第6話
学校を出ると、再び学生寮へと脚を進める。
「ありがとうございました、灰音ちゃん」
掴まれた腕はいつの間にか離されて、彼の両手はズボンのポケットに突っ込まれていた。
「……めんどくせェ」
「うん。ありがとうございます」
話が噛み合っていない灰音ちゃんにもう一度お礼を言って笑うと、私の少し前を歩く彼が立ち止まって振り返る。
「拾ってくれたのが灰音ちゃんでよかったです!」
こちらに手を伸ばした灰音ちゃんは、私のおでこになかなかの威力でデコピンをした。
「いったぁ……!」
「敬語やめろ。気持ち悪ィ」
激痛に慌てて額を押さえる私に灰音ちゃんはそう言った。そう言われてみれば私は彼らより年上なのだから、タメ口でいいのか。
「……わかった!」
頷いてニッコリと笑った私の顔をじっと見つめて……灰音ちゃんは固まった。
「……どうしたの、灰音ちゃん」
私の声にハッと我に返る。そして何かを誤魔化すように私の頬を摘んで引っ張った。
「痛いよ〜」
「……俺の前ではそうやって笑ってろ」
何度か瞬きをして、灰音ちゃんの目を見つめる。黙っていたらイケメンなのに。
そんな余計なことを考えていると、私の思考を読み取ったのかまたプンスカ怒っていた。
「ついたぞ」
灰音ちゃんが本日二度目の扉の前で立ち止まって私を見る。私が首を傾げると、「掴まんでいいんか」と自分の服を指差した。
「んふふ」
思わず笑みが溢れて、怪訝そうな顔をした灰音ちゃんのお言葉に甘える。
私がしっかりと服を掴んだのを見て彼はまた前を向いた。
「──あ!帰ってきた」
明るくて騒がしい、根っからの陽キャ──
愛想の悪い顔をした灰音ちゃんにも終始分け隔てなく声をかけているポジティブなこの少年。灰音ちゃんの背中越しに目が合った。
「さっきの子!ねね、名前なんてゆうの?」
「……」
「え!?無視!?」
眩しすぎるその目から逃げるように逸らして灰音ちゃんの服を強く握る。ペコリと頭だけ下げておいた。
一際強い視線を感じてそちらに目を向けると、人の良さそうな顔立ちの少年とバッチリ目が合ってしまう。
「あ、俺は──」
「橘一路くん」
灰音ちゃんの背中から手を離して、一路に身体を向けた。私のよく知っている主人公には何だか親近感が湧いて、あまり緊張せずにいられた。
「俺を知ってるんですか?」
その真っ直ぐで淀みのない瞳は泣きたくなるほど綺麗だ。
「……はい、あなたのことはよく知っています」
こちらに数歩近付いた一路は目を見開いて驚く。私も一歩だけ、歩み寄った。
「私はあなたが羨ましくて──とても尊敬しています」
「ええっ!お、俺を?」
優しすぎた君は、何度も挫折しかけた。何度も涙して、苦しんで、失ったものを数えた。でも君は必ず最後に笑った。どんな困難も、君には敵わなかった。
「あなたは私の憧れです」
じっとその目を見つめると、一路は顔を真っ赤にして慌てていた。
しかし直後、彼の顔が打って変わって真っ青になる。
「や、柳楽くん……」
私の背後に視線が移り、それを追いかけて振り向くと──。
「灰音ちゃん?どうしたの」
鬼の形相をした灰音ちゃんが腕を組んで仁王立ちしていた。一路を睨みつけて歯をギリギリと軋ませている。
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