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「さて、君たちにはこれから旅をしてもらうことになる。まぁあまり気負いはするな、この国が滅んでいくのを防ぐなんぞ、君たちだけには出来るわけがない」

「っておいおいおいちょっと待て。誰が旅するって? だから俺にそんなことは背負えないって」

「えっ」

「えっ」

「えっじゃねぇよ。こえぇよ。了承済みと見做して話を進めるなって」

 家に入った途端、今後の旅路についての話が始まったが、ギルドルグは全力で話の腰を折りに行く。

 ユウと預言者が二人揃って疑問符を頭に浮かべてギルドルグを見てくる。

「話を当然の如く進めてて焦ったぜ。何度も言うが、俺にそんな主には背負えねぇ。別の奴――こんな一般人じゃない奴をあたってくれよ。こんな新手の押し売りみたいなことしなくとも、話に乗ってくる奴はいるだろ」

「一回だけでいいのよ? 最初の一回だけお試しで使ってくれれば、あとはこっちで色々やるから」

「新手の押し売りじゃねぇか」

 ユウが一緒についてこようとしてくる理由は変人だからと説明はつくが、預言者までもが自分を巻き込もうとするのはどういった理由なのか。

 ギルドルグの頭に、『自分が評価されているから』という発想は微塵もない。

 それは彼の人生において経験してきたからだ。

 勝手に期待されて。勝手に比べられて。勝手に落胆される。

 もうたくさんなのだ。

「それでもギルドルグ君。わしは君に頼みたいのだよ」

 預言者は頼んでくる。ギルドルグから視線をそらさず、真っすぐに目を向けてくる。

 ギルドルグの本質に、目を向けてくる。

「過去は関係ない。あくまでも預言者として、今日ここで出会えた運命に感謝し、一般人である君にお願いしたいだけだ」

「それは、英雄の息子だからかい」

「あくまでもそれは付随的な情報だよ。わしは預言しているのだ。君と、ユウちゃんと、ゼルフィユ君の旅路がよきものになると」 

 目の前の預言者が言っていることは、全部が全部真実であるとは思えない。

 しかしギルドルグは預言者の言葉のうち、半分は本心であると考えた。

 この国を守ってくれという、このエルハイムの元軍人としての意思と、二人の関係者としての親切心。いや、親心か。

 前者の考えはもちろん理解できる。

 この国の滅びなんていう重大な事象は、しがない一般人であるギルドルグ達には手に余りすぎる。それこそ昔の知り合いでもなんでも使って、軍や王国上層部とメルカイズ自身が連携を取ればいいだけの話なのだ。

 それをしない理由、否、できない理由はたった一つ。

 預言が絶対とはいえ、滅びが間近に迫っていること、どんな形で滅びるのかなどということは確信が持てないからだ。

 であれば後者はどうか。今日初めてあった男に、関係が深いであろう二人を任せるのか。

 これに関しては真意は分からない。

 しいて言うならば、このメルカイズ・サンチェンパーという老翁は、父親をよく知っていたということくらいだろうか。

 で、あれば。

 観念したかのように、ギルドルグは目を瞑ってメルカイズに答える。

「まぁ、商売仲間が増えるくらいなら別に問題ねぇか。何かあったらすぐに追い返すけど」

「そうか。だが心配するなギルドルグ君よ。君は、大いなる流れに身を任せていればいい」

「だからちゃんと聞けって俺の話」

「君の意思とは無関係なところで、定められた運命は動いていく。歯車が狂っているならば、しばらくはそのまま身を任せることじゃ。違和感に気付いた者が、最悪のタイミングには間に合うように、歯車を勝手に直してくれるじゃろう」

 そういう者が、英雄と呼ばれるのさ。メルカイズは小さく付け足した。

 狂った歯車を正す者、それこそが英雄か。

 それならば、父は一体どんな歯車を正したというのだろう。死を遂げ救国の英雄となった父は一体、どんな運命を変えたというのだろう。

「大いなる流れ、ねぇ」

 預言者らしい言葉だと、ギルドルグは感じた。

 大いなる流れ。すなわち運命。意思とは無関係に、ということにやや不安を覚えるが。

 そういうものなのだろう。

「とりあえず俺は一旦ノーランドの街まで仕事に戻るつもりだが。別にそれは絶対だめだってことはねぇよな? あくまで宝狩人の仕事が最優先なわけだし」

「構わん、というよりも道は全て君たちで決めるのじゃ。わしもどこへ向かえばいいのかは分からん。正解が分からんのだからなぁ」

 メルカイズは三人の顔を一人ずつ見ていく。

 焼き付けるように。ここで出会ったことを、自らの脳裏に刻むように。

「言ったじゃろう、流れに身を任せよと。今は流れを見つける時。運命の針を見つける時。頼んだよ、若人よ」

 預言者は頷き、晴れやかな笑顔を見せた。

 先ほどの微笑みとは違って、心からの笑みのように感じられる。全く根拠はない。だが、悪くない。

 それは認められたように、英雄の息子という肩書を認められたように思った。この国を頼むぞ、と。そういった預言者の意思を受け取ったように思った。

「じゃあとりあえずお前らの家に戻って支度をするか。レブセレムに帰ることがあるかもわからんし」

「そうね。ではメルカイズさん、今まで本当にありがとう。貴方には本当に、感謝してもしきれないわ」

「じーさん、今まで世話になった。楽しかったぜ。達者でな」

 三人は座っていた椅子から立ち上がり、家の扉へと向かう。メルカイズも頷き、扉へと歩き始めた。

 二人はしつこいくらいに、メルカイズへの感謝の言葉を述べる。

 今までレブセレムで過ごしていた時間は相当長いのだろうか。今生の別れというわけでもあるまいしと、ギルドルグはやや不思議がる。

 やはり、何か事情があってこの三人は出会ったのだ。

 ただそれがどういった出会いで、どういった意味を持つかは、今のギルドルグには見当もつかなかった。

「何かあったら自分の命を優先しなさい。無理して何かをする必要はない。ギルドルグ君、君もじゃよ」

「わかってるって」

 メルカイズは家の外まで見送りに来てくれた。意外に優しいというか、なんというか。

 忠告をいくつかされたが、ギルドルグからしたら基本中の基本を言っているだけだった。ユウもゼルフィユも少し受け流しているような気もするし、単純にこの老人は仲良しの二人と別れるのが悲しいだけなのかもしれない。

 しっかりとした姿勢で立っている姿は年齢を感じさせないが、少し人間味も感じられた。

 そして最後にと、メルカイズは忠告を締めにかかる。


「足りないのは、あと一歩じゃよ」


 ――どういうことだ?

 ギルドルグは間の抜けた表情でメルカイズを見たが、メルカイズは手を軽く振ると家の中に戻っていった。

 忠告というか、旅の心得のようなものを聞かされ続けた最後にこれである。

 やけに漠然とした助言だ。なんのことなのか、どういう意味なのか――今のギルドルグには、検討もつかなかった。

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