王国騎士と藍色の魔王
小山シオン
プロローグ 魔王と災厄
「もうわかったでしょう。貴方達では私に勝てないのですよ、団長」
目の前の圧倒的強者を前に、彼の膝は地面とキスをしていた。わずかに微笑みを浮かべながら両手を広げ勝ち誇っている男の前で無様にうなだれているのだ。
それがプライドをいかに傷つけているかは彼にしかわからない。いや、彼にしか理解できないのだ。幾多の戦場を乗り越え国のために、仲間のために戦ってきた。そして王国騎士団長にまで上り詰めた彼にしか——。
「魔族に負けた王国騎士団団長など存在してはならんのだ!我が王国の騎士団は国を背負っておる。騎士団の上に国が成り立っているのだ。その長がまだ負けるわけには…!」
「はいはい、しつこいですよ団長。そんな団長様が餌をまいたらまんまと食いついて返り討ち、と。見苦しいですねぇ。まあわたくしの計画通りだったわけですがね」
立ち上がろうとした彼に対しカローザスは、不気味な笑みを浮かべながら彼のプライドを傷つける言葉を選んだ。
カローザスは彼のプライドをどう調理しようか、ここを刺したら崩れるだろうか、ここを治したら立ち直るだろうかと顎に手を当て様々な思慮を巡らせる。
数秒の思考の後、何かを思いついたカローザスは右手の人差し指を立て、腰をかがめた。
「そういえば団長。“魔王”、をご存じでしょうかねぇ」
「魔王、だと..? それは伝説の存在だ。なぜそんな話を」
よし食いついた、とカローザスはまた笑みを浮かべる。その様子に微塵も気づかない王国騎士団団長を眺めながら。
「“いる“と言ったら?」
「何を言ってる………。……………! まさか、お前が…! そうか、ただの魔族でなく魔王に負けたのならまだ仕方な——」
「そうですとも団長。わたくしが魔王——」
カローザスは胸に手をあて、歓喜と狂気を抑え込んでいる。用意した罠にかかった獲物を捕らえる前のお膳立ては彼にとって必要なのである。顔には出さないが、胸中では舌なめずりをしていた。
「——です!なんていうわけないでしょう!わたくしは魔王と語るのもおこがましいほどの“ただの”魔族、ただのカローザスでございます。」
その言葉は彼の最後の希望を完膚なきまで叩き潰した。魔王であると一瞬でも信じて疑わなかった相手、その力を持っていると認めた相手、王国騎士団長である自分を一方的に屈服させた相手。それが魔王ではないというのだ。彼の戦意を完全に失わせるのには十分すぎる言葉であった。
一方のカローザスは両手を広げ、その言葉の効果を感じようと彼の縮こまった体をなめまわすように眺めた。その透き通るような深紅の瞳には、頭を地面につけ恐怖で震えている敗者の姿が深く刻まれていた。
「私が魔王ではないと聞いてどうやら落胆しているみたいですねぇ。貴方に希望を持たせたまま殺してしまってもよかったんですが、こう見えて嘘をつかない性分でねぇ」
これ以上は上がらないというほどまでにカローザスの口角が上がった。不純物などまるで混じっていないかのような真っ白な歯を存分に見せつけながら勝利の味をかみしめている。
打ちのめされた彼はその言葉が届いていないかのようにうめき声をあげ続けていた。王国騎士団団長とは思えぬ無様な光景であった。
彼がカローザスに言葉を返すことはなく、鼻をすする音と弱々しいうめき声が空虚な平原に吸い込まれていった。
この姿を映していたカローザスの眼は優越感一色であったが、何かを思い出したかのように憎しみの眼へと急激に変わっていった。
「私たち魔族を虐げてきた、団長様の最期の姿がそれですか。わたくし単騎の相手など数人しかいない分隊でできると思ったのでしょう、なんと哀れな。仲間は死に、団長であるお前はすでに戦意を失っている。嗚呼、純血の魔族であるこのわたくしに人間が負けた。この事実は千年間続いた人間優位であるこの王国の歴史に大きな
先ほどまでの口調とは異なり、冷たく言い放ったカローザスの目線は彼ではなくその向こう側をとらえていた。砂煙が舞い、馬の
先頭を走っていた馬上の騎士が剣を天高く掲げ、カローザスめがけて振り下ろした。天から閃光が矢のように降り注ぎ、カローザスと騎士団長の間に直撃した。さらに降り注ぐ閃光はカローザスに向かって移動し、地面を削り取り砂煙が舞い上がった。
軽く舌打ちをしながらその閃光の雨を華麗に
先頭を走る騎士のさらに後ろからの妨害魔法であった。彼の殺害も叶わないとわかったカローザスは下を向き、憎しみを込めた声で彼に聞こえるようにこうつぶやいた。
「これで終わると思うな。王国にはいつか災厄が訪れるであろう。その時現れるのはわたくしのようなただの魔族ではない。魔王だ。今は存在せぬ魔王が誕生し、お前たちを終焉へと導くであろう。」
カローザスは彼のうめき声が消えたのを確認し、姿を消した。
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