三章 【日没】

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 国境警備軍霧厳山脈駐屯地、大会議室。四つの長机は部屋の中央に空間を作るように配置され、同じく配置された椅子には十五人ほどが座っている。窓は扉の正面の壁に大きな窓が一つしかなく、その窓側の椅子には金髪の女性と青い短髪の男性が座っていた。

 アルドレド・イントゥガンル将軍補佐官は、未曽有のこの事態についての対策会議の進行を任されていた。

 この国の美女の特徴の一つである金髪を肩のあたりで一つにまとめ、白い肌や海のような青い瞳が特徴的である。だが腰のところには、それらに似つかわしくない長剣が携えられていた。

 彼女は女性にして将軍補佐官という地位が示す通り、一般の兵士の中でも特に秀でた兵士であった。

 とはいえその若さから、まともな実戦経験はほとんどない。故に先程から、心臓の鼓動が自らの胸を強く叩くのを止めさせられずにいた。

 だが実戦経験がない者は彼女だけではなく、どころかこの警備軍を組織する兵士の大部分が、実戦投入されたことがない兵士ばかりだった。

 これはエルハイム王国に存在する軍全てに言えることである。

 あまりに彼らは平和を享受しすぎたのだ。

 実戦という実戦もほとんどなく、ぬるま湯のような時代を、この十五年の歳月を過ごしてきた。

 十五年前の記憶はどの兵士の脳からも薄れていたのだ。あの屈辱の敗走を。

 赤黒い血。

 錆びた鉄の匂い。

 そして忍び寄る、凍えるような死の息吹。

「アル!」

 同じく将軍補佐官の任についており、会議進行の相方でもあるクリスに肩を掴まれ、そのまま揺らされる。

 少し呆けていたようだ。重大な会議であるのになんという失態だろう。

 アルドレドは生真面目な女性である。自分の頬を軽く叩き、気合を入れ直して会議を再開する。

「失礼。えーと、ピースベイク将軍が現在ディムとライド、それと数人の護衛を伴って霧厳山脈へと向かっていることは先程も申し上げました。彼らほどの腕ならば心配はいらないでしょう。それでは私たちが今すべきこと、準備すべきことは何か」

「本当に将軍が自ら行ってしまわれるとは……止めることはできなかったのですか?」

 クリスの部下の一人が、おずおずと手を挙げた。

 自分でも答えは分かっている顔をしているが、それでも聞いておきたかったのであろう。

 この駐屯地における最大権力者であり、エルハイム上層部からも絶対の信頼を得る将軍、ピースベイクのあまりに迅速すぎる行動。

 霧厳山脈の異常が分かった途端、彼はすぐさま少数精鋭で霧厳山脈へと向かった。

 補佐官であるアルドレドたちには、「行ってくる」の一言を残しただけで、他の状況説明もなく霧に閉ざされた荒野を駆けて行ったのだ。

「ばか、分かりきってるだろそんなこと。あいつは無駄を嫌う。自分の目で状況を確かめないではいられないしな」

 クリスが部下の疑問を軽く笑い飛ばす。

 理屈では分からないだろうが、かの将軍は理屈に縛られる器ではない。クリスの目は部下に告げていた。

 アルドレドが咳払いすると、再び会議はこれからのことについて議題が移行する。

「とりあえずこれからは夜になります。敵が既に侵攻し始めているにしても、夜に行軍を止めないことはおそらくないでしょう。一般兵までもが今の山脈の夜を進めるとは思えませんし。少数精鋭での侵攻の場合もまた心配はいらない」

「そのための将軍たちだ」

「その通り。一度出会ってしまえば、侵略者の命はないでしょう。ただ一番侵略に容易い部分を私たちが抑えているとはいえ、他のところから、例えば『屈辱の王都』を拠点にして侵攻してくる場合、私たちが動くことはありません」

「あそこはここがエルハイムの最北西に位置しているのに対して、最北東と言ってもいいようなところだしな。俺たちが移動する前に、東側の防衛軍が対処にあたる」

「現在旧王都の見張りから、特に連絡は来ていません。つまり今回は、遂に始まる侵略戦争の狼煙ですらない。山脈の異常なのか、それとも全く別の要因が存在するのかは分かりませんが、何にせよ用心深いにこしたことはありません。北の国境、即ち霧厳山脈を守ることこそ我らの存在意義。各々武器を準備し、夜が明け次第将軍の帰還を待つことなく、索敵配置に移行します。では解散」

 会議室がざわめき始め、集められた隊長格以上の兵士たちは部屋から退場する。どの顔も緊張で強張っており、いつもとは違う物々しい雰囲気に飲まれているようだ。

 やがて残されたのはアルドレドとクリスだけになった。

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