【二部開始】転生令嬢は推しキャラのために…!!
森ノ宮明
領地復興編
01.プロローグ
鈍色の雲に覆われた空。赤土ばかりの荒野に、金属が打ち合う音が響く。
その音を鳴らしているのは白銀の豪奢な鎧を身に纏い、金に朱を混ぜたような髪を持つ体格の良い男。そんな、いかにも階級の高そうな騎士が、身の丈ほどもある大きな剣を器用に使い、敵兵と思われる黒い鎧の兵士達の攻撃にたった一人で耐えていた。
大勢の敵兵に囲まれながらも、迫りくる刃をいなし、時に叩き落とし、隙をついて攻勢に出もするが、味方の兵が誰もいない状況では長く耐えられるはずもなく、騎士は四方を囲まれ段々と追い詰められていった。
頬に、腕に、太ももに。
一太刀ごとに増えていく傷。
それでも、騎士は生きるため。生き残り、待ってくれている仲間達の元へ帰るために剣を振り続けた。
「ぐ……ぅっ!!」
しかし、一本の剣が彼の脇腹を貫いてしまえば、そのまま、二本、三本と新たな刃がその体に突き立てられる。
騎士はそんな状態からでも怯まずに腰に備えていた長剣を引き抜き、前方の敵を薙ぎ払ったが、反動で体に刺さった剣が何本か抜けてしまうと、そこから大量の血が噴き出た。
瞬く間にその体も、周囲の地面も、真っ赤に染まっていく。
騎士はその後も血を流しながら幾人かの敵兵を屠ったが、そう時間が経たない内に膝から崩れ落ちた。
地面に広がる夥しい血の量からして、彼がこれ以上動く事はできないだろうと、誰もが思った。
そして、様子をじっと見ていた敵兵の一人が、最後の止めを刺すために騎士の首元を狙って剣を振り上げたその時。
「レオ――ッ!!」
鈍色の空の下でも輝いて見える金の髪を持つ青年が、たくさんの騎馬兵を連れて駆けてきた。
剣を振り上げていた敵兵は戦場に響く声に動きを止め、騎馬の姿に気づくと、踏みつぶされる事を恐れて逃げ出す周囲につられて走り出した。
金髪の青年は倒れた騎士の傍で馬を止め、逃げていく敵兵を部下の男達へと任せて馬から飛び降りる。そのまま血に塗れた彼を治療するために鎧の留め具に手をかけるが、その手は本人の手によって止められてしまった。
「レオ、手を離せ!!」
「ガッ、ハ……」
血を吐きながら首を横に振った騎士の表情はどこか寂しそうな、申し訳なさそうな笑みを浮かべていた。
死を覚悟した人間の顔だ。
その事に気づいた青年は、激情のまま彼の襟首に掴みかかった。
「ふざけるな!! お前はこれからも私を守れ!! 約束しただろう……っ!!」
青年の悲痛な叫びを聞きながらも、騎士は青年が治療する事を許そうとしない。
何も言わずにただ青年を見つめるだけだ。
そんな彼の様子に、青年は目に涙を溜めていく。騎士の覚悟を悟り、襟首を掴んでいた手を離すと衝動のまま縋り付き、叫んだ。
「馬鹿野郎が!!」
青年の魂からの叫びだった。
そんな青年の叫びに騎士がふっと笑みを浮かべると、小さく細い声を絞り出した。
「お前の、治世……が、この先、も、幸、多からん、こと、を……」
言葉の終わりと共に深く呼吸した騎士の息は、再度吸われる事はなかった。
その事に気づいた青年が顔を上げ、騎士の瞳に光がなくなってしまった事を理解すると、空を見上げて大きく口を開けた。
「……ぁ、あ、ああああああああ!!」
荒野に青年の嘆きが響き渡る。
滂沱の涙を流しながら、受け止めきれない現実に抗うかのような悲痛な叫び。その叫びが天に届いたかのように、空から雨が降り始めた。
青年も、敵兵を蹴散らして戻ってきた仲間達も、血の染み込んだ地面までもが水に塗れた頃、青年はようやく嘆きを止めて立ち上がった。
雨と泥、そして仲間の血に濡れながら立ち上がった青年の瞳には、復讐という名の闇があった……。
そして、画面は暗転する。
そのまま弦楽器で奏でられた優しい雰囲気の音楽が流れ始め、スクリーンにはエンドロールが表示された。今までの出来事の回想シーンと共に、物悲しい女性の歌声がまるで鎮魂歌のようにシアター内に響き渡っている。
そんな物語の余韻が残る中、スクリーン全体が良く見える後部の座席で熱心に映画を見ていた女は、溢れる涙をハンカチで押さえていた。
涙どころか鼻から汁まで出てくるが、そんな事は気にしていられない。
彼女は薄いハンカチで顔を覆いながらも、心の中で、なんで、どうして、と呟き続けていた。
映画の原作を読んで知っていた彼女は、この結末を知っていた。知っていたが、それでも自分が物語の序盤から大好きで、登場人物達の中で最も推していたキャラが志半ばで死ぬ姿を改めて視覚として見てしまうと、どうしても作者を責める気持ちが止められなかった。
何故男が死ななければいけないのか。別に生きていたって良いではないか。戦えないくらいの怪我で退場ではいけなかったのか。
いや、わかっている。あの主人公の青年が成長するためには必要な犠牲だったのだと。戦争とは命があっさりと刈り取られてしまう世界なのだと読者に伝えようとする作者の意図だということも、彼女はわかってはいるのだ。
しかし、それでも……。
――もし私があの世界に居たのなら、こんな結末には絶対させないのに!!
そう思う事は止められなかった。
実際の俳優には興味はないのに、その人が《彼》であるだけで、一挙手一投足に胸を高鳴らせてしまうほど、とても大好きだったから。
彼女はその日、シアター内から人が全員いなくなるまで、どうしようもない現実を嘆き、本来ならあり得ない未来を妄想した。
こうしたら死ななかったかもしれない。こうすれば間に合ったかもしれない。そもそもここでこうしていれば……。なんて、そんなあり得ない過程の話まで考え、いっそ二次創作でもしようかな、なんて事まで思いながら帰路についた彼女は、次の日に自分が車に轢かれてこの世を去る事になるなんて、微塵も想像していなかった。
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