男の娘魔女見習いティナは、モゲたアレで戦い、時に悶絶する!

朝香雪定

第1話 モゲてるだけだもん!

「ペッタンコじゃないもん! モゲてるだけだもん!」


 透き通るような青い湖。その湖畔に鬱蒼と茂る森の中から、この湖そのもののような透明感のある少女の声が響き渡った。

 耳に心地よい声色に乗って、それとは対照的な激しい稲妻がほとばしる。

 稲妻は自然のものではなく、少女の手にした長い杖から放たれていた。


「エレクティッド・パオパオッ! 雷の杖!」


 少女の声とともに、その雷は空中を飛ぶフクロウの魔獣に襲いかかった。


「お、女の子……今のは、魔法か?」


 少女の足下では、地面に尻もちを着いたかたちの年若い騎士が見上げていた。

 顔だけ見れば、女性と見間違えるほどの美形な青年だった。


「大丈夫ですか!? はっ……どうしよう、パオパオ……」

「パオ?」

「……イケメンさんだよ!」

「……パオ!」


 稲妻を放った少女はちらりと後ろの騎士を振り返って相手を気遣うと、すぐに真っ赤になって前を向きなおした。

 そして手にした自身の背丈以上ある長い杖に何故か話しかけ、その杖が謎の鳴き声で答えた。


「……えっ!? アピッとけって? 恥ずかしいよ……男の人だよ……」

「……パオパオ……」

「……パオパオってば、大胆! ボクそんなの無理!」

「……パオパオ……パオパオ……」

「……そりゃ、恋人は欲しいけど……包容力とか……決断力とか……外見じゃなくって……」

「……パオパオ……」

「……えっ? そうね……守ってくれる優しい人とか……やっぱり人間性が――」

「……パオッ!」

「あっ!? 魔獣!? いっけない! 外したんだった! もう一度!」


 フクロウの姿でありながら、邪悪な気を放つ魔獣。最初の一撃を避けたフクロウに、再度杖の先から放たれた稲妻が襲いかかる。


「――ッ! だって……ないし……アレが!」


 謎の言葉を残して、稲妻に打たれたものが断末魔の叫びを上げて消えた。


「失礼なヤツだったね、このフクロウ。ねぇ、パオパオ」


 質素な前ボタン留めの白シャツに、控えめなスカートを着た年の頃十五、六の少女。まだ発育途上なのか、少女の装いは上から下までストーンと落ちるようにまとわれている。

 杖の先についていた金色の宝石から、残り火のような淡い稲妻が消えていった。

 その宝石の周りを鮮やかな金属細工の飾りがあしらわれ、毛糸をカットして作る丸い毛玉が二つ、そこにつながれ軽やかに揺れていた。


「パオーン」


 ゾウのような鳴き声がして、その杖が光とともにかたちを変えた。

 長い鼻に大きな耳。やはりそれはゾウだった。

 ゾウは三頭身のフォルムをしており、まるで生きたヌイグルミのようだ。

 パオパオと呼ばれたゾウは少女の周りの空中を、子犬が飼い主にじゃれつくように飛んだ。


「はい、パオパオ。いい子、いい子。褒めて欲しいんだね」

「パオ!」

「あはは、くすぐったいよ。ボク、そこ弱いんだから!」

「パオパオッ!」

「ホント、ダメだって! くすぐったい! もう! パオパオったら!」

「ゾウの使い魔?」


 楽しげにゾウのぬいぐるみを頬に寄せてたわむれ出した少女。若い騎士は剣を杖にして立ち上がりながらその少女に尋ねる。

 簡易で軽装だが、その身分は質素な兵装の胸にしかと縫われた騎士の紋章が物語っていた。


「ひゃっ!? き、騎士様!? お怪我は?」


 ゾウに気をとられていた少女は、驚き慌てて騎士に振り返る。

 セミロングの黒髪に、澄んだ青い瞳が印象的な少女だ。


「いや、大丈夫です。ありがとう。魔獣には剣が役に立たなくってね。やられるところだったよ」

「いえ。魔女のお師匠様から、魔獣を退治してくるように言われましたので」

「魔女? お師匠様?」

「はい。ボクは魔女見習いのティナ・ナイティンゲールっていいます。あなたは騎士様ですよね?」

「ああ、私もまだ見習いだけどね。私はヴァ――もとい、シザーリオ・トゥェルフスナイトです」

「シザーリオ様ですね」

「パオッ!」

「あはっ! ゴメンね、パオパオ! 今紹介するから。この子はパオパオ。ボクの珍獣――使い魔です」

「パオーン」

「……ゾウの珍獣を従える魔女の弟子……まさか……あの魔女の――」

「魔獣討伐に来たんですね? お師匠様に言われて、ボクもパオパオと一緒に手伝いに来ました。悪い魔女の魔獣を倒すのが、ボクの使命ですから!」


 ティナと名乗った少女は珍獣と呼んだゾウの使い魔を、可愛らしくも両手で抱えるように抱きしめている。

 シザーリオと名乗った騎士は、魔女の弟子という言葉に懸念に眉をひそめる。

 ぬいぐるみのようなゾウの使い魔を胸に抱える少女の微笑み。

 その頭に浮かんだ疑念を確かめようとか、シザーリオはその笑みをじっと見つめた。


「あ、あぁ……」


 だがすぐにシザーリオの顔から疑念の表情はどこかに行ってしまう。


「何赤くなってるんですか、騎士様?」

「いや! すまない! 君があまりに……かわ――いや、その……」

「ん?」


 ティナが真っ赤になって慌ててそらしたシザーリオの顔を覗き込む。


「……落ちつけ……私……相手は、女の子だぞ……」

「どうしました?」

「とにかく! 助かったよ! 一人魔獣を深追いしてしまってね! 初の実戦で、気がはやっていたようだ! あははははっ!」

「はい? 何、焦ってらっしゃるんですか?」


 ティナの顔が更にシザーリオに近づく。


「別に! あはははっ!」

「……パオ……」

「何、パオパオ?」

「……パオパオ……」

「……可愛いアピール成功って……そんなんじゃないって……」

「……パオ……」

「……ちょっと、パオパオ……そんな訳知り顔で、うなづかないで……」

「……パオパオパオパオ……」

「……さっき自分から『どうしよう』とか言ってたって? ……パオパオがエレクティッドしてる時は、ボクも興奮して大胆になるけど……」

「……パオパオ……」

「もう! パオパオってば……水魔法の出番だって! 何言ってるの! そりゃ、水魔法は、エチケットだって地元でも言われてたけど……」

「どうしました? えっと……ティナ君?」


 またもやヒソヒソと話し出した一人と一匹に、シザーリオが覗き込むようにして尋ねる。


「ひゃっ!?」

「パオッ!」


 その突然の横顔にパオパオが驚いたように飛び上がると、ティナの背後に回りその背中に逆さまにしがみついた。

 パオパオはそのままシャツを這うようにしてスカートまで下がっていく。

 そして何故かその身はぐんぐんと小さくなり、最後はその裾からスカートの中に姿を隠してしまった。


「ゾウの珍獣が、スカートの中に……」

「気にしないでください。都合が悪くなると、すぐに隠れるんです」

「それにしても、スカートの中とは……」

「お師匠様は、帰巣本能とか難しいこといってました」

「キソーホンノー? 何でしょうか? それにしても、小さくなったような?」

「スカートの中だと、基本小さくおとなしいですよ。外に出ると、大きく元気になります。あれ? 逆かな? 大きく元気になるから、外に出ちゃうのかな?」

「はい?」

「パオッ!」


 そのスカートの中から、パオパオの鳴き声がした。

 スカートの裾が森の向こうを指し示すように内側からから押されている。


「パオパオ、何!? また別の魔獣? あっちね!」

「ああ。私たちの部隊が、あちらで別の魔獣と戦っているはずだ」

「魔獣は騎士様よりも、魔法使いの領分です! 任せてくださいね!」

「君!? ティナ君! 一人では危険だ!」


 ティナが突然スカートの中の珍獣が指し示す方向に駆け出し、シザーリオがその背中を慌てて追った。

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