古アパートと宇宙船

「お前さー……ホントさー……」

「ごめんって。ボクだって隕石避けようとはしてたんだよ? でもなんか、速くて」

「速くてって。んで墜落して、マヤカ山に落ちて……それから?」

「ステルス機能を起動して、移動させたよ。見つからないようになってる」

「ふーん。だから何にも見つからなかったのか……」


 思わぬ所で隕石騒動の真実を知ったオレは、納得すると共に、昼夜の残念さを思い知ることとなった。抜けてるとは思ってたけど、まさか事の発端まで昼夜の失敗とは。

 これ、マジで手伝う事にして正解だったかもしれない。

「で、この先がお前の家?」

「うん。この角曲がって……そこだよ」

 協力を決めたオレは、ひとまず昼夜の家へと向かうことになった。

 どんな家なのか、とオレはワクワクしていたけれど、昼夜が指さしたのは、錆だらけの古いアパートの一室だ。

「ここ? なんか、もっと良いとこ住んでんのかと思ってた」

「家賃が安く済むから。それに……まぁ、入れば分かるよ」

 昼夜の後に続き、ぎしぎしと音の鳴る階段を登る。

 廊下には、誰かが放置していったのであろう壊れかけの椅子や、元気のなさげな観葉植物などがぽつぽつと置かれている。活気のないアパートだ、なんて思いながら歩くと、昼夜の部屋の前に出る。201号室。角部屋だ。

「さ、入って入って!」

「ん。お邪魔しま、す……?」

 昼夜はカギを開けなかった。っていうか、元々掛けてないのか。

 不用心じゃないかと思ったオレは、部屋に入って更に驚いた。

「……何もない!」

 昼夜の部屋はすっからかんだった。

 かろうじて厚手のカーテンが掛かってるくらいで、誰も住んでないんじゃないかと思えるくらい、物がない。

「お前……宇宙人だからってこんな暮らしを……」

「えっ。あ、ちがうよ!? そういうんじゃなくて……ファム、帰ったよ!」

 オレの言葉に慌てた昼夜は、天井に向かって声を上げた。

 誰か、いるのか? オレが首を傾げると、天井から声が返ってくる。

『――、――?』

 木琴の音だった。

 多分、昼夜の星の言語で、オレには楽器の響きにしか聞こえない。

「うん。現地協力者。だから大丈夫だよ、ファム」

『――、――。……聞こえますか、地球の方』

「あっ、はい。……オレに言ってるんで良いんだよな?」

 戸惑いながら昼夜に確かめると、昼夜はこくこくと頷いた。

『私はファム。生態管理宇宙船ファムのメインシステムAIです。あなたを客人として迎えます。お名前を、伺っても?』

「千葉陸人。……よろしく、ファム」

 答えながら、変だぞと思う。生態管理宇宙船? よく分からないけど、つまり昼夜が乗ってきた宇宙船のAIってことだよな。それがどうしてこのボロアパートで……?

『では、移動を開始します。3、2、1……』

「昼夜、これなんのカウントダウン? って、わぁぁっ!?」

 答えを聞く間も無く、ぶわり。

 体が吹っ飛ばされるような感覚と、目の前が真っ白になる感覚とがオレをおそう。

 何が起こった!? 驚き目を閉じたオレに、「もう大丈夫だよ」と昼夜が呼びかける。

「大丈夫だよって、そもそも何が……」

「目、開けて。いらっしゃい、陸人。ここがボクの家だよ」

 家って、さっきのアパートじゃ?

 疑問を抱きつつ、恐る恐る目を開けると……


「あっ……?」


 目の前に広がっていた光景に、オレは声を上げた。

 今までボロアパートの一室にいたはずのオレは、壁に機械の並ぶ、白く広い空間に立っていたのだ。

「ここは……まさか!」

「うん。ボクが乗ってきた宇宙船の中」

「さっきまでオレ、アパートにいたろ!? ワープしたのか!?」

『その通りです、千葉陸人様。当機は現在、日本上空を低空飛行で移動中。現地拠点との距離は、およそ34㎞ほどとなります』

 つまり、さっきのアパートから34キロくらい遠い所にいる、ってことらしい。

「どうやって……?」

『現時点の地球の技術では達成し得ない理論ですので、説明は致しかねます』

「しても分からないしね。ボクも分からない!」

 あはは、と昼夜は笑う。

 確かにオレも、自分が使ってる機械の構造なんて、ちゃんと理解してないけどさ。


「それじゃあまず、トリカゴを置きに行こう。ついてきて!」

「お、おう」


 昼夜の後に続いて歩く。宇宙船の中は、飛行しているとは思えないくらい穏やかだった。

 歩きながら、オレはすぅっと壁に指を当ててみる。白くて滑らかな壁は、陶器みたいな感触がしたけど、こんこんと叩くと鈍い音がする。

「なぁこれさー」

「ボクの星の鉱物だよ。正確にはそれを土と混ぜたもの。軽くて頑丈だから、内壁に使うことが多いよ」

「ふぅん。って、そういう話はOKなんだ?」

「理論の話じゃないからね。詳しい配合率とか成分とかになるとダメ」

 どうやら、細かい決まりが色々とあるらしい。

 地球に無い物を再現しようとしたらダメ、ってことなんだろうか。

「さて、と……この部屋だよ」

「ん。トリカゴ、いっぱいあるなぁ」

 案内された部屋には、リクザメが入っているのと同じ箱がいくつも並んでいた。

 全部で百個以上か? でも、中身がないヤツや、そもそも箱が欠けてる場所もある。

 昼夜は箱の欠けた場所に歩いて、「ええと」と周囲の箱を確認してから、リクザメの収まっているトリカゴを空いた場所に置いた。

「うん、これでよし」

「これ、一体何匹逃げたんだ?」

「全体の七割くらいかな。捕まえたのは、これで三匹目」

「……少な……」

「さっ、最初は船の修理とか地球への潜伏準備とか、忙しかったんだよ!」

「あー、それはそうか。ごめん」

 部屋をよく見ると、壁の途中に継ぎ足したような跡が残っていた。

 聞けば、隕石とぶつかった時、運悪くこの部屋に穴が開いてしまったらしい。

 あとはポロポロと宙獣の収まったトリカゴが落ちていき、残ったものはごくわずか……というわけだ。


「そもそもさー。昼夜はなんで、宙獣なんて生き物連れて宇宙飛んでんの?」

「輸送任務の途中だったんだよ。宙獣って、宇宙でもちょっと特殊な生き物でね。生まれた星にいられなくなってるから、別の住処を探さないといけなくて」

「いられなくなったって……なんで?」

「星自体が無くなりそうだったり……生態系に合わない進化をしちゃったり……」


 リクザメの星も、今はもう無くなっているのだと昼夜は言う。

 そんな彼らが棲める新たな星を探すべく、昼夜は宇宙を航行していたらしい。

「じゃあさ。宙獣って、地球では生きていけるのか?」

「個体によるけど……短期間なら、生きていくことは出来ると思う。トリカゴごと落ちて行った子も多いし。……でも」

 時間が経てばどうなるか分からない、と昼夜は答えた。

 宙獣の身に異変が起きたり、最悪の場合、環境が合わずに命を落とすこともある、と。

「そっか。じゃあなおさら、急いで見つけないとな」

 見知らぬ星に落ちて、慣れない環境に四苦八苦している。

 そんな宙獣たちの事を考えると、オレはムズムズした。どうにか助けてやりたい。

「……。やっぱりさ、陸人って優しいよね?」

「やっぱりってなんだよ。っていうか、ふつうだろ」

 倉田さんにも似たような事を言われたけど、逃げてしまった動物を心配するのは、当たり前のことだとオレは思う。

 それに……そんな事情を聴いたら、オレは『今度こそ』って思ってしまう。

「もうああいうの、見たくないしなぁ」

「ああいうのって?」

「いや、なんでもない。とにかく、オレは全力で手を貸すからな」

「うん! ありがとう、陸人。頼もしいよ!」

 嬉しそうに笑う昼夜を見て、オレは心の中でホッとした。

 もしかしたら、昼夜は心細かったんじゃないかと思ったからだ。

 自分のミスで宙獣や地球人を危険な目に遭わせてしまっている。昼夜はそのことを気にして、反省していた。でも、まだミスを挽回出来たわけじゃない。

(もしもの事があれば、って考えちゃうハズだよな)

 少し前、自分の身に起きた事を思い出して、オレはそんな風に思う。

 宙獣の為にも、昼夜の為にも、オレも頑張って力を貸さないと。


「そうだ、陸人に渡さないといけないものがあるんだよね」

「渡すもの? なんだ?」

「うん、それはねー……」

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