17.推しキャラは再会する


 王都から馬で一週間ほどの距離にフォード子爵領はある。

 雨季には川の増水の関係で陸の孤島となってしまう子爵領だが、その他の時季であれば川は馬の足で渡れるほど浅い。

 レオネルは移動時間を短縮するため、橋を使わずに川を渡った。


「しかし、本当に何もないな……」


 見渡す限りの麦畑。

 革の鎧という軽装にマントを羽織ったレオネルは、見渡しの良いあぜ道を馬に乗ったままゆっくりと一人で進んで行く。

 本来、レオネルほどの身分になれば何人か供を付けるのが普通だが、現在の城は人手も信頼関係も足りない。後ろから身内に刺されるよりはと、レオネルは単独でフォード領に来たのだった。


(ここが領主の館のある町か……)


 町、というよりも村という方が近い規模だが、商会があるからか、それなりの建物は建っている。

 自分が住んでいた領地や王都は高い建物ばかりだったので、レオネルはなんだか新鮮な気持ちで辺りを見渡す。


「ありゃま、兵士さんがここに来るなんて久しぶりですねぇ。新しい税務官様でしょうか?」


 町の入口で、領民の一人と思われる老婆に声をかけられ、レオネルは馬から降りた。


「いや、税務官ではないが、領主殿に話があってな」

「そうでしたか、領主様の家はここをまっすぐ行ったところにありますよ」

「助かった。ありがとう」


 軽く頭を下げてから、指し示された道を真っ直ぐ進んで行く。


(セルディに会うのは、二か月ぶりか……)


 たった二か月で何かが変わる訳でもない。

 なのにレオネルは、どこか期待している自分が居る事に気が付いた。

 少しは大きくなっただろうか、少しは淑女らしくなっただろうか。

 それと同時に、心配もする。

 ちゃんと食べているのか、無理はしていないか、無鉄砲はしていないか。


(……久しぶりに娘に会う父親か、俺は)


 レオネルは苦笑しながら、町中を進んだ。

 しかし、ある、と言われた領主の家がどれかわからない。

 普通、領主の館と言えば、大仰な門構えであったり、装飾の凝った建物であったり、大きな庭を持っていたりするものだが、それらがまったく見当たらない。

 周りを見渡しながら進んだ先にあったのは、貴族の家とは思えない小さな家。


(……まさか、これか?)


 低い塀。三角屋根だが、二階はなく、煉瓦造りでもない。木造の、どうみても平民の家だ。周りの家に比べれば、少し金に余裕があったのだろう。くらいの大きさだ。

 貴族の家とは思えない様子に、フォード家が昔からギリギリの生活を送っていた事を思い出した。


(なるほど、これは爵位を返上してもいいと思う訳だ)


 納得しながらレオネルが馬を連れて扉の傍まで近づくと、軽くその戸を叩いた。


 ――バタン、ドタドタ


 聞こえてきたのは、どこかのドアを開けて、誰かが慌てて走ってくる音だ。

 軽い音からして、子供だろう。音の発生源は、扉の前で止まった。


 ――カチャリ


「レオネル様、いらっしゃいませ。遠路はるばるお越し下さり、ありがとうございます」


 静かに扉を開け、頭を下げたのはセルディだった。

 普通ならば使用人が開け、主人が挨拶をするものだが、どうもこの家は使用人すら雇っていない雰囲気がある。


 つまり、そういう事なのだろう。

 レオネルは納得すると、今度はセルディの立ち居振る舞いに気が付いた。

 二か月前よりも丁寧なお辞儀、楚々とした仕草。

 以前は見なかった大人っぽい対応に、少しドキリとはした。

 しかし……。


「くっ……。やぁ、セルディ嬢。わざわざありがとう。ここまで走ってこなければ完璧だったかもしれん」


 レオネルは笑いを堪えてそう返した。


「えー!! 失敗なの!? だって待たせるのも失礼でしょ!?」

「はっはっは、扉を開けるのは使用人がするもんだ」

「使用人なんて居た事ありませんけど!?」


 唇を尖らせ、物怖じせずに反論する姿は最後に会った時と同じ。

 そんな変わらないセルディの姿にレオネルはどこかホッとした。何故ホッとしたのかなんて疑問は、瞬時に頭の片隅に追い出した。


「それで、フォード子爵はどこに?」

「レオネル様の優しさがつらい」

「フォード家が貧乏なのは知っているから安心しろ」

「それはそれで失礼!!」


 どうしろと言うんだ。

 レオネルは肩を竦めた。


「で、子爵はどこなんだ?」

「お父様とお母様は、今レオネル様の部屋の消耗品を取りに行ってます」

「何?」


 先触れに手紙は出したが、間に合わなかったのだろうか。

 レオネルが眉を寄せると、セルディは困ったように笑って言った。


「二人とも、レオネル様は馬車で来ると思ったんですよ」

「ああ……」


 そういえば、何で行くかは言っていなかった。

 貴族は基本的に馬車で移動するのが当たり前だが、レオネルは騎士で、馬車のような窮屈な場所は苦手だ。

 今は朝方だが、馬車で来れば到着は夕刻あたりだっただろう。

 どうやら領主夫妻はその予定で準備をしてくれていたようだ。


「それは、すまなかったな。馬で来ると言えばよかった」

「いえいえー。あ、お馬さんは牧場に預けて貰ってもいいですか?」

「牧場?」

「農耕馬が居るところです。我が家には厩もないし、面倒を見られる人も居ないので……」

「使用人が居ないなら仕方がないな」

「貧乏ですからね! こっちですよ!」


 レオネルは笑い合いながら、セルディの案内で牧場へと向かった。


「お馬さんの名前はなんて言うんですか?」

「セントバーナード」

「……犬かな?」

「馬だ」

「オス?」

「オスだな」

「よかったー、メスだったらどうしようかと……」

「なんでだ」

「メスにその名前は可哀想じゃないです?」

「そうか?」

「そうですよ!」


 歩くスピードは、セルディに合わせてゆっくりと。

 その割に足取りはなぜだか軽かった。

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