第二十四章 嘘つきな男たち

  第二十四章 嘘つきな男たち


 三上みかみと言う刑事けいじ真面目まじめ頑固がんこ寡黙かもくな男だった。そう聞くと昔気質むかしかたぎ厳格げんかく刑事けいじを思い浮かべるかもしれないが、そういう訳でもない。今風いまふうのドライな気質きしつも持ち合わせている。そのみょうなバランスが三上みかみという男を形作っていた。


 三上みかみは二つの事件を追っていた。一つは新宿しんじゅく雑居ざっきょビルで現代の魔女というみで店を経営けいえいしていた川本かわもとレナという少女の事件。誰にやられたかは分からないが、全身打撲ぜんしんだぼく骨折こっせつ臓器損傷ぞうきそんしょうというひどいケガで病院びょういん緊急搬送きんきゅうはんそうされた。意識不明いしきふめい重体じゅうたいだったが、ある日忽然こつぜんと入院先の病院から姿を消して行方ゆくえをくらませた。意識いしきが戻って自分で逃げたのか、それとも誰かにさらわれたのかも分からなかった。


 もう一つの事件は新宿しんじゅくのホテルで発見された変死体へんしたいの事件。恩師おんし通夜つや列席れっせきするために東京へ来ていた阪外大はんがいだい水川みずかわ教授きょうじゅからびたミイラとなって発見された。前日まで生きていたことは確認されている。一体誰が、どうやってこんなことをしたのか全くのなぞだった。

 この二つの事件の他にも猟奇的りょうきてき連続れんぞく殺人事件を追っていたが、岡田おかだ一浩かずひろという大学生が犯人と断定だんていされ、捜査そうさ犯人はんにん特定とくていから犯人はんにん捜索逮捕そうさくたいほへと大きくかじを切られたことを契機けいきに追うのを止めた。釈然しゃくぜんとしないものがあったが、七人目の被害者が岡田おかだの部屋に遺棄いきされていた状況じょうきょうを考えると、犯人は岡田おかだしかいなかった。


 この三つの事件に共通して捜査そうさ線上せんじょうに現れた女がいた。それが黒沼くろぬま小夜さよ。私だった。川本くわもとレナと岡田おかだ一浩かずひろとは取材しゅざいで、水川みずかわ教授きょうじゅとは通夜つやせきで知り合いになっていた。だがそこへもう一人あやしい人物が浮上ぶじょうしてきた。村松むらまつという世田谷署せたがやしょ刑事けいじのアドバイスで私の周辺しゅうへんあらい始めたら、露木つゆきけいという男が捜査そうさ線上せんじょうかんで来た。もとホストのバーテンダーで働きぶりは真面目まじめ村松むらまつ好青年こうせいねんだとひょうしていた。だがこの男、調べてみると死んでいるはずの男だった。


 身元不明みもとふめい遺体いたいなんて筑波山つくばさんにはゴロゴロしている。白骨化はっこつかした遺体いたいの骨を犬がくわえて来るなんてこともある。露木つゆきけい遺体いたいもそんな見つかり方をした。

 雨の日に犬の散歩をしていた男性が発見者だった。遺体いたいは土に埋められていたが、長雨ながあめのせいで地表ちひょう露出ろしゅつし、発見にいたった。遺体いたいは骨になって顔はおろか、男か女かも分からない状態で、一緒に埋められていたプラスチックの名札なふだだけが身元みもとしめしていた。名札なふだには露木つゆき本名ほんみょうきざまれていた。

 勤め先だったホストクラブに聞き込みをするまではこの遺体いたい露木つゆきけいだと三上みかみは思ってもいなかった。元同僚もとどうりょうからタチの悪い女に手を出したせいで相手の男に付け狙われていて、筑波山つくばさんめられたのではないかという噂話うわさばなしを聞いて初めて符号ふごう一致いっちした。


 だが露木つゆきけいが死んでいて、カルティック・ナイトでバーテンダーをしている男が露木つゆきけいに成りすましていることを証明しょうめいするものは何もなかった。DNA鑑定かんていしようにもオリジナルのDNAがなかったのだ。

 三上みかみ素性すじょうを調べ上げたとさぶりをかけ、露木つゆきけいになりすました男の正体しょうたいあばこうとしたが、男は慎重しんちょう用心深ようじんぶかく、決して三上みかみわなにかからなかった。それどころか不遇ふぐうな人生を送って来た露木つゆきけいえんじきり、私の同情どうじょうを買った。私がこの事実じじつを知るのはもっとずっと先のことだった。



 藤島ふじしまが警察に身柄みがら拘束こうそくされてから三日後、ミイラ化した遺体いたいが新たに発見された。藤島ふじしまの表向きの容疑ようぎ水川みずかわまっていたホテルの部屋から本を持ち出したことによる窃盗せっとうだった。ホテルの監視かんしカメラに本を持ち出して逃げ去る姿がバッチリとおさめられていて、その映像を見た警察は藤島ふじしま水川みずかわを手にかけたのではとうたがっていたが、当てが外れ、その身柄みがら解放かいほうしたのだった。

 藤島ふじしま身柄みがら解放かいほうされたことを私に知らせて来たのは三上みかみだった。あまりいい印象いんしょうを持っていなかったが、私の身を案じるような口ぶりで藤島ふじしまとの距離を置くように助言じょげんして来た。だが場所と時間が良くなかった。平日の深夜しんやのファミレスに呼び出されて私は三上みかみやさしさや親切心しんせつしんに気づくことができず、非常識ひじょうしき刑事けいじだと誤解ごかいしてしまった。


 「こんな時間にお呼び立てしてすみません。」

 煌々こうこうと光る蛍光灯けいこうとうの下で三上みかみが言った。窓際まどぎわの席で真っ暗な外が見えた。少し歩いたところにある近所のファミレスだが、時刻は深夜零時を回っていて、客は少なかった。バカさわぎをしてきた帰りの大学生と勉強中の大学生、深夜まで仕事をしていたと思われるサラリーマン、深夜も車を走らせる長距離ちょうきょりドライバー。客層きゃくそうはそんな感じだった。刑事けいじとライターという組み合わせはここしかいなさそうだ。

 「明日も仕事なんです。何なんですか?」

 私は機嫌きげんが悪かった。そのことをかくになれないくらい悪かった。疲れているとはいえ子供っぽい態度を取ったものだ。


 「電話でお伝えできれば良かったのですが、オフレコの話でして。私も黒沼くろぬまさんに話したことが署に知られるとまずいんです。」

 三上みかみはそう言った。三上みかみとて日中勤務のはずだ。自宅からもここは遠いだろう。オフレコの話をするためにわざわざ足を運んで来るとは真面目まじめというか、堅物かたぶつというか、変わった男だと思った。

 「一体どんなお話を聞かせて頂けるんですか?」

 私は背もたれに寄りかかりながら尋ねた。

 「藤島ふじしま教授きょうじゅ釈放しゃくほうされました。」

 私の興味きょうみを引くには十分な内容だった。


 「良かったです。」

 藤島ふじしま水川みずかわを殺した犯人ではないことを私は知っていた。本当はラーマーヤナが、『本』が水川みずかわを殺したとは三上みかみに言えなかったが。

 「本当に良かったのでしょうか?」

 三上みかみが意味ありげに言った。私は話をうながすように三上みかみの顔を真正面ましょうめんから見つめた。

 「藤島ふじしま教授は何らかの形で事件に関与している可能性があります。少なくとも水川みずかわ教授が泊まっていたホテルの部屋から本を持ち出したのは藤島ふじしま教授です。調べたところあの本は歴史的に価値のあるものでして、インド研究者に代々だいだいがれてきたものらしいんです。警察としてはその本をめぐって二人の間にトラブルが生じ、何らかの方法で藤島ふじしま教授が水川みずかわ教授をからびたミイラ化して殺したと見ていたんですが、証拠しょうこがらないまま二件目の事件が発生し、釈放しゃくほうしました。警察は連続殺人事件れんぞくさつじんじけんと見て捜査中そうさちゅうです。」

 三上みかみが警察側の動きを話してくれた。

 「そうだったんですか。」

 けいが予想していた通りの展開だった。


 「藤島ふじしま教授への殺人容疑さつじんようぎは一応れたのですが、本の窃盗せっとうについてはまだ片付いていないので、引き続きしょ出頭しゅっとうしてもらうことになると思います。」

 三上みかみがそう言って、ドリンクバーで取って来たホットコーヒーを飲んだ。私は三上みかみの言葉を聞いて引っかかった。

 「本は藤島ふじしま先生のスーツケースに入っていましたよね?」

 私は三上みかみに尋ねた。

 「入っていましたよ。」

 三上みかみが答えた。

 「それで返したことにはならないのですか?そもそもあの本は水川みずかわ先生のものではありませんし、窃盗せっとうとは言えないのではないでしょうか?」

 私がそう言うと、三上みかみ興味きょうみしめした。

 「あの本はどなたのものなんですか?」

 三上みかみが尋ねた。

 「元はサンスクリット語の第一人者だった亡くなった古賀こが先生のものです。それを私があずかって、水川みずかわ先生におししました。」

 「つまり本はあなたのものというわけですね。」

 三上が確認した。

 「ええ、まあ。そういうことになるんでしょうか。」

 私が貸したのだから、まずは私のもとに返って来るのがすじではある。

 「一応の確認ですが、二冊とも黒沼くろぬまさんのものということでよろしいですか?」

 三上みかみ不可解ふかかいな質問をした。

 「二冊?一冊のはずですが?」

 私がそう言うと、三上みかみ不思議ふしぎそうな顔をした。

 「ホテルの監視かんしカメラには藤島ふじしま教授が二冊の本を持って逃げる姿がうつっていました。」

 三上みかみに落ちない様子ようすで言った。私もに落ちなかった。

 「何で二冊もあるんでしょう。」

 私はひとり言のようにつぶやいた。

 「さあ。」

 私も分からないのだから三上みかみはもっと分からなかった。

 「おそらくは一冊は黒沼くろぬまさんからもう一冊は別の誰かから手に入れたのでしょうけど、藤島ふじしま教授は本のこととなると黙秘もくひつらぬきましたから、こちらは何もつかめていません。一冊は警察で押収おうしゅうしましたが、二冊目の行方ゆくえは不明です。何かありそうですね。」

 三上みかみはドラマに出て来る刑事らしくあごに手をてて言った。


 「藤島ふじしま教授から連絡はありましたか?」

 少し考えてから三上みかみが尋ねた。

 「いいえ。」

 「黒沼くろぬまさんにかくまってもらいながら、釈放しゃくほうされても連絡一つ寄こさないなんて、ずいぶん薄情はくじょうな方なんですね。藤島ふじしま教授は。」

 三上みかみ非難ひなんするように言った。私も確かにその通りだと思った。けいが警察に通報つうほうしたとはいえ、追われているところをかくまったのだから連絡の一つくらいあってもいい。

 「やましいことでもあって連絡できないのでしょうかね?」

 三上みかみは刑事の顔をして言った。そう考えるのが自然だと私も思った。おそらく藤島ふじしまは二冊目のラーマーヤナの行方ゆくえを知っている。ミイラ化した水川みずかわ教授のことも私には話していないことがまだあるはずだ。藤島ふじしまは何かを隠している。


 「三上みかみさんはどうして私に事件のことを話してくれたんですか?わざわざこんなところに足まで運んで。」

 あごに手を当てて考えを巡らせている三上みかみに尋ねた。

 「正直なところを言いますと、まだ黒沼くろぬまさんを疑っています。偶然にしてはいろんな事件に関わり過ぎていますから。ただ黒沼さんの周りにはもっと怪しい人物がいます。藤島ふじしま教授もしかり、露木つゆきけいしかり。」

 三上みかみはそう言った。けいの名前が挙がって来たので驚いた。

 「けいも?」

 私は尋ねた。

 「藤島ふじしま教授も、露木つゆきさんもです。二人とも怪しい人物です。黒沼さんが善良な一般市民だと言うのなら、どうか用心して下さい。あの二人を決して信用し過ぎてはいけません。」

 三上みかみは刑事の目をしてそう言った。





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