第3話
俺には、不良らしからぬ秘密があった。
それは恐らく、生まれた時から脳内に勝手にあるものだ。身に覚えがない、だが鮮明に記憶されており、今日の今日まで消える事はなかった。
俺、陽向 真昼には、自分の前世の記憶があった。自分が自分である前の過去の記憶だ。
とはいえ、その記憶は後にも先にもほんの断片しか覚えていない。この17年間で、今以上に忘れる事も思い出す事もなかった。
記憶の内容は……もう大体、察しが付くだろう。
俺の中にある記憶は、男が女の首を絞めている光景だ。女の上に跨り、そのゴツゴツの手で細い首を力一杯絞めている光景だ。
覚えているのはたったこれだけ。その男女の関係や顔は愚か、殺された時間帯や場所すら覚えていない。あるのは、る白いキャンバスの上に描かれたその映画のワンシーンのような構図のみ。
でも、その記憶だけで、記憶の中の男が前世の自分であると十分に自覚する事ができた。齢5歳にして首を絞める感覚が分かっていた事が何よりの証拠だった。
実際にした事が無くとも、その時の感覚は記憶として残されていたのだ。
自分が前世で人を殺した事を知った時のショックは計り知れなかった。
忘れたくても忘れられない。周りに助けを求めても『前世の記憶』なんてものを信じる者はまずいない。
自分なりに徐々に耐性を付けて、向き合って行く他無かった。
輪廻転生という理が本当に存在するならば、殺人鬼の生まれ変わりも存在する。誰もが皆、生まれる前から綺麗なわけじゃない。記憶がないだけで、前世が犯罪者の人間なんてごまんといる。
そうやって、前世の自分と今の自分を割り切ることで、『記憶』について深く考えないようにしてきた。
「ふざけんな!!!!」
「ィッてーーーな!!!! オイてめぇ、調子に乗るのもいい加減にしろよ」
「全部、お前のせいだろ!! お前が私を殺さなかったら、私は幸せだったんだ!!」
「『幸せ』? はあ?」
なんだよ、それ……。
そんなこと、今の俺に言われてもどう責任とれって話だよ。
「お前の顔を見て……怒りが沸き上がる度に、以前の暮らしを鮮明に思い出すよ。子ども達が部屋の中を楽しそうに駆け回り、旦那が食卓で新聞を読みながら、私の料理が台所から出てくるのを待っていた。アンタに殺されなかったら、最後までそんな平凡な日々がずっと続いてたのに!!」
「だーかーら!! 今の俺には知ったこっちゃねぇって言ってんだよ!! 確かに、俺の中にはお前を殺した記憶はあるが、俺自身、自覚もなければ罪悪感も皆無だ! 今更詫びてお前に何の利益がある?」
そう……、今更身に覚えない罪を断罪しても、何の意味も持たない。結局、前世の俺達は死に、今の俺たちがある。詫びを入れてももう遅い。過ぎてしまった人生は、もう二度と戻ってはこない。
この女が今どんな生活をしているのかは知らないが、いくら前世の生活を羨んだところで、その幸せもいつかは壊される運命だったはずだ。
そうでなければきっと、この女が言う幸せは今もずっと続いていたただろう。その終わりが不運なことに俺に殺されるという結末であっただけ。
前世の俺ならばともかく、実際に殺していない今の俺に求めたところで、結局はなんの解決策にもならない。
「……いいよ」
「は?」
「もういいつったんだよ! お前のその被害者面見てると自分が全部アホらしくなってきた。ホント……何も変わらないのに過ぎたことに固執してた自分が本当……バカみたい」
急に冷静になったのか、祈夜は呆れたように一つ大きなため息を吐くと、踵を返し、教室を後にした。
「陽向真昼、私は金輪際、お前に関わらない。前世の事は、お互い今日限りで区切りをつけよう。だから、今後一切このことを口にすんな」
「んだよ!!」
突然ヒスになったかと思えば、急に冷静になったりと色々面倒な女に絡まれたものだ。
……だが、どの道これでひと段落ついた。後味が悪かろうと関係ない。
これで、長年抱えていた面倒事を処理する事ができた。
_______終わらせることなんて、出来ないと分かっていながら、俺はそう思い込みたかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます