【夏企画】夏っぽい作品集

桃山ほんま

SS「エビフライでタイを釣る」

 午後十八時、男が駆け足で帰宅した。

 靴を蹴り飛ばすように脱ぎ、躓いてこけそうになりながらも、息を切らしてリビングに飛んだ。


「フレンディ! エビフライってなんだ!?」


 開口一番、そう叫んだ。

 すると、それに反応するように暗かったリビングに控えめな照明が付き、どこからか女性の声が響く。


「お帰りなさい、旦那様。帰宅予定時刻より一時間も遅いお帰りです。地区ニュースサイトでは、不審者の目撃情報はゼロ件です。警察の公式サイトでの注意喚起もありません。よい、一日でしたか?」


 いつもの帰宅時ルーティンを遂行する女性AI――家庭管理用AI《フレンディ》――の声に、男は落ち着きを取り戻し、壁のディスプレイを操作して着替えの服を用意する。

 自分の収納クローゼット内リストから軽そうな服を選びながら、フレンディにもう一度質問をぶつける。


「ありがとう、フレンディ。ところで、エビフライってなんだ?」


「検索します。エビフライとは、カツ料理の一種で日本発祥の洋食と言われています。エビという食材に、卵と小麦粉を水で溶いたものを付け、多量の油で揚げた料理です。質問があるのですが、何故エビフライを知りたくなったのですか?」


 壁の一部が飛び出して、そこには先程男が選んだ服がかかっている。

 それに着替えながら、フレンディの疑問に恥ずかしそうに身をよじる。


「実は、娘に誕生日に食べたいってせがまれてね。けど、聞いた事も見た事もないから、どうしようかと思ったんだ。それもそうだよな、エビなんて絶滅して何年だって話だよ」


「エビの絶滅が確認されてから、もう十年経ちます。現在、エビフライを提供する店はゼロ件です」


 フレンディが質問を先読みして、検索した食べられる場所の情報を伝える。

 着替え終えた男がフレンディに洗濯を頼み、コンピュータを起動する。


「やっぱり娘の頼みだからね、叶えてあげたいんだ。フレンディ、どうにか方法はないかな?」


 コンピュータの画面に、フレンディが収集したエビフライ関係のデータが羅列されていく。

 かつてのエビフライを作るレシピやエビフライの画像、エビフライのおもちゃもあったらしい。


「人気の料理だったんだな」


「そもそも、娘さんはどのようにしてエビフライを知ったのですか?」


「国営の教育番組だよ。昔の料理特集をやってたらしくて、それこそ、この画像みたいなエビフライを見て食べたくなったんだってさ」


「成る程。平行で検討していましたが、方法はいくつかあります」


「本当か!?」


「はい。こちらをご覧ください」


 コンピュータに大量の虫の画像が映し出された。

 生理的嫌悪感に襲われ、男は思わず、ぞわぞわとした身体をさする。


「おい、急にこういうジョークは止めてくれ……」


「ジョークではありません、私はユーモアを解しません。これらの昆虫とエビの構成成分はかなり似通っています。これらでエビフライを作れば、味は酷似するかと思います」


「昆虫食は普通すぎるよ。誕生日には特別な物を食べさせたい」


「そういうものですか」


「そういうものなの。でも、エビの再現は悪くないな。他に再現できる食材は?」


「エビ料理には代替法もあるようですが、エビフライに限ってはありません」


「うーん、エビの再現は無理か……」


 男は椅子に体重を預ける。

 少しの間、天井を見上げていると、ふと一つの可能性が浮かんだ。


「なあ、ホントにエビって絶滅してるのか?」


「どういう意味でしょうか?」


「あれだよ、最近出来たあの施設……なんだっけ、さ、再――」


「絶滅動植物再生センターでしょうか」


「それだ! そこで、エビが再生されてるって事はないかな?」


 すると、フレンディがコンピュータの画面に絶滅動物再生センターの公式サイトを映し出した。

 その公式サイトをスクロールして流し見していると、フレンディが補足を話してくれる。


「サイト上で公開されている動植物にエビは含まれていません。また、エビと同じ甲殻類に分類される動物も同じです」


「んー……」


 フレンディにはそう言われたが、愛する娘のために諦めきれない男は少しでも情報がないかと、ネットの情報を漁る。

 そして、男の視線がとある記事で止まった。


「秘匿再生?」


 そのサイトは、いわゆる陰謀論的な内容の記事をまとめたもので、根も葉もない噂話ばかりが目立つ。

 その中に、例の施設に関する記事があって、その見出しには「秘匿再生」と書かれていた。


「……フレンディ、この記事を要約して読み上げてくれ」


「わかりました。絶滅動植物再生センターに関する陰謀論記事です。不健全で根拠不明ですが、よろしいでしょうか?」


「大丈夫、風呂に入るから、そこで頼む」


 ゆったりと湯舟に浸かりながら、フレンディの朗読を聞く。


「再生センターの公式サイトで発表されているリスト以外に、実は再生されている動植物がある。それは秘匿再生と呼ばれて、世間に発表される事はない。秘匿再生された動植物たちは国際政治における弱みとなりかねない物ばかりで、今の社会が崩壊しかねない云々」


「……なんか、とんでもないな」


「情報強度、安全性、共に低いです」


「……」


 少し考えて、男はフレンディに指示出す。


「フレンディ、秘匿再生のリストがネットにないか検索してくれ。検索制限を限定解除、深度Ⅱまで許可する」


「承認、受諾しました。…………検索終了。結果はゼロ件です」


「これ以上は……。いや、いい。深度Ⅲ、いやⅣまで許可する」


「再度、検索。……………検索終了。結果は1件です」


 風呂を上がり、着替え終えた男がまたコンピュータの前に座る。


「さっきの検索結果を出して」


「どうぞ」


「……」


 ダークネットの危険領域から引き出してきたデータを確認する。

 そこには、確かに秘匿再生された動植物のリストが上がっていた。

 そして、ずっと求めていたエビの情報があった。


「再生センター、第Ⅲセクター……。フレンディ、施設の構造がわかる地図と侵入経路を作ってくれ」


「それは政府施設への不法侵入です。罪に問われます」


「大丈夫さ。秘匿再生を本当にやっているなら、表沙汰にはできない。それに一匹、エビが居なくなっても構いやしないよ」


 そういって、男は仕事用の潜入服を着て出かけた。



 数時間後、男がエビを一尾持って帰ってきた。

 かなり疲れた様子で、潜入服を脱がずにリビングの椅子に座った。


「あー……久々に、アクション映画ばりのミッションだった。タレットとか政府施設に置くなよな」


「政府関係のネットワークが大騒ぎです。大変な事をしましたね」


「愛する娘のためだからな、政府だって敵に回しても怖くないよ。それに良い副産物があったよ」


「副産物? 何かあったのですか?」


「まだ秘密だ。フレンディ、独立空間を作って秘匿再生関係のデータを保存。そこに後でデータを追加するから保存領域は余裕を持って」


「わかりました」


 フレンディの気遣いでテーブルに冷えた水が出てきた。

 それで喉を潤し、男は着替えるために壁のディスプレイに近付く。


「それと、最優先事項で頼みたい事がある」


「なんでしょう?」


「エビフライのレシピと材料の通販を頼む」



 誕生日の主役である娘が華やかな部屋の装飾に興奮している。

 それを見て幸せな気持ちになりながら、エビフライのレシピを再確認する。

 油が飛んでも大丈夫なように工業用マスクを手に、慎重に衣をつけたエビを油に投下する。すると、パチパチと弾ける音がして、それに気づいた娘が好奇心満開の顔でキッチンにやってきた。

 無邪気な娘の相手をしながら、エビフライが焦げないように注意するという人生初の高難易度ミッションに四苦八苦する。

 そんな騒ぎの裏で、テレビではニュースが報道されていた。

 政府がアレルギーや毒性のある生物を独占し、兵器転用しようと研究していたデータが公表されたと話題になっていた。

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