第32話 策謀
ジェーンは恋というものが良くわからない少女だった。貴族の娘として生まれたので、将来は政略結婚でどこかの貴族階級に嫁ぐ運命だったので、そんなのは無駄な考えだと思っていた。
当時のフラマン王国では娘は10歳前後で将来の嫁ぎ先を決めるならわしであったが、ジェーンの場合は決まることはなかった。全ては大人の事情だった。具体的にいえばフォレスタル家に相応しい嫁ぎ先が同世代になかったこともあるが、叔父のヴァイス伯が国王の一人息子の婚約者にしようと奔走していたので、敬遠したのが真相だった。
しかし、結果として国王の一人息子の婚約者は隣国の王女と決定した。それでもなおヴァイス伯はあきらめなかった。最初のうちは有形無形の嫌がらせで王宮にいる婚約者キャサリンを追い出そうとしたが、それが出来ないと分かると自分の派閥に属する貴族や官吏を扇動しキャサリンは婚約者として相応しくないなどという評判を流布した。結果、キャサリンは孤立化したが婚約者の地位は変わることはなかった。
婚約者の地位が変わらない事に、業を煮やしたヴァイス伯は今度はジェーンにヴィルヘルムを虜にするようにと命じた。フラマン王国内で最有力な貴族家であるヴァイス家にとって王家と強く結びつくのは悲願であった。だから、国王の弟二人を事実上国外に追放したし、キャサリンを孤立させた。しかし、それでも将来の王妃への道は開かなかった。だから、強硬で危険度の高い最終手段に出たわけだ。
真実の愛というものに憧れているヴィルヘルムを落とすのはたやすかった。年頃の少年が自分が理想だと思う少女が目の前に現れたら必ず虜になるからだ。彼にとってキャサリンは美しくても自分よりも頭が良く、王族らしい振る舞いはかえって冷たい印象を持っていた。
対するジェーンは程よく可愛らしい容姿をしているし、甘えさせてくれる少女だった。しかも年頃の少年が思うだろう異性への興味を答えてくれたのだ。最初は髪の毛や唇だけを求めていたが、最後にはその心と身体さえも受け入れてくれた。本当に男の側からすれば都合がよかった。まさに真実の愛の相手は彼女だと疑わなくなっていた。
しかしジェーンは心の中で強く戸惑っていた。本当はこれでいいのだろうかと。婚約者がいる相手を誘惑していることに罪悪感を持っていた。叔父の言われるがままヴィルヘルムの愛人になったことに。
真実の愛の意味が理解できていないジェーンは他者から奪う事が許されるとは思えなかった。むしろ、天罰が下ると恐れおののいていた。でも、ジェーンは最後の手段を叔父に言われるがまま行った。ヴィルヘルムにキャサリンと婚約破棄をして彼女を処刑するようにけしかけたのだ。
最初は躊躇していたヴィルヘルムであったが、自分やヴィルヘルムの両親を呪詛している証拠があるなどといって、承諾させたのだ。そして婚約破棄の後、自分を新たな婚約者にすると決めさせた。全てはヴァイス伯が考えた策謀であった。
しかしヴァイス伯の策謀は帝国側のスパイの耳に入ってしまった。そして帝国宰相の術中に組み込まれ全てを失った。ヴァイス伯の権勢は地上から多くの命とともに消え去り、残されたのはジェーンだけであった。彼女の命は風前の灯であった。そんな彼女の命を条件付きで助けようという男が目の前にいた。
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