第42話 あの子とこの娘とそして君もなの? ACT 8
その酸っぱさを感じながら二人で笑った。
杉村のこんな顔、初めて見た。
今日はなんだか新しい発見ばかりだ。……杉村の。
「いい家だね」なんとなく出た言葉だった。
「そぅぉ? でもここお爺ちゃんとおばあちゃんの家なんだ」
「えっ、そうなんだ」
「うん、うちさぁ―、親離婚してんだ。で、ここはお母さんの実家。お爺ちゃんたちはこの先の料亭の経営者。ほとんどそっちに行きっぱなしだし、当の母親は自分の家業と娘をほっぽり出して、ドイツの大学に行きっぱなし。おかげで私はほとんど一人でこの家に住んでます」
「嘘、一人なの? 寂しくない? こんな広い家にたった一人で」
「もう、慣れました。意外といいもんよ。誰にも束縛されないで自由に生きていけるんだもん。最も、お爺ちゃんたちがいてくれるからやっていけるんだけどね。もうお母さんはあきらめたわ。あの人は、研究が命だからねぇ」
「学者さん?」
「まぁそうなんだろうけど、一応医師なんだけどね」
「すごいなぁ―、杉村も将来はお母さんと同じ様に医師を目指してんの?」
「どうだろ。私はそっち方面はあまり興味ないんだぁ。でもね夢はある。かなうかどうかは分かんないけどね」
「夢って……?」
杉村はちょっと俯いて「わ、笑わない?」と言う。
「笑うもんか」
「ぜったいに?」
「うん、笑わない」
「わ、私、……小説家になりたいの」
「しょ、小説家?」ちょっと驚いた。
「あ、此奴飛んでもないこと言ってるて思ってるでしょ!」
「いやいや、そんな事思ってないよ」
「別にいいんだもん。どうせ、かなうかどうかもわかない夢なんだから」
そう言えば杉村って、教室でもよく本読んでいたよな。だからか!
「いいんじゃない。目標があって」
「そぅぉ? そう思ってくれるの? 笹崎君は」
「うん、僕よりはずっといいと思うよ。僕なんかこの先のことなんか何も考えていないし、これからどうなろうかなんて考えてもいないからね。杉村の方がよっぽどしっかりしているよ」
「そうかなぁ――、でも笹崎君って成績いい方じゃない? 私なんてほんといつも赤点ギリギリだもんね。勉強教えてもらいたいくらいだよ」
「えっ! そんなことないよ」とは言ったけど、まぁ―、学年10位以内にはいつも入っている。
「勉強かぁ―、別に僕は構わないけど」
「嘘! 本当に! 嘘じゃないよね?」
「ど、どうしたの急に?」
顔を赤くして杉村は、残っていたミカンをひと房口にした。
「すっ、酸っぱい! 嘘じゃないんだ!」
ええっと、ミカンの酸っぱさで確信されたのか?
「じゃぁ―、お言葉に甘えようかなぁ――。この前、進学希望だったらもっと頑張んないとって、北城先生から言われちゃったし」
ああ、頼斗さん。ちゃんと教師やっていたんだ。て、それが普通だ!
「で、杉村は何が一番苦手なんだ?」
「えへへ、数学と英語。もうこの二つはからっきしのダメダメです」
数学と英語かぁ。まぁ英語は別に難なくできるから問題はないし、数学はそれなりと言えばそれなりに出来るかな。て、数学はさぁ―、本当は律ねぇにしごかれたからなぁ。
なんだか懐かしいなぁ。
英語とフランス語は小さい頃から耳にしていたから、もうなんとなく身に付いたと言う感じだ。
父さんも、母さんも家ではよくフランス語で話していることがあったし、父さんは英語は普通に話せていたからね。
親の影響か……。少し、雲が多くなりつつある空を眺め、ふと二人のことを思い出していた。
ついこの間のことだったんだよな。
夏の始め。その時の出来事。
なんだか、ずいぶん昔のような感じがする。
でも、それが救いになっているのも実際確かなことだ。
おかげで、めそめそしている暇がなかったからな。ほんと、僕は救われているのかもしれない。
……多分、恵美と言う存在が、僕をかき回してくれたおかげなんだと思う。
なんか変な感じだけど。
「笹崎君、笹崎君」
「んっ!」
「どうしたの? ボウ―としちゃって。ああ、もしかして、教えるの大変だなぁなんて思ってたんでしょ」
「そ、そんなことないよ。断じてありません! ちゃんと責任もってお教えいたします」
「あら、そうですか。ではちゃんと責任取ってもらわないとね」
「はい、必ず成績を上げて見せます。このできる家庭教師が、保証します」
「わぁー、すごい自信だね。よろしくお願いしますよ。笹崎先生。―――――ところで、笹崎君おなか減っているんじゃなかった?」
あっ! そう言えば、って。もうそんなこと忘れていたよ。でも思い出したら急に腹減ってきた感じになる。本当に正直な腹だ。
「時間大丈夫? よかったらご飯作るよ。あの、本当によかったらなんだけど、ダメ?」
「ええっと、いいの?」
ちょっともじもじしながら言う杉村が、その一言でぱっと明るくなる。……わかりやすい。
何がわかりやすいのかは分からないけど。
「お弁当取られちゃってたもんね。おなかすくわけだよ」
「えっ、なんでそのこと知ってんの、杉村」
「あっ、ええっとね、たまたま見ちゃったというかその。見えちゃったていうか……あの子と仲いいんだ笹崎君」
マジ、見られてたんだ! ああ、よかった。あの子の言いなりになっていたら、ホント何しでかすかわかったもんじゃないからな。あのまま、授業さぼって……いやいや、それは想像だけど。
「仲がいいって言うか、その、僕もよくわかんないんだよ。いきなり来て人の弁当食べちゃってさ」と、ここまでは言ってもいいだろ。その先は言わないでおいた方がいいような気がする。
「いきなりって、でもあの子結構有名な子だよ。女子の間では」
「そうなんだ。1年なんだよね」
「うんうん、校内唯一の女子中二病患者ってね」
あっ、なるほど、それわかる。
「それに三浦さんにべったりだっていうのも結構有名だよ。部活中はなんか姉妹みたいだってみんな言っているの聞いたことあるんだけど」と、ちらっと、何か鋭い視線を今感じたような気がしたんだけど。
「あ、そうだ。笹崎君嫌いなものないかある? それは入れないもの作りたいから」
「べ、別に好き嫌いはないよ。なんでも食べるよ」
「そっかぁ――、じゃぁよかったぁ。支度するね……ところで、三浦さんって料理、するの?」
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