57.推しキャラは癒しを求める


「ふう、とりあえずはこんなものか」

「そうですね。詰められるところは詰められたと思います」


 セルディ達との話し合いの後、執務室へと戻ったアレンダークとグレニアン、そしてレオネルは大きなテーブルに書類を広げて再度話し合っていた。

 当初は洞窟の話を詳しく聞き、調査を入れる程度だったはずが、思いも寄らない提案を次々にされてしまったため、予定を調整せざる負えなくなったのだ。


「まさか調査をする方法まで提案してくれるとはな」

「私だって考えていたじゃないですか」

「死刑囚を先頭に立たせて調査なんて出来るか!!」


 叫んだグレニアンに同調するようにレオネルも頷く。

 アレンダークの発想も悪いわけではないのだが、そのやり方は物騒過ぎる。

 ただでさえ前王弟のせいで今は王家の心象はよくないのだから、死刑囚を使った実験を行ったなどと国民にバレたら今度こそ民からの反乱が起きるだろう。


「はぁ、一番楽だと思いますけどねぇ。もし死んだら執行人へ払う給金が減らせるじゃないですか」

「恐ろしいことを言うな……」


 頭が痛い、とグレニアンは額に手を当てる。

 レオネルも心の中だけで何度も頷いた。


「それで、アレンダークから見てセルディ嬢はどう見えた?」

「とても頭の良い子だと思いましたね。私も年の割に落ち着いた子供時代を送りましたが、セルディ嬢のような発想力はありませんでした」

「ああ。あんな子供、そうそう見つけられるもんじゃないだろう。いっそ俺の妃候補にしても……」

「おい」


 扉の横に黙って立っていたレオネルもこれには口を挟んだ。


「人の婚約者に手を出すな」

「ふん、まだ仮だろう? デビュタント前の子供との婚約など俺の権限を使えば……」

「民からじゃなく、側近からの信頼も失いたいのですか?」

「冗談だ」


 性質の悪い冗談だ。レオネルは口をへの字に曲げた。


「それで、婚約者だと明言したということは、セルディ嬢から了承してもらえたという事で良いんだな?」


 にやりと笑ったグレニアンの表情に、レオネルはもしかしたら聞きたかった事はこれなのかもしれないと辟易した。

 何せ実家から帰ってから何度もそれとなく聞かれた内容だったからだ。


「……俺でいいらしい」


 照れもあり、普段よりもぶっきらぼうで小さな声での返しだったが、グレニアンには聞こえたらしい。


「そうか! よかったじゃないか!」

「目出度いですねぇ、羨ましい限りですよ」


 にこにこと笑って言うアレンダークの発言は何故だか素直に受け止められない。


「……まさかここにきてシル伯爵の話が出てくるとはな」

「本当に。あの娘は今はどうしているのでしょうねぇ、そろそろ子供が生まれる頃でしょうか」

「……まだ生きているのか?」

「さぁ」


 酷い別れ方だったとはいえ、過去に婚約者になっていた女に対してこの反応。

 アレンダークの血は自分たちとは別の色をしているに違いない。


「私にもセルディ嬢のような聡明な婚約者が欲しいものです」

「くっ……」


 アレンダークの言葉にレオネルは思わず笑ってしまった。

 あの子供は聡明というには少し抜けすぎている。

 読書は好きなようだが、割とお転婆で、気になると木にまで登ろうとするような、そんな子供なのだ。


「婚約者殿は何を思い出して笑っていらっしゃるのやら」

「ふっ、いやなに、普段の姿を思い出すと聡明とはほど遠いものでな」

「おやおや、レオネル様はやはり幼女趣味が」

「なんでそうなる」


 睨み合うように会話を続けていると、グレニアンが話を打ち切るように手を叩いた。


「二人の仲がよくて何よりだ」

「……」


 これはセルディとレオネルの話ではなく、アレンダークとの話なのだろう。

 レオネルもアレンダークも、それがわかっているから、何も言わずに沈黙で返した。

 仲が悪いわけではないが、良いと言われるのも嫌なものなのだ。


「それで、シル伯爵にはお前から話を持って行くつもりか?」

「ええ。未だに婚約者も出来ない私へ申し訳なく思って下さっているのであれば、きっと良心的な価格で場所を貸して下さるでしょう」

「……そうか。それならばよろしく頼む」


 笑みを絶やさないアレンダークは恐ろしい。

 グレニアンもそう思ったのか、もはや何も突っ込まなかった。


「よく鳴く動物に関しては動植物の研究をしている者が研究所にも居るはずですので、一度問い合わせをしてみます」

「ああ、その返事がくるまでの間にフォード領の守りは固めておこう。騎士団への連絡はレオネルに頼んだ」

「わかった。口の堅いものを選出するよう言っておく」

「……大丈夫なのか」


 心配そうに聞かれ、レオネルは肩を竦めて軽い口調で返した。


「なるようにしかなんねーよ。さすがに陛下の命令を無視する事はないだろうしな」

「そうだな。もし無視するようであれば、今度はお前が王都の騎士団を纏め上げろ」

「はぁ……、俺は今のままで十分なんだがなぁ」

「いつかは将軍の跡を継ぐことになるだろう。お前以上の騎士を俺は知らないしな」


 グレニアンの苦笑いを見ながら、レオネルはため息を吐く。

 最近、レオネルは王都の騎士団長との相性の悪さに悩まされていた。

 最初はお互いに敬意を持った対応をしていたはずなのだが、どうもレオネルの方が爵位が上で、しかも父親は将軍で、更には模擬戦で剣術まで勝ってしまった事から、相手の妬みを買ってしまったらしい。

 ここのところ、何かを頼むと嫌味を言ってきたり、自分達は近衛と違って忙しいんだと文句をつけたり。

 自分の地位が脅かされると思っているのだろう。

 レオネルは戦時には父の跡を継いで将軍という地位には付くかもしれないが、王都を守る騎士団の団長になりたいとは思っていないというのに……。

 団長二人がそんな感じになってしまったものだから、近衛と騎士団の間までピリピリするようになってきてしまった。

 出来る事ならあまり関わりたくはないのだが、これからフォード領の事も含めて話し合う機会は増えるだろう。

 騎士というものは時に話し合いにも力技が必要な事もあるから、文官に伝令を任せてばかりいる訳にはいかない。

 今後の事を考えると今から憂鬱になる。


「とりあえずそっちの方は頑張ってくれ」

「……了解」


 さっき別れたばかりだというのに、レオネルはセルディに会って癒されたいと強く思った。

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