スペースシャトルと豚骨ラーメン
未結式
第1話 スペースシャトルと豚骨ラーメン
授業終わりを告げる録音された鐘の音が鳴り響き、生徒はみな各々の机を移動させ、自らのテリトリーを作り上げる。
そんな春秋戦国時代のような領地の移動には目もくれず、一年三組という世界から私は外に出る。
私が向かったのは屋上、このご時世進入禁止の学校が多いものの、この学校は高いフェンスに囲まれているため、自由に使うことができる。
もっとも自由に使えるからといって誰か使うとは限らないけれど。
いつも通り誰も使っていない屋上、静かでいい。聞こえるのは風の音だけ。
煩わしい人間関係を忘れることができる。
と言っても自分に友人はいない、クラスの中にいるのはクラスメイトのみ、別にいじめにあっているわけではない、スクールカーストという枠組みから大きく逸脱した存在であることは間違いなく、この孤立に繋がっているのだろう。
まあそれを不自由に感じたことはない。
――この屋上は私の世界であった。
「やっほー、メイタンテー」
そんな私の楽園は終わりで
絶対自分では出すことはない、内面の明るさを表すかのような横抜けに明るい声の主――麻木麗は私の隣に座った。
「いやーあっつ」
「夏が近づいてるからね」
「イエー夏休みー」
「その前に期末」
「うえー」
麻木麗はギャルである。それはもう「ギャル」で画像検索すればそっくりな外見の人物がごまんと出てくるくらいこてこてのギャルである。私とは違い、明るく、美人で男女ともに人気がある、友だちが全くいない自分とは正反対の存在である。
同じ人間かと疑いたくなるほど住む世界が違う。
完全な陽だまりに住む彼女と自分は他者を全く相いれない、日陰者の私。例えるなら――スペースシャトルと豚骨ラーメンぐらいかけ離れている。
そんな彼女との関係は少し複雑だ。
別に廊下でたまたまあっても会話なんてしない、友だちという気やすい関係では断じてない。ただこの屋上にいるときだけ、話す。そんな関係。この関係を言い表すのは難しい、一番近い言い方は――知り合い以上友達未満だろうか。
もっとも向こうがどう思っているかは分からないが、少なくとも私は友達ではないと思っている。
彼女との出会いは一年の四月、この屋上で今と変わらず本を読んでいた。私に今と変わらずは麻木麗は話しかけてきた「私のシュシュ知らない?」と。
ギャルという種族に初めて話しかけられるのは初めてのことであり、できれば早く話を切り上げたかったので、適当にあしらおうとしたのだが。
「小説を読んでるってことは頭いいんだよね!」
という彼女の謎理論によって、詰め寄られて結局話を聞く羽目になってしまった。今思えば『ABC殺人事件』ではなく二択で迷った『羅生門』にしておけばよかった――いや多分本を読んでいるだけで会話の内容は変わらないだろうな、この女は。
兎に角その時は一気に言葉でまくしたて、ずけずけと人の領域に入ってくる彼女をやりすごそうと適当に場所を言ったら、本当にその場所でシュシュが見つかってしまい、そこから懐かれてしまった。
「でさあ、今日不思議な事あったんだけど」
そしてこうやって一週間に一回ほど、何か話を持ってくるようになってしまった。
「で、最近頭の中で浮かんだ曲の名前がわからなくさ」
「『夜に駆ける』か『うっせえわ』か『ドライフラワー』ね」
「投げ槍にもほどがあるじゃん、それなら全部知ってるよ」
世俗の流行にこれでもかというほど疎い私でも知っている曲を適当に言ってみたが、そもそも流行という常に流転するものを捉える嗅覚を持っているギャルという生物なら知っていて当然か。
「じゃあ鼻歌歌うよ、ふんふんふんふーん、ふーんふんふんふん」
「ああ『You Raise Me Up』ね」
「あ、そんなタイトルなんだ」
よくテレビで流れている洋楽であった。
「流石メータンテー、英語の曲も知っているって天才だねー」
今回は簡単だったな、これで静かになると思ったら、それから更に言葉が続いた。
結局彼女の話は昼休み中続いた。
私だけの楽園に現れた闖入者だった彼女は既に楽園の住人になっていた。
そんな彼女がこの楽園の来たのは四カ月前であった。最初は自分の髪留めを探しに来て、その次の週からは昼ご飯をもってやってくるようになった、カップラーメンを。
「んー新作のいい匂いー」
イタリアンハーブ味という、直球からボール一個分外れたラーメンの湯気を吸引した。
彼女が週一でここにやってくる理由は大体二種類、自分の身の回りの小さな事件を言いに来るか、もしくはカップラーメンを食べに来るか。
なんでもいつもの友達の前では、カップラーメンという女子力から遠くかけ離れたものを食べるのは気が引けるらしい。しかし大好物のカップラーメンは週一で食べたい、というわけで屋上に来て食すのである。
「んー、ハーブに合わせたあっさりスープで食欲倍増~!」
食レポの時はやたらと語彙が豊富だなこの女。そんなに美味しそうに食べるとこっちまでお腹が空いてくる。
「ん? メータンテーも食べる?」
「……あ、いやそういうわけじゃ」
「はい、あーん」
割り箸にピックアップされた面を差し出してくる彼女の顔は、美味しいものを共有したいという気持ちしかないようだ。
持ち上げられた麺を啜った。
「……美味しい」
「でっしょ~、レギュラー化してくれないかなあ」
そういって彼女はラーメンに向き直った。
とても幸せそうに麺を食べる彼女。
――そんな麻木麗の姿をいつも周りにいる友達は知らない。
――そして週に一回言葉を交わすだけの関係の私は知っている。
何なのだろう私たちは、運命共同体などという大層なものではない。
「ん、どしたの? もう一杯ほしい?」
「いや、大丈夫」
私たちの関係の名前は何なのだろう、少なくとも今読んでいる本には載っていない。
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