第33話 要件
ハインリッヒは深い後悔をしていた。早いうちにキャサリンに対する処遇を変えていたら今日のような国家的災難は防げたはずだった。
キャサリンに全く婚約者としての情愛をヴィルヘルムが持っていなかったのは知っていたし、多くの貴族も同様だと理解していた。このまま結婚できる年齢まで経過したとしても真面な結婚は無理なのは明らかだった。その事実を把握した帝国によってトリニティ王国の国王に即位させよという意向が伝えられたのは一か月前のことだった。意向とはいえこの王国に拒否する力もなければ理由もなかった。
国王の秘密裡の指示によってキャサリンの処遇に関する折衝が関係国と行われ、妥結したのは建国記念祭の晩のことだった。その時定められたのはキャサリンとヴィルヘルムとの婚約解消と損失に対する補償に対するものだった。だから、ヴィルヘルムが婚約破棄していなくても婚約はなかったことになるはずだった。
しかしヴィルヘルムはホルストという野心家にそそのかれ、キャサリンを殺そうとしてしまった。しかも国王を殺害しようとしたとされた。もう最初の条件は実行できなくなっていた。そのため、王国にとって著しく不利な条件でキャサリンを送り出さなければならなくなった。またフラマン王国を滅亡することとなった。
「ハインリッヒ様、いや宰相閣下。どうして此処に連れてきたのですか」
今の立場を少なくともヴィルヘルムよりも理解しているジェーンは聞かないわけにはいかなかった。ここに連れてくるのは何か意図があるんだと。叔父たちがあの世に送られたというのに、自分だけが命が助かるはずはないから。
「ジェーン嬢、君は女性が死刑を猶予される要件を知っているか?」
「いいえ、それがなにか?」
ハインリッヒはそういって彼女のお腹を指さした。
「妊娠していることさ。まさに今の君さ! 本来ならヴァイス伯らと一緒に処刑しなければならなかったが、出来なかったのさ。それと君の彼もな!」
そういうとハインリッヒは鞭を取り出した。
「それは?」
「この鞭で私は君の叔父、ヴァイス伯を殺した! いわば君からすれば仇ということだ。でも、私は処刑されない。理不尽だと思わないか?」
「いえ・・・」
ジェーンはハインリッヒが何を言いたいのか分からなかった。処刑できなかったのは妊娠しているといったり、自らの手で叔父を殺したといったり。それに何故ここに連れて来たのか見当つかなかった。
「勝てば官軍、負ければ賊軍。というだろ。もし君の叔父たちがこの王国の支配を固めていれば、今頃私は処刑されバラバラにされていただろう。でも、そうなっても結局は目の前のような光景になるしかなかったのさ。帝国軍によって」
その時、強い風が吹き、目の前のヴァイス城の廃墟が崩れていった。そして土埃がぱっと上がっていった。
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