第41話 あの子とこの娘とそして君もなの? ACT 7
学校から先の景色を見るのは初めてのことだ。
なんとなく雰囲気が違う。そんな気がするのは気のせいかもしれない。たった一駅を隔てたくらいでがらりと……。
海が開けて見えた。
ほんの少し間だったけど、海が……見えた。なんでもないことだったけど、なぜか目を奪われてしまった。
「次で降りるから」杉村がそっと言う。
カタンカタンと電車の車輪がレールに響く音がいつも以上に高く聞こえる。
ドアが開き、僕らは電車を降りた。
改札を抜けるとすぐにこの町の顔がのぞけた。
僕と恵美がいる街とは違い、落ち着いた静かな町の風景。簡素という訳ではないが、ざわめきと言うか雑踏感がしない。住むには静かでいいところなのかもしれない。
杉村の左腕を肩に乗せたまま、ゆっくりと歩きだす。
「ここから遠いのか?」
「ううん、すぐそこだから……」少し恥ずかしそうに彼女は言う。
ピッタリとその体を僕に沿わせ、触れるその部分から杉村の温かさが伝わる様な感じがする。
なにか意識しちゃっている?
だとしたら、僕は相当なスケベだ!
傷ついた女性に対して、こんな感情を持つなんてははは、最低だよな。
ふと見る杉村の顔が赤い。
「どうしたの?」視線を感じたのか、彼女が問う。
「な、なんでもないよ」
「………そう」
ちいさな声で彼女は言う。
「ねぇ、もうこれ、いいよ。大丈夫だから」
しっかりと彼女の腰の部分に手を添えている手に、彼女の手が触れた。
「あ、ご、ごめん」
「なんで誤るのよ。変なの?」
「でも大丈夫なのか?」
杉村はにっこりと笑い。
「なぁんだ気が付いていると思っていたのにぃ」
「何が?」
「うふふ、大丈夫だよ。足」
「えっ! 大丈夫って」
彼女は僕から離れて「ほら、普通に歩ける」と、難なく歩いて見せた。
「痛くないのか?」
「痛くないよ」と言いにっこりとほほ笑む。
「ほんとてっきり笹崎君気が付いていて、わざと私を抱きかかえてくれていたのかと思ってたんだけど」
「そ、そんな事ないよ」
「あら、でも、普通に歩いてたわよ私」
「あっ!」
な、何だよ! て、まっ、いいか。
「クスッ」と笑う。
そして杉村は指さしながら言う「ここよ私の家」と。
指さす目の前の和風の落ち着いた瓦屋根のどことなく風情のある家。
垣根に囲まれた庭の中には、多分あれはミカンの木だろう。まだ葉の色と同じ様な早熟な実が沢山実っていた。
そうか、……もう着いていたんだ。
「もう大丈夫なんだろ。それじゃ、僕は帰るから」
「ちょっと待ってよ! そんなに急いで帰らなくたって、お茶くらい出させてよ。せっかく送ってくれたんだから」
少し怒った感じの口調で言う杉村。こんな一面もあるんだ。普段は物静かな彼女だけになんだかとても新鮮だった。……そしてその怒った姿が逆に可愛いい。
いつもの少し冷たい感じじゃなく。彼女の心の温かさを感じたような気がした。
「そ、それじゃ。ちょっとだけ」なんとなく緊張してしてそんなこと言う。
なんで緊張する? 始めて来たからか? ……多分そうだと思う。
でも学校から、今までこうして杉村と二人っきりでいた時間。そんなに長い時間じゃなかったけど、初めて過ごした彼女との時間は、何か落ち着きをと言うか、なんだ、……多分、同い年だけど律ねぇを思い出させてくれるような気がする。
……少し甘えたくなるような。
玄関のカギを開け、格子ガラスの引き戸を動かすとカラカラと言う音をたてながら、玄関が解放される。
少し広めの三和土。
その先はかなり広めの空間が家の端まで一通に通り抜けていた。
少し黒ずみながらも、光沢のある床。まるで小さな、旅館の玄関のような感じがする。
「さっどうぞ。あがって」
杉村のその声に反応するように僕はその家の中にあがった。
左側の方に目を向けると、まだ畳替えをして間もない青々とした色の畳に座卓がセットされている。
「その部屋で適当に待っていて、私着替えてくるから」
そう言い、杉村は階段を上がり、多分自分の部屋へ行ったんだと思う。
女の子の部屋。いや、女性の部屋ってどんな感じなんだろう。
今まで入ったことなんかない。漫画とかで見るように、なんか可愛らしいぬいぐるみでも置いてあるのか。
そんなことを考えながら、恵美の部屋ってどんな感じなんだろう……と思わず想像してしまう。
同じ家に住みながら、恵美の部屋には一度も入ったことがない。いや、彼女の部屋の近くにさえ近寄ったこともない。
近くて一番遠い場所かもしれない。
多分そうだろうな。
新しい畳。藺草の香りが心地いい。
そう言えばこういう、畳の部屋に入るのはそんなにない。前の家も、そして今の家も畳の部屋と言うものが無い。
こうして畳に触れるなんて言うのはどこかに旅行に行ったとき……ああ、修学旅行のホテルとか、そう言うところでしかないか。
ピンと張られた部屋の障子を開けると、縁側のような廊下があり、そのガラス戸の外に、家の外から見たミカンの木がまじかに見えた。
ガラス戸を開けると、すぅーと静かに風が部屋の中に入り込んでくる。
心地いい風。もう夏も終わる。でも今日は少し暑いくらいの日差しがそそがれている。
夏の最後の力をふり絞っているかのような、その日差しを浴びながら、あのミカンの木を眺めた。
思っていたよりもたくさんのミカンが実っていた。
まだ青く固そうで、見ているだけですっぱそうに感じるミカン。
なんかいいよなぁ――。
こんな感じ。
ぼぅ―と、ミカンの木を眺めていると。
「そのミカン、まだ青いけどもう食べられるよ」
振り向けば杉村が、お盆に置いた麦茶を入れたグラスを持ちながら立っていた。
そのお盆を座卓の上に置いて「食べてみる?」と言う。
「いいの?」そう返すと、彼女は玄関から庭に回り、手の届くところに実ったミカンを二つもぎ取り、一つを僕に手渡した。
青いノースリーブのワンピースを着た杉村のその姿は、今まで見たことのない彼女の姿を映し出していた。
制服姿しか知らない彼女の姿。それが今、全く別人のような感じに見える。
縁側の廊下に二人並んで座り、まだ青く少し硬めの皮を剥くと、白くまだ熟していないというのがわかる実を割って房をの一つを口に入れる。
「ん――――――っ! まだ酸っぱいねぇ」
杉村がきゅっと顔をしかめて言う。
「ほんとだ、まだ酸っぱい」
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