3
終局を迎える二人の決戦を視界に捉えながら、ライド・ヘフスゼルガは一人ごちる。
「面白いものだね。誰よりもそれを求めた男は、最初からそれを持っていたんだ。……面白いというより、皮肉かな」
誰に向けているわけでもない。事実彼の周りには誰もいない。寄ってくる悪鬼を全て片付けてしまったのだ。
彼は仲間であるはずの警備軍からもなぜか姿を隠していた。この光景を邪魔されることなく、観賞したいとでも言いたげに。
そして残っている柱に寄りかかり、物語でも語るように、詩でも紡ぐように再び口を開いた。
「ジャックさん、今仇が、ボクたちのそちらに逝きますよ」
ライド・ヘフスゼルガはかつての王都で暮らしていた一般的な家庭の子だった。
戦争とは縁もゆかりもないような、優しい家庭の普通の子。
しかしダズファイル率いるオスゲルニアの兵隊たちが、罪なきエルハイムの民を蹂躙し、平和な暮らしを破壊した。優しかった両親も、仲良しの友達も全ては瓦礫と血の海に沈んだ。
ライドが光であふれていた瞳を濁し、全てに絶望していた時に現れたのが、ジャック・アルグファストその人だった。
暴力の波を、圧倒的な嵐のような暴力で押し返したジャックは、ライドにとって紛れもなく英雄だった。
その英雄はその後戦争で討ち死にし、ライドはオスゲルニアへの復讐のため国境警備軍へと入る。
狂ってしまった歯車はもう止まらない。だがその歯車を元に戻すため、正しい動きに戻すため、人が足掻くのは全くの自由だろう。
彼は運命に抗う人が好きだ。どうしようもない定めに足掻く人が好きだ。
そしてライドは目にした。定められた運命という呪いに足掻く、ギルドルグという男の姿を。
「何も持っていないって? 父親から何も受け継いでいない凡人だって? そんなことないさ。真に君が持っていたのは……そう。それこそ、
ゼルフィユや警備軍が悪鬼たちを足止めしていなければ、ダズファイルを間合いに入れることもなかっただろう。
ユウの一撃がなければ、攻撃の暇もなく彼は切り裂かれていただろう。
そして預言者の一言がなければ、不可視の敵の秘密を暴くことも。
獅子のように気高く、勇気ある者。
ギルドルグ・アルグファストは所有していたのだ。自分を信じる勇気。そして仲間を信じる勇気の二つを。
* * *
敵の懐に入り込む決死の一撃。
確かにギルドルグの剣は、勇気は、霧の王を切り裂いた。
かつての戦争で届かなかった
「おのれ……」
ため息を一つ。
胸を横一直線に切り裂かれたダズファイルは自分の胸を一瞥すると、ゆっくりと背中から冷たい床へと倒れこんだ。
相対していたギルドルグは、自分の持つ剣を杖代わりにして、なんとか立っている状態だった。
国境警備軍の面々の眼前からは、風に溶けていくように悪鬼たちが消え去っていく。
本来ならば歓喜すべき場面だ。十五年前の宿敵を、救国の英雄の息子が打倒した。詩人がいれば、永遠に語り継ぐ場面だ。画家がいれば、この瞬間を迷うことなくキャンバスに収めただろう。
しかしほとんど全員に、動く余力すら残されていない。
ギルドルグは安堵感が包む体に鞭打って、ダズファイルの近くへと歩みを寄せる。
止めをささなくてはならない。
他の誰でもなく、ギルドルグ自身が。それは英雄の息子として。最後の相対者として。エルハイムの民として。
かつての戦争の惨劇を、二度と繰り返すことのないように。
「何か、言いたいことはあるかい」
ダズファイルが憎くて仕方ないのは、まぎれもない真実だ。
多くの国民を死へと追いやり、王都は移転を余儀なくされ、そして何よりも父親の仇。
しかしあくまでも一人の人間として、死を目の前にした人間にそこまでの憎悪を抱くことは、もう出来ない。
一言だけ。散りゆく戦士に、せめてもの礼儀として。最期の言葉を、預かろう。
あの預言者のように。
だが、ダズファイルは先ほどまでと変わらず、こちらを徹底的に卑下するように、笑った。
「呪ってやるぞ、アルグファスト。そしてエルハイム」
もう体を少しも動かせないほどに、死が近いのだろう。
ただダズファイルは最後まで、自らが最上だというその不遜な態度を崩さない。
ギルドルグは一瞬だけ止まり、呆れたようにため息をつくと、剣を下に向けるように握り直した。
「……あんたみたいなクソ野郎だと、こっちも決意が鈍らず助かるよ」
そして振り下ろす。
ここに、霧厳山脈における国境防衛戦は終戦した。
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