第三十三章 土曜のミサ

  第三十三章 土曜のミサ


 信仰心しんこうしんはゼロ。そんな私が土曜の朝に教会のミサに参加したのは人に会うためだった。ミサに来たのは初めてではなかった。私立のミッションスクールに通っていて、週に一度ミサがあった。だから信仰心しんこうしんゼロでミサに参加することに後ろめたさも抵抗ていこうもなかった。

 礼拝堂れいはいどうに入ると、私の足音に気が付いて振り返った少女がいた。現代の魔女まじょレーナこと、川本かわもとレナだ。ひどい怪我をしたと聞いていたが、すっかり治っているようだった。若さとは素晴らしいものだ。


 「来てくれて良かった。隣に座って。」

 川本かわもとレナが言った。高飛車たかびしゃ物言ものいいは変わらないが、声が弱弱しかった。私は言われた通りに隣に座った。

 「伝えるべきことがあるの。」

 川本かわもとレナは顔を引きつらせてそう言った。何かを思い出して恐怖を感じているようだった。

 「あなたの依頼いらいは成功していたわ。」

 「依頼いらい?」

 「悪魔あくま召喚しょうかんよ。」

 川本かわもとレナは体がふるえ出すのを必死でこらえているようだったが、ガクガクとかたが動いていた。

 「あの日、あの後、悪魔がこちら側にやって来ていたのに気づいた。儀式ぎしきをした部屋にまだいて、呼び出したあなたのことを探していた。悪魔にあなたの居場所を尋ねられても私は何も言わなかったわ。骨をられ、臓器ぞうきつぶされても言わなかった。」

 川本かわもとレナはそう言いながら、泣き出していた。


 「あれは凶暴きょうぼうな悪魔よ。私が呼び出そうとしていた低級ていきゅうな悪魔じゃない。向こうからあなたを見つけてやって来たの。低級な悪魔たちはあれがいたから召喚に応じられなかった。悪魔も恐れる悪魔。それがあなたの呼び出した悪魔よ。」

 川本かわもとレナはそう話を続けた。彼女が泣いているから大変なことになっていることは分かったが、自分にどんなわざわいがりかかっているのか分かっていなかった。

 「ごめんなさい。私の手にはえない。私にはあの悪魔をあちら側にかえす力はない。だからこれを。」

 川本かわもとレナはそう言ってカードを差し出した。

 「バー・グレン・エア。」

 店の住所と地図がった宣伝せんでんカードだった。しかも一度行ったことのあるバーだった。

 「そこのマスターに頼めばエクソシストを紹介しょうかいしてもらえる。」

 川本かわもとレナが言った。そんなことをしている店だとは知らなかった。


 「悪魔は呼び出したあなたを探している。もしかしたら、もうあなたの近くにいるかもしれない。気を付けて。」

 川本かわもとレナは涙をめてそう言った。

 「分かりました。ありがとうございます。」

 私はそう言ってカードを受け取った。川本かわもとレナはおびえていたが、私はあまりこわいとは思っていなかった。話を聞いて驚きはしたが、ゆかころがる生首なまくびや人間をミイラにするラーマーヤナを見てきたせいだろうか、それともけいがいると思っていたからだろうか、体がふるえ出すほどの恐怖きょうふを感じていなかった。


 「あなたはこれからどうするのですか?警察からご両親が心配しているとうかがいました。」

 私は川本かわもとレナを心配して言った。

 「私は教会から出られない。出たら今度こそ殺される。」

 川本かわもとレナはまたガクガクとかたふるわせた。

 「悪魔はあいつがこちら側にいると知っている私を殺しに来る。こちら側にいると知られればエクソシストたちにつけねらわれるから。それに私はあなたの居場所を話さないし、邪魔じゃまなだけなの。」

 川本かわもとレナは恐怖きょうふえようと自分の腕で自分を抱き締めた。その姿は私にも覚えがあった。自分で自分を抱き締めて小さくなるしかない。そんな恐怖きょうふ絶望ぜつぼうを私もあじわったことがある。

 「大丈夫です。バー・グレン・エアでエクソシストを紹介しょうかいしてもらえば、悪魔あくま退治たいじできますよ。そしたら、あなたもここから出られる。」

 私はそう言って川本かわもとレナのふるえるかたに手を置いた。それが私にできる精一杯せいいっぱいの優しさだった。たくましく生きて来た小さな少女を抱き締めてあげることはできなかった。そうするには自分は汚れ過ぎていると思った。

 私は川本かわもとレナを残してミサが始まる前に礼拝堂れいはいどうから出た。


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