第3話 呪詛

 恋愛小説であれば、平民もしくは下級貴族などの娘が王子様と恋に落ちて幸せになる、なんて素晴らしい事なんだろうで万々歳で終わる。それが良しとされるが現実はそうはいかない。現実には王子とくに王太子の結婚相手は政治的利害も絡むので政略結婚となってしまう。それを変えるという試みは危険な冒険であるはずだった。


いい


 キャサリンは「元」婚約者だったヴィルヘルムから弾劾された。それらはキャサリンの身に覚えがない事、特に呪詛なんて・・・迷信であった。そう呆れるしかなかった。それにフォレスタル公爵令嬢なんて娘に会ったのは初めてだった。ヴィルヘルムは何人もの令嬢と付き合っているという話は何度の耳に入っていたが、相手は誰なのか興味もないし気にしていなかった。




 「そこのお前! 俺は愛する彼女から聞いたんだぞ! 呪詛のためのお札があったと! これが証拠だ!」




 そういって見せられたのは呪詛の言葉が書かれていた紙きれであった。本当なら誰が見てもキャサリンの筆跡に見えない代物だった。そんなものは彼女とやらの取り巻きの誰かの捏造にしか思えなかった。でも、ここでは王太子ヴィルヘルムが信じていることが真実とされているこの場では弁明は無意味だった。キャサリンは悟った、証拠なんてどうでもいいんだと。結論は決まっていると。




 「どうだあ、ぐうの音も出ねえのか? 沈黙するって事は認めるんだな!」




 勝ち誇ったヴィルヘルムの一方でキャサリンは諦めていた。ここで弁明しても結果は変わらないと。そのときの不安といえばこの後どうなるのかということしかなかった。




 「わかりました。婚約の破棄をお受けいたします。処遇はお任せします」




 キャサリンは心に怒りを飲み込んで淑女らしさを維持しようとしていた。目の前では美人で若い男が好むような派手なドレスを纏った娘が勝ち誇った表情を彼と同じように浮かべていた。いくらなんでも非道な処遇はないと信じたい気持ちがあったキャサリンであったが、あっさりと打ち砕かれてしまった。




 「じゃあ、いいわたす。ところでお前が思っているような処遇できるわけないだろう。婚約が破棄される理由は罪人なんだからな。将来の王妃を呪い殺そうとしたんだからな! 極刑しかないだろう! 細かい事は後で決定する!」




 キャサリンは目の前が真っ黒になった。その直後、キャサリンは警備兵によって両手を縛られ連行されていった。この時、キャサリンは極刑よりも悔しい事があった。最後までヴィルヘルムが自分の名前を呼んでくれなかった事だ。十年間も王妃になるための厳しい教育を受けてきたのに、名前すら呼びかけることなく捨てられたことに。




 そのあとの建国記念祭は新たな婚約者を迎えたヴィルヘルムにとって至福な時だったに違いなかった。親が決めたよくわからない亡国の王女でなく、自分が好きになった娘と結婚できることに高揚感に満ちていた。会場に集まった者の全てから祝福された。人生最高の瞬間だと。




 でも、その時を境にヴィルヘルムが悔やんでも悔やみきれない不幸になろうとは想像すらできなかった。キャサリンを罪人扱いし殺そうとしたことで全て失うとは想像すらしていなかった。

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