灯犬場

文目鳥掛巣

第0戦

無機質な白、純白のその部屋に繋がれた一匹の青年が天井を見上げる。

一切の装飾が取り除かれた無機質な板版が、永遠と続く錯覚するほどに長い部屋を埋め尽くしている。

青年は両手首を後ろで縛られ、身動きが取れないように拘束されている。

手錠の先は椅子に繰りつけられ、座ることはできても、そこから離れることは許されなかった。

憮然とした態度で青年は椅子に座りスピーカーから流れる音に耳を傾ける。

「囚人ナンバー0883 ラスク・ナイプス 大総統暗殺未遂によりセクター331での終身刑を言い渡す」

拡声器により電子化された声が言い渡した判決に青年ラスクは口角を吊り上げた。

まだ、幼さの残る顔立ちではあるが、その目に宿る野心は確かにギラギラと燃え盛っている。

「俺が終身刑?ククク…大総統も格下げだな。命を狙われても主犯を死刑にすらできないなんてな」

「口を慎め。これより0883をセクター331へ連行する」

刑を宣告した無機質な声が宣言をすると、開かれた扉から防護服のような分厚い布に包まれた人が現れ、ラスクを拘束する。

両脇から手が伸び、抵抗ができないラスクに新たな枷をつけていく。

だが、ラスクは怯まなかった。

「後悔することになるさ。俺を生かしたことをな!」

目隠しと口枷がはめられるまで罵声は止まず、彼は決して法に堕ちることはなかった。

無理やり歩かされ、その扉が閉まるその瞬間まで、ラスクが許しを請うことはなかった。




モニター越しにその様子を見る男が二人、一人はゆったりと椅子に座ったままだ。

薄暗い部屋での画面は怪しい光を放ち、時折乱れる画像が不気味に映った。

「良いのですか?彼を生かしておいて。未遂とはいえ、あなたの命を狙った重犯罪者ですよ?」

振り向いた先に座る男は小さく笑みを作りグラスのワインに口をつけた。

「構わんさ。丁度、新しい犬がほしかったところだ」




バルラチア大陸東部を支配するこの国には遥か昔から“イヌ”が住んでいた。

かつては人間との共存もしていた“イヌ”たちだが、現在は犬猫と変わらぬ扱いを受けている。

重視されるのは血統だ。

純粋な血統であればあるほどにその価値は高くなり、血統のないものは“野良”としての運命を義務付けられた。

当然その法に反発する“イヌ”が現れ、人の定めた法により処理される。

それら犯罪を犯した“イヌ”たちが収容されるのがセクター331、



通称『闘犬場』



収容された“イヌ”たちが1対1で戦い、賭け事の対象とするのがこの地区だ。

高い塀に囲まれ逃げ出すことは不可能で、ここで行われている真実を知るものは上層部のわずかなものだけである。






白の防護服に身を包んだ看守に連れられて新たな“イヌ”が連れられてきた。

背に回した腕には手錠、目隠しと口枷、太い首輪をはめられたそれは重犯罪者の証だった。

「囚人ナンバー0883を連れてきました」

狭い通路の先にあるカウンターで今まで一言も喋らなかった看守が口を開く。

誰もいないカウンターは静まりかえり、人が来る気配がない。

綺麗に片付けられているカウンターには、闘犬場には似合わない小さなアロエの植木が飾られている。

しばらく待っても変化がないことを確認すると、看守は近くのボタンを押した。

同時に騒音ともいえる大きなベルの音が鳴り響いた。

視覚を遮られているラスクは音に反応し体を硬直させる。

ただでさえ耳は良いというのに間近で騒音を聞かされてはたまらない。

早く鳴り止まないのかと口枷をかみしめていると

「あぁ、わかった。直ぐ行くから止めてくれ!」

と、騒音でかき消されそうだが少し遠くから声がした。

男の声だ。

それも酷く機嫌が悪いようだ。

ようやくベルの音が止むと男と看守が何やら事務的なことを話し始めた。

セクター331にラスクを収容する手続きであることは容易に想像できる。

その間も今までもラスクが大人しくしているのには理由がある。

どんな理由があったかはわからないが死刑を逃れた。

それはつまり、次のチャンスがあるということだ。

隙があればいつでも看守を殺して逃げ出すつもりだった。

しかし、何分自分を縛る拘束が分厚い。

とても一人で解けるような安物ではないのだ。

ならば、チャンスはセクター331に引き渡されるまさにこの時、看守が鎖を話す瞬間を狙えばいい。

足さえあれば逃げ切る自信はあったし、道は臭いをたどればいい。

「了解、じゃ、面会といきますか」

目を隠していた布が解かれる。

さぁ、どんな奴だ。

どんな男でもなぎ倒す自身はあった。

久しぶりの光に目がくらみ、細めた目がようやく捉えた男は、オールバックの黒髪、長身に似合う筋肉と四肢、着崩したスーツと煙草を片手に笑みを作る。

「ようこそ、セクター331へ。門番のラッセだ」

見開かれたラスクの蒼い目に飛び込んできたのはラッセの顔ではなく、胸につけられた銀色のプレートだった。

「イヌ?」

彫られていたのは名前ではなかった。

『ドーベルマン』

犬種を記されたそれはラッセが“イヌ”である証拠のようなものだ。

彼の首につけられた黒い首輪もそれを裏付けている。

“イヌ”を収容し、戦わせる場所の門番を何故同じ“イヌ”が務めているのか。

その事実に驚愕するラスクはたった一度のチャンスを見逃してしまった。

「なんだ?ガキじゃねぇか…大総統暗殺なんて企てるくれぇだから、がたいの良い親父かと思っていたが…ちいせぇな」

「っ…これでも18だ」

我に返ったラスクだが、もう遅い。

鎖はラッセが手にし、看守は分厚い扉の向こうに消えてしまった。

高層ビルほどある壁をよじ登ることはたやすいことではないだろう。

開き直るしかないラスクはラッセにガンを飛ばす。

「18ねぇ。腕はいいのかもしれねぇが、頭は悪いみたいだな」

こつんと額をつつかれてラスクの眉間に皺が寄る。

ラスクの青い目は赤い髪によく映える。

幼さの残る顔で睨まれたところで重犯罪者ばかりを見てきたラッセには効果がない。

資料を片手にあくびをしながら奥へと連れて行かれる。

先にあったのは、モニターの並ぶ不気味な部屋だった。

1つ1つに映し出される映像は、沸き立つ完成さえも耳に届かなくさせるほどラスクを釘付けにした。

それは異常な空間だった。

円形に仕切られた砂ぼこりの舞う空間に真っ赤な首輪をつけた人がナイフを片手にぶつかり合う。

飛び交う血液が色のない画面を彩り、沸き立つ歓声が大音量で胸を貫いた。

声すら出せずに釘付けになるラスクにラッセが指をさす。

「明日から、お前もココの狗だ。その首輪が証明な」

固まった腕をゆっくり首まで上げると、指に分厚い皮の感触があった。

それは画面で見ている者たちがつけているものと同じで、狗[プレイヤー]の証でもあった。

「ようこそ、ラスク・ナイプス素晴らしきケットウの世界へ。お前の未来に、幸あらんことを」

画面の向こうで、派手に血飛沫が舞った。



1、狗はセクター331から出てはならない

1、狗は決闘を義務とする

1、狗は決闘以外で武器を使用してはならない

1、狗は例外を除き殺戮を禁ずる

1、狗は人間に逆らってはならない

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