二章 【預言】
1
目の前の老翁から発せられた、自分たちには身の余る規模の預言。
ゼルフィユの口から、お茶が一筋流れ出した。
「この国の滅びって……またオスゲルニアが攻めてくるとかそのあたりか? おいおい随分規模がデカくなってねぇか?」
「言っただろう、時期は分からんのだ。ただこれが物事の終わりである以上は、未来に起きることは確実であるのう」
ギルドルグは訝しげに預言者に問うが、メルカイズからハッキリした返答は得られない。
――まぁ、薄々心の中で思ってはいたけどな。と、彼は心の中でぼやく。
この国を覆っている異常な寒気。オスゲルニアとの小競り合い。西方の新興国家の不穏な動きに加え、東方ネヴィアゲートではまさに戦国時代の最中という噂を聞く。
つまりこの国が滅びるだけの外的要因は揃いつつあるのだ。
この国の人々は皆感じているはずだ。王国歴千年の今年、何かが起こるのではないかという漠然とした不安を。微睡のようにゆるゆると、滅びという深い谷底へと落ちていくような感覚を。
「とはいえじーさん、今じーさんが言った通り物事の終わりなんだから俺たちの生きているうちは来ないなんてこともあり得るだろうが。別にそこまで危惧する必要はねぇんじゃねぇか?」
「確かにその可能性もある。しかし最近の状況を考慮するに、近い内に起こってしまうこともまた、想定しておかなくてはなるまい」
「そうね。だけどメルカイズさん、それを私たちに聞かせてどうするつもり? まさかとは思うけど、私たちにそれを防げとでも言うつもりなのかしら」
「よくわかったねユウちゃん。その通りじゃよ」
今度はギルドルグがコップにお茶を思い切り噴出した。気管にお茶が入ったか、盛大にむせてしまい、思いっきりゼルフィユに睨まれる。
お前もさっき少し零してたろ。ちょっとばかり大目に見ろよ。
という反論はおくびにも出さない。というかそんなことを言っている場合ではない。ユウに至っては何を言われたか理解できていないのか、顔に全く変化がない。
そしてギルドルグは、理解の範疇を超えることを言い放った老人に言う。
「じーさんそれはちょっと勘弁してくれ……なにせ俺は仕事を持つ身だ。一介の宝狩人でしかない俺にそんな大役を任すのはやめてくれよ。他の暇人二人はいざ知らず、仕事のある俺にそんなたいそうな仕事を押し付けるのはいけねぇ」
「誰が暇人だコラ」
ゼルフィユがこちらに睨みを効かせてくるものの、あいにくそちらを相手している余裕はない。
大体ギルドルグとメルカイズは完全な初対面。この老人はそんな関係でしかないのに、確信を持った預言を教え、挙句の果てにはそれを防げと言っているのだ。馬鹿馬鹿しいことこの上ない。
知り合いに腕のたつ者が一人二人はいるだろうに。何故わざわざ俺たちのような素人を呼んでそんなことを任せようとするのか。
と考えるギルドルグだが、メルカイズはそれを察したかのように口を開いた。
「一介の宝狩人か。確かに君自身はそうじゃろうて。ただ君に流れる血は……果たしてなんと言っておるのかのう」
「……はぁ?」
「知っておるともギルドルグ君。わしは君を知っている。この国を救った『英雄』の息子よ」
この国の最上軍師であったわしが知らんはずなかろう、とメルカイズは言葉を紡ぐ。やはり気付かれたかと、ギルドルグは心の中で呟いた。
ユウとゼルフィユはなんのことだかわからないらしく、ただ預言者の方を見るばかりだ。世間知らずな奴らである。
姓の方まで名乗る必要はなかった――というか、名刺を渡すべきでなかったな。
ただ今までも、『英雄の息子』という肩書は何度も人から言われてきたものだ。その事実が彼自身の道を縛り、人生そのものを大きく歪ませてしまっている。
「誇り高いじゃろうギルドルグ君。自分は救国の英雄の血を引いた戦士なのだから。選ばれし者というわけじゃなぁ」
ギルドルグは少々閉口した。
どうやら、預言者であろうと、元最上軍師であろうと、人の心までは分からないようだ。
それを踏まえての軽い挑発、ということなのかもしれないが。
「英雄なのは親父自身であって、俺にとっては関係がないことだ。親父が戦争で活躍し、死を遂げ、そういう経緯で英雄として祀り上げられた。それだけのことさ」
「ところが、他の人はそうは思うまいよ」
確信めいた口調だった。ギルドルグはややたじろぐ。
甘い予想を打ち消すように。若造に現実を叩きこむがごとく。そして、ギルドルグが心の中で思っていたことを代弁するような台詞だ。
「『英雄の息子』ならばそれらしく行動を起こせと誰もが言うじゃろう。君も本当は思っているはず。『俺が行動を起こすべきだ』とな。君のお父上は勇敢な戦士であった。父上が守ったこの国を、君は守りたいんじゃないのかね」
『英雄志望』。メルカイズは目の前にいるギルドルグを、そう形容した。
しかし夢見てもその夢が叶うわけではない。『預言』などという、とんでもない力を持っているメルカイズには分からないかもしれないが。
ギルドルグは内心、心が冷え切っていくのを感じた。
偉大なる父親がいるからといって、息子も同じことが出来るはずがない。
それを理解していない人間が、この世になんと多いことか。
カエルの子はカエルというが。
英雄の子は英雄ではないのだ。
「たしかに親父は偉大だったかもしれねぇ。だが、俺と親父は違う。親父を知っていたなら猶更申し訳ないが、期待には応えられねぇ」
「そうか。で、出立は早い方がいい。思い立ったが吉日とも言うしな」
「聞けよ人の話」
完全に断る流れだったろ!
面倒ごとをこれ以上俺に押し付けるんじゃねぇ!
ギルドルグは声なき叫びをあげるも、当然メルカイズには届かない。というより気付いているかもしれないが、無視しているのだろう。
完全に預言者、メルカイズのペースで話が進もうとしていた。
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