猫又のメグミはサムライになりたい
橋本洋一
第1話猫又のメグミの決意
「にゃあああああ! やったあ! やっと達成できたあ!」
たくさんの木が広がる山の中で、歓喜の声をあげるあたし――猫又のメグミ。
目の前には大きな大きな猪が倒れていた。
ううん、倒れていたなんて表現はやめよう。
ようやく、仕留めることができたんだ!
「諦めなくて良かった……本当に良かった……!」
この猪――村長が言っていた山の主だ――を仕留めるのに何日もかかった。
正面から挑んだり、罠を作ってみたり。
時には反撃もされたけど……でも、結果が出たからいいよね!
「でもまさか、あの方に貰った刀で仕留められるなんて、思わなかったなあ」
あたしは猪の額に突き刺さった、武骨な見た目だけど鋭い刃を持つ刀を眺めた。
本当はサムライ以外使っちゃいけなかったけど、突進されたとき、無意識に抜いて構えちゃった。もし一秒でも遅かったら……
「……助けてもらったの、これで二度目だね」
村長から出された課題を達成したのに、しんみりしちゃった。
あたしは、猪に突き刺さった刀を取って鞘に納めた。それから腰に提げた短刀で血抜きを始める。本当は吊り下げる必要があったけど、一時間くらい戦った後で体力が無かったから、ある程度軽くなってからにしようと思った。
「にゃははは。これであたしも――サムライになれる試験を受けられるんだ」
そう考えると嬉しい気持ちで一杯だった。
村長を何日もかけて説得して。
ようやく出してくれた課題を達成して。
やっと、あの方に会える方法に辿り着いた。
後は――サムライになるだけ!
「さてと。このぐらいでいいかな」
血抜きを終えたあたしは猪を担いで帰ろうとする――突然、空から「その必要はない」と声がした。見上げると今回の課題を見守ってくれたマサルさんが木の上に座っていた。
緑と茶色と黒が混ざった着物を着ていて、周りの風景に溶け込んでいる。あたしは「どうして?」と大声で返した。
「村長に見せないと――」
「倒した時点で合格だ。既に村長にも報告した」
「ええ!? いつの間に!?」
「……お前も猫又なら知っているはずだろう」
マサルさんは器用に木の上から飛び降りた――流石、村で一番強い猫又だ。
それから手のひらを開いて見せた。そこには琥珀色をした、猫の目と呼ばれる水晶がある。
「あ、そうだね。それで見ていたんだ」
「ああ。実を言えば刀を使ったところを見ていた」
「……もしかして、不味いかな?」
「いや、村長の鶴の一声で不問となった。ま、課題は『手段を問わずに山の主を倒すこと』だったからな」
マサルさんは「早く村へ帰って村長に会え」とあたしに言う。
「この猪は俺が持って帰る。疲れているだろう?」
「うん、ありがとう! やっぱりマサルさんは優しいね!」
頭を下げて礼を言うと、マサルさんは顔を背けて「お前は変わっているな」と呟いた。
どうやら照れているみたいだね!
「じゃあ帰るよ! 村長に約束守ってもらわないと――」
「本当に、サムライになりたいのか?」
マサルさんは袖をまくって右腕を見せる。
目を逸らしたいくらい、痛々しい古傷が残っていた。
「試験を受けただけでこれだ。お前が合格する確率は低い」
「でも、零じゃないから」
あたしは笑いながらマサルさんに言う。
「可能性がある限り、挑み続けるよ」
「……そうか」
何か言いたそうだったマサルさん。
でもあたしは頭を下げて村の方向へ駆け出した。
「おい! 女がそんなにしっぽをふりながら走るな!」
マサルさんが小言を言うけど、わくわくとどきどきが止まらない!
やっと、サムライになれるんだ!
◆◇◆◇
課題を終えてすぐに、白髪で白いひげを生やしている、御年六十歳のソウイチロウ村長の元に訪れたあたし。
「むう。まさか本当に、山の主を仕留めるとは……」
「ねえねえ。約束通り、サムライの試験、受けていいでしょ?」
困り顔の村長に、あたしは子供みたいに催促した。
まあ十二才だから子供に違いないけどね。
「約束だからな……どれ、申請書出しなさい」
「うん、これ! そこの名前の記名欄に書いて!」
村長は受け取ると筆で『猫又のソウイチロウ』と達筆な字で書いた。
すると申請書が煙とともに消えてしまった。きっと試験会場に届いたんだ。
「村でもさほど強くもないお前がサムライになるか。滑稽だのう」
むむ! あたしの猫耳に聞き捨てならない言葉が届いた!
「なによう! あたしこれでも、同年代の女の子で一番強いんだから!」
「数人しかおらぬだろう……それにマサルに勝てるとは思えん」
「そ、それは、あたしがまだ子供だから……」
「そうじゃ。どうして今、挑もうとする? もう少し鍛えてからすればよかろう」
村長は弱いところを突いてくる。
あたしは「受けられる年齢は十二才からだもん」と口を尖らせた。
「それに早くあの方に会いたいし」
「以前いた、あのサムライか? 会ってどうする? 感謝か? それとも謝罪か?」
「実際に会ってみないと分からないけど、まずはたくさんのありがとうを言うよ」
あたしが今生きているのは、あの方のおかげだもんね。
それに一時期育ててくれた恩もあるし。
「あやつは恩を着せるためにお前を救ったわけではないと思うがな……まあいい。試験の日時はすぐに知らされる。それまで自分を鍛えておくんだな」
「うん! 剣術の稽古をたくさんするよ!」
「言っておくが、村の外では刀を使うことは禁じられている。横に置いてある刀はわしが預かっておこう」
あの方の手がかりとなる刀を手放すのは嫌だったけど、村長を信用しているから、安心はできた。
刀を渡すと村長は立ち上がって、奥の間に自分で持って行った。戻ってきたら赤色の布に包まれた棒状のものを携えていた。
「うん? 村長、それなあに?」
「課題を達成したら、お前に渡そうと思っていた。村の外れにある妖樹から切り取り作った木刀だ」
布を取ると真っ白な木刀が輝いていた。あたしは立ち上がって、村長から受け取る。
あたしの身体にぴったりで、長くもなければ短くもない。試しに軽く振ると、びゅんって風を切る音が鳴った。
「貰っていいの!?」
「無論だ。山の主を仕留めた褒美が、サムライの試験を受ける許可だけでは、少し物足りぬと思ったのだ」
「ありがとう、村長!」
鍔はないけど本物の刀のような力強さを感じる。妖樹だからかもしれない。
「別に良い。わしはお前の家族に恩があるからな」
「……それこそ、別に良いよ」
「本当は、サムライの試験など受けさせたくなかった」
村長の猫耳が垂れている。しっぽも心なしかしょんぼりしていた。
「この村で平和に暮らしてほしい。いずれ村の男に嫁いで、穏やかな一生を過ごしてほしかった」
「ううん。それは無理だよ、村長」
あたしは笑顔で村長に言う。
「あの方が生きているのか、死んでいるのか分からないけど、会えるなら会いたいんだ」
「…………」
「それに、村の外にも興味あるし」
村長は深くため息をついて、それからあたしに困った顔で笑った。
「猫又は気まぐれで好奇心旺盛な性質を持つ。それを色濃く受け継いだお前なら、仕方のないことだな」
村長はあたしに「死ぬなよ」と念を押した。
あたしは黙って笑顔で応じた。
村長の家を出て、あたしは村の南にある墓場に向かった。
家に帰ってお風呂に入って布団に潜り込みたかったけど、報告はしておかないといけないよね。
お父さんとお母さんが眠っている、小さな墓石にそっと手を合わす。
六年前の『神災』で亡くなって、ここに眠っている。
「お父さん、お母さん。あたし、サムライになるよ」
墓前に話しかける。返ってこないのは分かっていたけど、喋らずにいられない。
「あの方に会うのが目的だけど、それ以上に、サムライになれば神災を止められるかもしれない。そう考えれば悪いことじゃないよね」
サムライになれば『試練の迷宮』に挑められるって、あの方が言っていた。
多分、あの方も受け続けているから、どこかで会えるかもしれない。
「だから、試験が始まったら長い留守になっちゃう。ごめんね。でも、必ず生きて帰るから!」
サムライの試験はとっても大変だってマサルさんが言っていた。
それでもあたしは受けるんだ。
再会と夢のために。
◆◇◆◇
それから二週間後。
いよいよ試験を受けるために村の外に出ることになった。
試験会場は村から北西にある東の都だ。
「メグミ、いざとなったら棄権するんだぞ」
「そんなこと言わないの! 合格したら美味しい魚料理ごちそうするから!」
「村のみんな、お前を応援しているからな!」
村中の猫又があたしを見送ってくれた。
朝も早いのに……嬉しいな。
「うん! 絶対にサムライになるね!」
旅人の装いをしたあたしは大きく手を振って、村の外に出た。
みんなの声が遠くなっていく。
振り返ったりしない。自分で決めたことだから。
隣の村に着いて、宿屋に行くと、幽体族らしい妖怪が二人、何やら話していた。
「今回のサムライの試験、荒れるぜ。何せ志願者の数が過去最大らしいからな」
「その志願者の内、合格できるのは一割も満たないだろうな」
少しだけ不安になったけど、やるしかなかった。
あの方に会うためだもん。
絶対に合格して、サムライになるんだから!
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