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「えっ……?」

 彼の背後から、こんな夕暮れにはあり得ない光が射した。夜の帳が降りているにも関わらず、確かに逆光となって一行の影を地面に映す。すぐさま彼らは振り向くが、揃いも揃って途端に目を逸らした。それはあまりに眩い光だったからだ。暗い洞窟の中にいた影響もあるのだろうが、それにしても眩しい。真昼の太陽を直視しているかのようだ。

 光の奔流は徐々に弱まっていったが、しばらく彼らの眼の中では光の残像が現状の把握を阻害した。

 射してきた位置としては、今いる峰の頂上付近か。そこまで距離があるわけではないが、時間は少しかかりそうだ。

「今のが宝石光ってやつか?」

「確かにそれっぽくはあったが……こんなデケェのは初めてだ」

 目を擦りながらゼルフィユが純粋な問いかけをし、ギルドルグは驚愕しながらも返答する。

 彼には少なからず、ギルドの稼ぎ頭としての自負と自信がある。それは今までの経験から形成されたものだ。何年もキョウスケの下で働き、積み重ねた確かな経験からくるものだ。

 そんな彼が、確信を持って言える。

 この宝石光を放つ魔法石は間違いなく、歴史上で最大のものだ。

 本当に宝石光を放っているのならば、そしてこれが本当に宝石光ならば、だが。

「まぁ九分九厘罠だろう」

 そう言い放ったのはピースベイク将軍だ。

 冷静に考えて、これほどの宝石光が今まで見逃されるはずがない。国境警備軍の駐屯地からでも見えなくはないだろう。

 つまりそれほどまでに凄まじい魔法石が昨日今日で現れたということであり、ギルドルグたちを呼ぶように宝石光を放つなど、出来過ぎにも程がある。

「けど可能性があるなら、行かなくちゃならねぇ。宝狩人の基本は虱潰しだしな」

 しかし残された一厘の可能性が、ほんのわずかな可能性があるならば、彼は行かなくてはならない。

 それが宝狩人だ。それがギルドルグ・アルグファストだ。

「なら、行くか。早いとこ見つけちまおう」

 しばらく彼らは頂上を目指して山を登る。強さを増していく風に煽られながらも雪が残る山道を進んだ。

 雲一つない空では月と星々が地面を照らしており、夜目が効くギルドルグやゼルフィユにはありがたいくらいの好条件だった。警備軍の四人と優は少し歩調を緩めながらの行軍だったが、二人を先頭にして黙ってついてきた。

 月明かりに照らされ、この峰の頂上まで踏破してしまいそうだったところで、それと思わしき洞窟を発見した。

 宝石光を見た位置から考えると、この洞窟で間違いない。

 あつらえられたような洞窟の奥は漆黒に染まる。月明かりすらも許さない、拒絶の暗闇が奥には広がっているだろう。

 覚悟を決め。七人は洞窟へと足を踏み入れた。

 天が機嫌を損ねたように荒れる外とは違い、洞窟の中は、山脈の内部は静寂に支配された朧ろげな暗闇であった。

 ピースベイクは何も言わずに炎を掌に顕現させ、外で拾った木の棒に炎を移す。ゼルフィユを除く他の全員も同様に松明を作ると、ようやく洞窟の壁や地面が判然と視認できる状態になった。

 壁や天井は何かに切り取られたかのように地面から垂直に存在し、その表面はなめらかだ。七人が横に揃って歩ける程度には広く、天井までの高さも十分だった。

 入り口からも見て取れたように、人の手によって作られた洞窟であることに疑いの余地はない。人為的であり、不自然な空間だ。洞窟というより通路という方が納得できる。

 間違いなく、この先には何かが待っている。

 七人は言葉にこそ出さないが、洞窟の鬱々たる空気で察していた。

「将軍……」

「視界が良くないが、一本道なんだから敵が来るのだとしたら正面か後ろだ。俺とライドとギルドルグが前列。他は後列で後方を警戒しろ。武器は常に抜いとけよ」

 前衛を任されるとは光栄だ。人数的に消去法とは分かっているが。

 普通に考えて、警備軍の面々がどちらかに偏るというのは良策ではない。しかも七人なのだから、拮抗する実力になるように配置は行うだろう。それらを加味して考えていくと、ピースベイクが指示した配置しかないのだ。

 七人は配置通り、あたりを警戒しながら奥へと進んでいく。

 警戒はしているものの、敵の気配というのは全く感じられない。暗闇からの襲撃があると思っていたのだが。

 彼らとしてはありがたいが、逆に罠に嵌っていくようで落ち着かない。

「そういえば、君たち三人はいつから一緒に宝狩りを?」

 しばらく洞窟を歩くと、気になったのか左隣のライドが聞いてきた。

「忘れるくらい遠い昔……とか言えればよかったんだけどな。恥ずかしながらつい三日ほど前だ」

 我ながら厳しい日程だな、とギルドルグは苦笑する。

 すると、愕然とした表情で後ろのディムとアルドレドに見つめられていることに気付いた。

「流石に冗談きついぞギルドルグ? それでどうしてあんな自信満々に警備軍(俺たち)に喧嘩を売れたんだ」

「あーまぁ若気の至りって感じですかねぇ」

 とりあえずディムには笑いながら適当に返事をしたが、よく考えれば本当にそうだ。

 三人で共に戦ったのはほんの数回であり、片手の指で数えても足りる。

 対する相手は国境警備軍の中でも選りすぐりの強者。いくら本気で殺しにはこないと分かっていても、それでも地力には差がありすぎる。

 いったいどこから勝てるという自信は湧いてきたのか。ギルドルグは、自分の向う見ずさに驚愕する。

 若気の至りというディムへの返答も、あながち間違いではなかったか。

「よくこの三人で霧厳山脈への入山を思い立ちましたね……ああ、上司の方に言われたんでしたっけ? 貴方たちも苦労してますね」

 アルドレドがやれやれとばかりに、将軍の方をチラチラ見やりながら言う。厳密には違うのだが、間違っているわけではないのでとりあえず首を縦に振る。

 上司の我儘に振り回される部下というのは、どこにでもいるようだ。

 左端のピースベイクは視線に気が付いたようで、後ろを向いて部下たちに向き直る。

「おいおい俺が何かしたか? 言ってくれれば仕事も減らせるって言ってるだろ?」

「私たちが休むと貴方が働いちゃうでしょうが!」

「一体何が悪いんだ。仕事が生きがいみたいなもんなんだから、仕事をさせてくれたっていいだろ」

「分からなくはねぇが、本来お前みたいな立場でこんなとこに来る奴は……」

 ディムが上司であるピースベイクへの説教を始めようとした時、不意に彼の口が止まった。それと同時にゼルフィユが何かを警戒するように、辺りを見渡し始める。

「どうした」

「なんか……揺れてねぇか?」

 ゼルフィユの言葉を皮切りに、小刻みにカタカタと壁は震え、削られた砂利や粉塵が地面へと零れ始めた。

 ――まさか洞窟が崩れようとしているのか? 

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