第十七章 三人の刑事

  第十七章 三人の刑事けいじ


 明け方にもけいはまたじゃれついて来た。けいに背を向けて寝ていると、最初は体をでられるだけだったが、次第に愛撫あいぶはげしくなり、むねつかまれてまれたり、それでも起きないでいると、後ろから手を回して太ももの間にねじ込み、中にゆびを入れて来たりした。


 「けい。」

 「起きた?相手して?」

 けいは誘って言った。

 「眠い。」

 そう言って断ってもけいは私の中に入れた指を動かして、愛液あいえきが満ちるのを待った。昨日れるほど出したはずなのに、またけいの指にさそわれていずみち始めた。それでもやはり眠気ねむけには勝てず、私は体を動かさないでそのまま眠ろうとした。あきらめられないけいは私をひっくり返して仰向あおむけにすると、上に乗って来た。


 お互い全裸ぜんらでベッドの上。この状況じょうきょう抵抗ていこうしようがなかった。私は麻酔ますいをかけられたように半分夢現ゆめうつつのままけいを受け入れた。けい愛撫あいぶを続けながら何かささやくように私に話しかけていた。外国語のようで、私の耳では理解することができなかったが、その声のトーンや発音には聞き覚えがあった。池田いけだ生首なまくびが最後にあらわれたばんにも同じ言葉を話していた。


 次に目覚めると、時計のはりは午前十時を指していた。いつの間にかまた寝ていた。けいも隣で寝ていた。まったく自由な男だと思った。

 私は起きて朝食を作ることにした。だがその前に、けいに着替える服を用意した。父の物だったから少し小さいかもしれないが、ないよりはましだろう。

 私がシャワーを浴びてコーヒー豆をき始めた頃、けいも起きて階段を下りて来た。


 「おはよう。これ着て良かった?」

 ダイニングに父の服を着たけいがそう尋ねた。

 「おはよう。うん。少し小さいけど良かったら着て。朝食作っているけど、あと十分くらいかかるから先にシャワーびる?」

 「うん。」

 けいはそう言うと浴室よくしつの方へ行った。


 けいが戻って来る前に目玉焼きとトーストを用意するつもりだった。熱したフライパンの上に卵を落とし、ふたをしてらした。その間に食パンを二枚トースターにセットした。こんがりきつね色になるように、タイマーはいつもより短めにしておいた。き終えたコーヒー豆をフィルターに移した。あとは熱湯ねっとうそそぐだけ。私はやかんを火にかけた。一人の時はなんてことない動作だが、誰かいると思うと気持ちがあせった。


 目玉焼きがいい具合に半熟はんじゅくに出来上がったので、食器棚しょっきだなから二人分の皿を取り出した。その時、ふと思った。何だか家族みたいだと。きっとけいが父の服を着ていたせいで、そんな錯覚さっかくにとらわれたのだろうが、その変な錯覚さっかくけなかった。けいのことを面倒めんどう見てやらないといけない弟のような気がしていた。


 けいがシャワーを浴びて戻って来た時にはダイニングにテーブルの上に目玉焼きとトーストがならんでいた。

 「どうぞ。」

 私はコーヒーをマグカップに注ぐと、けいに差し出した。

 「ありがとう。」

 けいはコーヒーを受け取った。

 「朝ごはんこれで足りる?」

 私は自分と同じ量しか準備しなかったが、けいの体格ならもっと食べるのが普通だ。

 「うん。十分。いつもは食べないから。」

 けいはその体格たいかく似合にあわず、小食しょうしょくだった。意外な事実を知った。



 二人共朝食を食べ終えてのんびりコーヒーを飲んでいた。今日はこれからどうするのか、何時に帰るのか。そんな話題を振ろうかと思っていたところに、インターホンの音が響いた。

 「誰だろう。」

 日曜の午前中にこの家にチャイムを鳴らすなんて。私は応答おうとうした。

 「はい。」

 「警察署けいさつしょの者です。少しお話をお伺いしたいのですか。」

 警察だった。この近くで事件でも起きたのだろうか。それとも魔女っ子の件だろうか。

 「少々お待ち下さい。」

 私はそう言って、インターホンの通話を切った。

 「警察が来たの。ちょっと話して来る。」

 けいは警察と聞いても驚いたり、動揺どうようしたりしなかった。

 「分かった。」

 言ったのはそれだけだった。


 玄関先に出ると、三人組の刑事がいた。刑事だと分かったのはその中の一人が三上みかみだったからだ。インターホンを鳴らした時、カメラには映っていなかった。わざとカメラの視界しかいからはずれたのだろう。

 「何か?」

 私は不快ふかいに思って威嚇いかくするようにそう言った。

 「黒沼くろぬまさん、先日はどうも。新宿しんじゅく警察署けいさつしょ三上みかみです。昨日、阪外大はんがいだい水川みずかわ教授きょうじゅにお会いになりましたね?」

 三上みかみが最初にくちびるを切った。

 「会いました。」

 私は水川みずかわ教授きょうじゅの身に何かあったのではと思った。

 「お一人でお会いに行かれましたか?」

 「いいえ。インド哲学てつがく藤島ふじしま教授きょうじゅも一緒に。三人で西麻布にしあざぶにあるシターラというお店でランチをしたんです。」

 心配になって自然と捜査そうさに協力的になった。

 「そうですか。何時頃別れましたか?」

 「お店にいたのは二時間くらいだったので、午後二時には。」

 「では・・・」

 三上みかみが次の質問をびせようとした時、玄関げんかん扉越とびらごしにその目が何かをとらえていた。


 「立ち話も何だから、上がってもらえば?」

 家の中からけいがそう声をかけて来た。三上みかみはわずかな扉の隙間すきまからけいを見ていたのだ。

 今更いまさら近所きんじょの目なんて気にしないが、けいがそう言うならと刑事けいじたちを家の中に上げた。


 玄関にはスリッパが人数分用意され、ダイニングテーブルにあった皿もきれいに片づけられていた。手際てぎわの良い男だと思った。

 「どうぞ。おかけ下さい。」

 私はそう言って刑事けいじたちをダイニングテーブルの椅子いすに座らせ、自分もその一つに座った。そこへけいがコーヒーを持って来た。


 「どうぞ。」

 けいがそう言って来客用のコーヒーカップを置いた瞬間、私の隣にいた刑事けいじが声を上げた。

 「あっ、けい君!」

 呼ばれた当人はもちろん、私も二人の刑事けいじも声を上げた刑事けいじを見た。

 「あっ、すみません。知り合いだったもので。」

 私も声を上げた刑事けいじ見覚みおぼえがあった。そうだバーの常連じょうれん陽気ようきな客だ。

 けいの方も当然とうぜん気づいていて、『どうも』と言いながら営業用のスマイルで軽く会釈えしゃくをした。

 「あっ。」

 陽気ようき刑事けいじは私の顔を見てそう声をらした。私には今、気づいたようだ。化粧けしょうをしていなかったから、気づけなかったのだ。

 「黒沼くろぬまさんとも顔見知かおみしりです。同じバーの常連同士じょうれんどうしで。」

 陽気ようき刑事けいじは申し訳なさそうに二人の刑事けいじに言った。


 「捜査上不適任そうさじょうふてきにんです。規則きそくですので村松むらまつさんは外で待っていて下さい。もともと案内役で世田谷せたがや警察から来て頂きましたから、捜査そうさは我々でやります。」

 三上みかみ堅物かたぶつらしく規則という名のもとに村松むらまつを追い出した。

 「はい。すみません。」

 陽気ようき刑事けいじ村松むらまつという名前らしい。自分より若手わかてと思われる刑事けいじ二人にしかられて、席を立って家から出て行った。


 「じゃあ、このコーヒーは俺が。」

 けい村松むらまつが座るはずだった私の隣の席に座った。このまま一緒に刑事けいじと私の会話を聞くつもりらしい。

 「黒沼くろぬまさん、この方は?」

 三上みかみが答えにくい質問をしてきた。

 「お付き合いしています。アリバイの証人しょうにんにもなりますから、一緒に話を聞かせて下さい。」

 けいが三上にそう答えた。三上みかみともう一人の刑事けいじ同席どうせき許可きょかした。


 「では質問の続きを。店で水川みずかわ教授と別れた後の行動を教えて下さい。」

 三上みかみがまた尋問を始めた。

 「駅の喫茶店きっさてんに寄ってから彼のバーへ。その後すぐ家に帰りました。」

 「ご自宅に帰られたのはいつ頃ですか?」

 「午後の四時か五時だったと思います。」

 「ご自宅に帰られた後、外出は?」

 「ずっと家にいました。」

 私がそう答えたところで、二人の刑事が視線を送り合った。次の質問が重要なのだと分かった。

 「深夜から明け方にかけてどちらにいましたか?」

 「家で寝ていました。」

 「そちらの方もご一緒に?」

 「はい。」

 私がそう答えると、三上はけいの方に向き直り、質問を浴びせ始めた。


 「以前、お店の方でお話をお伺いさせて頂きましたね。」

 「はい。」

 「確か、露木つゆきさん。」

 「はい。」

 三上みかみ記憶力きおくりょくがいいらしい。

 「露木つゆき」さん、昨日の何時頃に黒沼くろぬまさんのご自宅に?」

 「深夜零時前後に。それから今までずっと一緒にいました。」

 「そうですか。」

 三上みかみはどこか残念そうに言った。

 「黒沼くろぬまさん、露木つゆきさん、ご協力ありがとうございました。我々はこれで。」

 三上みかみたちは帰ろうと席を立った。


 「あのう、水川みずかわ先生に何かあったんですか?」

 私は心配になって思い切って尋ねた。

 「今朝けさ新宿しんじゅくのビジネスホテルで遺体いたいとなって発見されました。私は他殺たさつと見ています。そしてあなたが関わっていると思っています。行方不明ゆくえふめいになった川本かわもとレナ、次々と殺害された七人の大学生。容疑者ようぎしゃとされた少年は未だに行方不明ゆくえふめい。あなたのまわりで不可解ふかかいなことが起き過ぎている。自分でもおかしいと思いませんか?」

 三上みかみは私へ疑惑ぎわくいだいていることをかくそうとはしなかった。もう一人の刑事けいじはあまりの口のき方に引いていた。

 「おい、失礼だぞ三上!」

 もう一人の刑事がたしなめたが三上みかみ反省はんせいの色はなかった。


 「川本かわもとレナって?」

 横で話を聞いていたけいがその名前に反応した。三上みかみは自分が部外者に口をすべらせたことに気づいて口をつぐんだ。

 「これで失礼します。」

 三上みかみは逃げるように玄関から出て行った。


 「ねえ、川本かわもとレナって?」

 けい三上みかみに尋ねたのと同じ質問を私に尋ねた。余程よほど気になるらしい。

 「前に取材しゅざいした女の子。現代げんだいの魔女って触れ込みであやしげな店をやっていたんだけど、行方不明ゆくえふめいになったの。」

 「行方不明ゆくえふめい?生きているってこと?」

 「病院から抜け出したって言っていたから。」

 「そうなんだ。」

 けい納得なっとくしたような顔つきをした。


 私はけいが立ち上がったダイニングの椅子いすの背もたれのみぞにライターがはさまっているのを見つけた。

 「これけいの?」

 「違う。たぶん村松むらまつさんだ。あの人タバコうから。」

 「私、追いかけて来るね。」

 そう言って、家に一人けいを残して出て行った。ずいぶん不用心ぶようじんなことをしたと思う。どこの誰かも知らない赤の他人に家を任せるとは。手癖てぐせが悪ければ貴重品きちょうひんぬすまれるかもしれないのに。私は知らず知らずのうちにけい信頼しんらいいていた。

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