれたものなのだろう。その仮定で考えていくと、全てのことに合点がいき、武士の言葉でようやくオレはこの場状況が読めた。移動している間に攻撃姿勢を示してくる相手はいないし、怪しむ必要はもうどこにもない。


「すまん、涼。オレは何か誤解してたみたいだ。強引に腕引っ張って悪かった」


涼の右腕を掴んでいる手を離し、謝罪する。


「いいよいいよ!びっくりしたけど全然大丈夫…//」


「んじゃ!邪魔したな!アツアツのお二人さん」


「ちょっと武士くん!やめてよ!//」


武士は喚き散らかす怜央を強引に連れて教室へと向かっていった。


「周りからの視線…オレらが付き合ってるように思われてたんだな。悪かった。気付くのが遅くて……」


オレが腕を掴んだところをさすり、涼はうつむきながら、コクんと頷いた。


「…普通は気がつくと思うよ。陸人くん…鈍感なんだね」


これで涼に二度ならず三度も羞恥しゅうち感情を抱かせてしまい、罪悪感に駆られる。こういう時どう接していいか、よく分からないことにもどかしくなってくる。任務の難易度の高さを改めて実感する反面、人として成長しなければならない。そう感じた。


お互い話しかけづらい空気になってしまい、どうすればいいか悩んでいると、涼は登校してきた女友達に呼ばれて行ってしまった。


始業時間まで、10分ほど時間がある。

オレは一足先に正面玄関まで行き、涼が来るのを待ってみるが、今の自分には謝罪の言葉を述べることしか頭になく、機嫌を良くさせる方法など思いつきやしない。


…何をやっているんだろうな


靴を履き終え、オレのことを見つけた涼は女友達と別れ、恥ずかしがりながらも、こちらの方に向かってくる。



……嫌な沈黙が続く



喉から口へ出かけた謝罪の言葉も述べることができず、一緒に廊下を歩いて自分たちのクラスに向かう。これ以上涼との関係を悪化させたくない。

迷惑ばかりかけてきたオレは、誠に勝手ながらそう思ってしまっていた。



本当に惨めだ。



そう思う傍ら、任務優先の理性も働き、中立的な解決法を編み出してばかり。

それは人道に反するのではないか。無責任にも程があるのではないか。

パトスに傾倒した考えを抱きつつも、ロゴスを重視した考えが染み付いているため、そう簡単に両者を区別することができない。


しかしこういうときは男であるオレがなんとかしなければならないはずだ。

予想外の出来事に対しては自分から足を踏み入れ、解決していくしかないし、この状況を作ってしまったのは自分自身だ。


「今日は本当にすまなかった…これからは気をつける」


「……うん」


「その…こんなことになったし、本当に無責任だが、明日からも学校前まででいいから、オレの話し相手になってくれないか?」


つたない言葉を並べてしまったと自覚はしているが、これはオレの本音だ。

承諾しようが拒否しようが、オレは構わない。ただ今の自分の気持ちを知っていてほしい。それだけだ。



「…いいよ」



その返事を聞けて、不思議なことにスッと体が軽くなった。


「本当にいいのか? あんな恥ずかしいことあったのに…」


余計なことを言ったと発言した後に後悔する。自分の発言に自信がない男などただの恥さらしだ。


「…私でよければ…いつでもいいよ? ただし一つ条件があります!」


先ほどまで下を俯いていた涼は、こちらに顔を向けて近づけてきた。若干顔は赤く、ぎこちない様子。


「…条件ってのは何なんだ?」


お互い歩みを止め、目を見つめ合う。


そして再び沈黙が訪れる。


「学校前までじゃなくて…一緒に教室に入るまで陸人くんの話し相手になることが条件ってことだよ」


予想外の条件内容で、内心驚きを隠せなかった。どう考えたって涼には不利な条件だ。だけど涼はオレの気持ちを受け止めてくれ、勇気を振り絞って答えてくれた。


ただそれだけで喜ばしい。


…なんなんだろうな。この胸の奥から湧いてくる煽情せんじょうは…


途端に心拍数が上がり、体が少し熱くなるのを覚える。


昨日出会った涼より、今の涼の方が魅力的に感じている。


同じ教室へと向かう。


涼の足並みに合わせ、ちゃんと隣同士で並ぶように歩くことを意識する。


お互いぎこちない空気感に包まれながらも教室へ到着し、涼と別れた。





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