第7話 大切なのは衣食住。
学校に遅刻するから!と急いで去っていった一花さんと友咲さんの背中を見送った僕は、朝の静かな住宅街に残された。
昨日一花さんに教えて貰ったパン屋さんで貰ったパンの耳は、昨日のうちに食べ切ってしまった。だけど素直な僕のお腹が空腹を訴えてぐぅ…と鳴った。
覚えたばかりのパン屋さんまでの道をてくてく歩く。見えてきたパン屋さんはまだ開いていなかった。つまり、パンの耳は貰えない。
ずっとお店の前で待っているのも気が引けて、パン屋さんからあまり離れていない場所を散策してみる。
人間の住む家はコロポックルが住む家と違って、大きく豪華なものばかりだ。あの建物の中はどうなっているんだろう?
コロポックルの家はとても簡素な作りが多い。最近では、人間と同じように大きな家を建てるコロポックルもいるようだと聞いたことがあるけど、残念ながら僕の知り合いにはそんなコロポックルはいなかった。
僕らコロポックルは、ご飯を作る場所と食べる場所、寝る場所があれば立派な家だとみなされる。コロポックルによっては、ご飯を作る場所が家の中ではなく外にあるコロポックルもいるからだ。
因みに、お風呂は雨が降った時に済ませるコロポックルが多い。
色々な屋根の形や色をした家々を観察しながら歩いていると、複数の視線が僕に向けられているのに気付いた。
「おはようございます!」
1日の始まりは元気な挨拶からと、子どもの頃から教えられて育った僕は、向けられていた視線の持ち主たちに向かって大きな声で挨拶をした。普通ならここで「おはよう」と返ってくるはずなのに、返答はなく皆そそくさと気まずそうな顔をして去っていく。
取り残された形になった僕は、ポリポリと頭を搔く。同時にまた素直過ぎるお腹が空腹を訴えて鳴った。
(パン屋さんまだ開いてないみないないんだよなぁ…困ったな、どうしよう?)
土地勘のない場所でお金もない。パン屋さん以外にどこにどんなお店があるのかも分からない。北海道では時給自足の生活をしていたから、自分で作った作物を調理して食べていた。お店に売っているようなものが必要な時は、会社というところで働いている知り合いのコロポックルに品代に見合った分の作物を渡していた。
一緒に会社で働かないか?と誘われたこともあったけど、僕自身は農作業が好きだった。人間が会社でどんなことをしているのか興味はあったけど、仲間のコロポックルの話を聞くに、会社で働く事より時給自足の方が僕には向いていそうな気がした。
畑で好きな野菜を作り、蓮から採れる蜂蜜を使い料理をする。
誰に言われるでもなく、目が覚めた時間に起きその日やりたいことをして眠たくなったら眠る。悠々自適なスローライフは、この世で1番の贅沢だと思っている。
ぐるりと住宅街を見渡してみる。視界に入る場所は、人工的な自然しか見当たらない。北海道にいた時には当たり前だった土の匂いはどこにもない。何だかちょっと悲しい気持ちになってきた。
(都会に憧れて勢いでここまで来ちゃったけど、やっていけるのかなぁ…)
お腹が減っている事もあって、思考は悲しい方向にどんどん落ちていく。旅に出る事を引き止めた仲間の顔が浮かんでは消えて、余計に寂しい気持ちを大きくした。都会に出てみたいと振り切って来たのは僕だけど、もっと強く引き止められていたら北海道から出る事はなかったかもしれない。見当違いと分かっていても、ちゃんと引き止めてくれなかった仲間が恨めしい。
視界の端で昨日のパン屋さんのおじさんが、お店を開けているのが見えた。現金な僕のお腹はお店が開くのをみるや否や、再び空腹を訴えて盛大な音を鳴らした。
腹が減っては何とやら。まずはお腹を満たして心を満たすことから始めよう。イジイジしているのは僕らしくない!
気持ちを切り替えると僕はパン屋さんに走って行った。パン屋のおじさんは昨日と同じ様に嫌な顔をせず「おはよう、焼き立てがあるよ」と店の中へ入れてくれる。お店の中は焼き上がったばかりの色々なパンのいい匂いが漂っていて、僕のお腹は今まで以上に大きく鳴いた。あまりの音の大きさに恥ずかしくなったけど、パン屋のおじさんはニコニコと笑顔を浮かべながら、イートインコーナーに幾つかのパンを乗せたプレートを持って来てくれた。てっきりパンの耳を持ってくると思っていた僕は、パン屋のおじさんの顔を穴が開くほど見つめてしまった。
おじさんは「コーヒーは好き?」と聞くと、僕の返答を待たず奥に入っていった。目の前に置かれたプレートに並ぶ美味しそうなパンの数々…でも、これは本当に僕が貰ってしまっていいものなんだろうか?
迷っているとふわりとコーヒーの良い香りが鼻を擽ぐる。おじさんがコーヒーを手に「あれ?コロポックルってパンの耳しか食べない…とか?」と不思議そうな顔をした。僕はブンブンと音が聞こえそうなほど首を振ると、遠慮がちに置かれたパンを手に取った。
まだほんのりと温かいパンから甘い香りがする。一口頬張ると小麦の良い香りが鼻を通って、中のクリームの程よい甘さが広がった。
(美味しい…!!)
次々と手に取って口に詰め込んでいく。コーヒーを傍らに置いたおじさんは「焦って食べなくても大丈夫だよ」と笑いながら、パンを平らげてく僕を見ていた。
「ご馳走様でした!」
すっかりお腹が満たされた僕は、満面の笑顔で手を合わせる。さっきまでのウジウジした僕は何処へやら…僕は「すっごく美味しかったです」とおじさんに笑顔を向けた。おじさんは時々買い物に来たお客さんの対応をして、お客さんが帰るとパンを食べる僕をずっと笑顔で眺めるということを繰り返していた。
「で、昨日の今日だけど住むところは見つかったの?」
おじさんの言葉に項垂れる僕。食べるものだってここを頼ってしまったくらいだし、生活のための衣食住は全然前進していない。
僕の姿を見ておじさんが優しく声を掛けてくれた。
「僕のところのパンで良ければ、しばらくの間は食べ物に関してはここにくるといいよ」
お店に並べるには形が悪いものをあげるだけだけどね、と秘密を打ち明けるようなイタズラ顔でおじさんは笑った。
(何て素敵な人なんだろう…!)
おじさんの優しさと笑顔に背中を押される形で、僕は絶対にここで頑張ると心に決めた。
しばらくの間の食は確保出来たので、残りは衣と住だけだ。着替えが少しリュックに入っているから、取り急ぎ住む場所を確保しなければいけない。
「頑張りますっ!!」
僕は笑顔のおじさんに拳を突き出して見せた。
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