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 それは剣だった。見る限りでは一般的な剣とあまり変わった様子はない。しかしどこか謎めいた雰囲気を感じさせる。

「この剣を置いていったんだよ。エルハイム王家の紋章、それが彫られた剣をな」

「……王家の紋章ねぇ」

 ギルドルグはキョウスケから剣を受け取り、改めてその剣を観察する。

 なるほどたしかに、剣身の根元あたりには紋章らしきものが彫られていた。一本の剣と、一匹の獅子。二つは並ぶように配置され、忠誠と勇気を示している。この国の人間ならば誰もが知っている印だ。

 つまり、こんな剣を持っている依頼人ということは、王家の関係者ということだろうか。

「王家からのご命令とあらば断るわけにはいかねぇけどよ。採ってこいじゃなくて調査してこいとはどういうことだ」

「単純に真偽を確かめたいだけだろ。秘宝の噂を聞いて、他の奴が手に入れたらことだしな。あくまで可能性を潰していくとかそんなところじゃねぇのか」

 なんとなく事情は分かるが、完全には腑に落ちない。

 第一そういう役目を民間の宝狩人に任せていいものなのか。王家の息がかかったちゃんとした者に任せるのが安心なのではないか。

 胸に引っかかるような不安を感じながら、受け取った剣を握ってみる。

 いい剣だ。

 ギルドルグは心からそう思った。

 本物の剣は使い手を選ぶという話をキョウスケから聞いたことがある。だとしたら、握ってから心に染み渡るようなこの感覚がそうだというのか。まるで手と剣が再会を喜んでいるかのようだ。

「ギルドルグ、その剣持っていくか?」

「は?」

 キョウスケの申し出にギルドルグは素っ頓狂な声を出す。

 冗談で言ったのかと思ったが、彼を見つめるダークウィンドの店主の目は真剣そのものだった。これは剣として役目を果たすため、キョウスケに渡されたのではないと思っていたが。

「前も言ったよな? 俺には武器の声が聞こえる。……待ってるんだ。そいつはお前に使われるのを待ってるぜ」

 キョウスケがこんな立派な武器をタダで提供するなんてことはありえないと思っていた。

 ギルドルグは考えながら、晴れて自分のものとなった剣を見つめる。

 真っ直ぐに伸びた剣身は銀色に輝き、荘厳な雰囲気を纏っているように見える。握りの部分は使い込まれたように傷だらけだが、どこか浮世離れした刃の部分とは違い、以前の使用者の信頼が感じられるようだった。

 昔の使い手は、間違いなく名高い剣士だったのだろう。王のため、国家のために戦って、そして何らかの事情で剣を置いたのだ。

 何より、しっくりくる。理由は全く分からないが、今まで扱ってきたどの剣よりも、しっくりくる。

「いいのかよこんな貴重そうな剣を持っていって。平気で俺は使うし、お前のもとには二度と帰ってこないかもしれないぜ?」

「だから言ってるだろ、その剣がお前を望んでるんだ。第三者である俺の意思なんか関係ない。俺は剣の意思を邪魔するつもりはないし、その権利もない。その剣は今日からお前のものだ」

 自分の意思ではなく、武器の意思こそ優先されるべきだ。

 ダークウィンドの首領、キョウスケとはそういう男で、特異な考えを持っている男だ。それゆえ、武器に関しては誰よりも信頼がおける。

 そんなキョウスケがこう言っているのだ。使わない理由はないだろう。 

「前金もたんまりもらったし……すまん忘れてくれ」

「無茶言うなこの野郎! テメェまた金目当てで依頼受けやがったな!」

 キョウスケは武器屋の経営、ギルドの首領、そしてもう一つ武器の製造をも行っていて、幅広い分野に顔が利く。時系列で言えば武器製造人から経営を始め、最後にこのギルドを創り上げたらしい。

 店の中に所狭しと並ぶ剣や弓矢、さらには使い方のよく分からない武器の半分以上は彼の創作であり、この国の軍にも武器を提供するほどの有名人だ。

 何より武器に対する執着はすさまじく、どんな客が相手であろうとも武器が認めない限り売ることは一切ないという、ギルドルグ曰く『偏執的武器博愛主義』を掲げる男であった。

 そして紛れもなく守銭奴だ。物事の優先順位は、武器、金ときてようやく自分の命が来るような男だった。

 ちなみに、ギルドルグの優先順位は今日の夕飯の次くらいだと、以前ギルドルグは本人から言われたことがある。

 念のため一発お見舞いしたことは言うまでもない。

「剣はありがたく頂くが、お前いい加減にアホアホな優先順位をだな……」

「ギル、とりあえず私たちは霧厳山脈へ向かえばいいのかしら」

 二人だけで話を続けていたせいか、完全に帳の外だったユウがじれったそうに話に割り込んできた。話自体は聞いていたらしいが、確かに依頼の経緯なんてどうでもいい話だろう。

 そうだとギルドルグは返事をし、気持ちを切り替える。

「それじゃあ朝飯を出してくれよ。準備をして、昼過ぎには霧厳山脈へ出発する」

「了解だ。それとユウちゃんとか言ったか? お嬢ちゃん」

 いきなりキョウスケはユウに何かを投げつける。ユウは動じることなくそれを受け取った。

 それは、またも剣であった。しかし今度は最近見た記憶がある剣。

 昨日ユウが眺めていた、『月影』だった。

「これを私にどうしてほしいの?」

「使ってみてくれ。餞別として受け取ってくれよ」

 またも他人にタダで剣を譲ろうとしているキョウスケ。その姿にやはり、ギルドルグは疑念を持つ。

 単純に先ほどのように、剣が認めた相手――というわけなのだろうか。いつも通りキョウスケはへらへら笑っているが、その笑顔からは、何の考えも読み取れない。

 しかし、別に剣が害をなすわけではないだろう。名刀が自分のもとを離れたがっているのが悔しいとか、そんな単純な理由ではないか。

 ギルドルグは無理矢理納得すると、受け取った剣を自分の足元に置いた。

「レブセレムは北部終点駅だし、レブセレムに一度寄ってもいいかもしれないわね」

「なんだ結局レブセレムに戻るのかよ? またじいさんに会っていくか?」

「昨日の今日でまた会うのはちょっとな……」

 ギルドルグたちは朝食をとり、それから街に出て仕事の支度を整えた。その後三人は再び、レブセレムの街へと向かう。

 ただ昨日と違って家には戻らない。預言者に会うこともない。慣れ親しんだであろうあの街の人々に、二人が会うことはしばらくない。

 目的地は呪われた山々。忌まわしき、北の軍事帝国オスゲルニアとの国境線。魔物の巣窟とも噂される。

 霧厳山脈である。

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