第3話 脅しと拷問

「お願いっやめて」


沙紀の言葉も聞き入れられるはずもなく、二人がかりで両脇をかかえられる。音巴たちは容赦なく沙紀はそのまま後ろ向きに引きずっていった。集団は、すぐそばの古い洋館に向かっていた。こんな誘拐のような犯罪が許されていいのだろうか。そういえば、日本には「いじめ」という陰湿ないやがらせがあるというのは聞いていた。でもそれは中学校までの子供がすることだと思っていた。


「やめて!誰か助けて」


洋館の庭でやっと大きな声がでた。しかし、口の中には大急ぎでハンカチがつめられてきた。苦しい。息ができない。期待に反して誰かが洋館の鍵をいとも簡単に開けてしまった。


「助けて」


心の中で何度も叫んだ。がちゃんと重い音をたてて洋館のドアの鍵がしまった。


「おい。お前騒がないほうがいいって」


中に男言葉を使う人がいて、そいつが荒い言葉をかけてきた。


親切ぶって助けてくれないくせに。


抵抗できない沙紀は目をつむって泣きそうになるのを我慢した。必死で鼻で息をしていると洋館の中は少し埃っぽい匂いがした。広い螺旋階段を後ろ向きに無理やり引きずり上げられて二階の小部屋にある木製の椅子に座らされた。 両腕を後ろ向きに強く引っ張られた。手首に縄がまかれている。うめき声をあげていると、音巴が沙紀の腕をつかんできた。


「静かにしてしないとバイオリンひけなくなっちゃうよ。さーきーちゃん」


音巴の声がが沙紀の耳のすぐ傍で聞こえる。他の数人は沙紀を後ろ手に縛った後、足首を椅子に固定しようとしている。四肢の自由を奪われて身動きがとれない沙紀に音巴は再びそっと近づいてきた。音巴から漂ってくる匂いは、甘酸っぱくてほのかにやわらかい感じがする。こんなに卑劣な行為をしているくせにこの心地よい香りはまるで天使のようだった。


沙紀の目から恐怖のあまり涙がこぼれた。あたしは何て怖い人と一緒のクラスになってしまったんだろう。沙紀は自分の運命を呪った。


「さきちゃん、楽しいのはこれからだよ」


音巴は、いつのまにか人の腕ぐらいはある野太い蝋燭に火をつけて沙紀の目の前にかざしている。焔がゆれるたびに沙紀の恐怖心が絶頂に達してハンカチの間から金切り声を上げた。


「これ、なんだか分かる?」


音巴は、蝋燭をもっている反対の手には鉄でできた棒のようなものを沙紀に見せた。ごみの焼却炉に使う棒のように黒い錆が一面を覆っていてが先端に十字の紋章がある。


「昔、ヨーロッパで魔女裁判やってたとき、魔女を白状させるために使われたもんなんだって。おじいちゃんが教えてくれたんだ」


「へえ。音巴の家ってそんな珍しいもんまであるんだ」


「すごいでしょ。だから使わない手はないかなって」


「賛成」


みんなが拍手した。沙紀は恐怖と絶望で吐き気がした。


「こうやって蝋燭の火で熱して、先端の色が変わったらはんこ押すみたいにじゅっとね」


音巴がわざと沙紀に見えるように鉄の印鑑を蝋燭に近づけて言った。


「さて、場所はどこがいいかな」


音巴はおもむろに沙紀の制服の胸元をつかんでいきおいよく下まで引っ張った。ばちばちっ。ボタンがはずれて下着が少し露出した。


「ひっ」


沙紀は再び叫ぼうとしたが、うまく声がでない。もう身体にそれだけの力が残っていなかった。ただ身体ががたがたと震えている。音巴が熱くなった鉄の印鑑を沙紀の顔に近づけた。そして、口を覆っていたガムテープを外して中から詰められていたハンカチを取り出した。


「ごめんなさい!許してください。ごめんなさい!」


口が自由になったとたん沙紀はある限りの力を振り絞って叫んだ。

泣きながら音巴に訴えかけた


「みんな、後は私、やっとくから先に帰っていいよ」


音巴が鉄の印鑑に火をかざしながら言った。


「後でまずいことになったとき、みんな困るでしょ。これやった後に」


音巴は赤くなった棒を揺らしながら言った。


沙紀はこれが現実なんだ。と自分に言い聞かせるように思った。もう音巴には何を言っても止めることはできない。


「じゃあ極上の印鑑を頼むな」


「明日、さっそく身体検査しないとね」


「オッケー」


音巴に手をふるとみんな口々に言って去り始めた。


二人きりになって沙紀の嗚咽する声だけが部屋に響いた。音巴は沙紀の姿をじっと見つめている。早くやるならやればいいのにと思った。もう沙紀に押される死の刻印はとっくに準備はできているはずだ。沙紀の白い透き通るような皮膚は醜く焼け爛れるだろう。音巴はそれを見てきっと喜ぶのだ。沙紀は泣きながらひたすら刑が執行されるのを待った。しかし、音巴は蝋燭の焔をしばらく見つめたまま何もしてこない。


「ねえ、沙紀」


音巴が言った。不思議と今までと語調が違う。何だか親しい友達に話しかけているような感じだ。


「え?」


沙紀は虚を突かれたように固まった。

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