第4話


「……ごめんなさい、灰音ちゃん」

 寮をすぐに出ると次は学園内へと足を進めた灰音ちゃん。ボソボソと聞き取りづらい言葉は情けなく灰音ちゃんの肩に染み込んだ。


「なにをそんなビビってんだよ」

 灰音ちゃんって静かに喋れたんだなぁ……なんて場にそぐわないことを思う。

「人と話すのが怖くて……」

「はァ?コミュ障かよ」

「……うん、そうかも」

 私は私が嫌いだ。自信がない。自分に価値がないと思っている。だから口数も減り、人と関わることを恐れた。そんな資格がないから。


 それが悪循環となって、また私から自己肯定感を奪う。私は根っからの意気地なしなのだ。

 ……怒られるかな、灰音ちゃんに。

 そう思ったが、彼は怒らなかった。呆れたり笑ったりもしなかった。


「……俺は平気なんか」

 ただそれだけを聞いた。なんだかそれが嬉しくて、私は彼の首に腕を回す。

「うん、不思議ですけど」

「そーかよ」


 私は灰音ちゃんがあまり好きじゃなかった。確かに強くてカッコいいし、素直じゃないけれど優しいところとか、好感は持てた。でも正直に言うとここまで高圧的で口が悪い人はタイプじゃない。それならば優しさと正義でできたような橘や、王道イケメンの如月の方がずっといいと思う。


 それに私の最推しは──。

「先生いるかァ」

 ガラッと勢いよく扉が開く音がして、私は顔を上げる。目の前に広がるのはなんの変哲もない職員室の光景だ。


「なんだ、柳楽」

 気怠げな声に、私のヲタクセンサーが発動する。

「わあ……!丹羽にわ先生だ……!」

「……君は」

 灰音ちゃんに抱えられた私と同じ目線で死んだ魚のような目とかち合った。猫背も、ボサボサの黒髪も、やる気のなさそうな声も──私が大好きな人のもの。


「ハグしてもいいですか……!」

「アホかテメェは!!」

 灰音ちゃんの腕の中から丹羽先生に手を伸ばす。しかし先生は怪訝そうに眉を寄せ、灰音ちゃんが私を抱えたまま身を引いたから先生との距離が開いてしまった。


 むっとした顔をすると、灰音ちゃんは私を地面に降ろす。キラキラと輝く瞳で丹羽先生を見上げれば、彼は無表情のまま見つめ返してくれた。


「……小汚いおっさんだぞ」

「オイ柳楽」

 灰音ちゃんの言葉は否定できない。でもオジサマ好きな私からすれば。

「そこがいいんです!」

「テメェ……頭おかしいんじゃねェの」

 引いた目で見られるのは分かっている。人とは多少変わった好みを持っているのは承知しているから。


 一歩大きく踏み出して丹羽先生の顔をじっくり覗き込む。

「世界一かっこいい……」

 思わずポロッと出た褒め言葉に、先生は微動だにせず淡々と告げた。

「ありがとう。君のような人に言われて嬉しいよ」

「えっ先生そんなキャラなの。好き。推せる」

 大人オブ大人。そんなどこかで聞いた単語が頭を駆け抜けた。


 漫画で彼は素っ気なくぶっきらぼうで寡黙なイメージだが、きちんと生徒のことを見ている素敵な先生だ。


「オイ、人見知りはどーしたよ」

「ファンなの。もはや先生と会えた時点でここを現実だとは思ってないからなんでも出来る」

「意味わかんねェ」

 軽いチョップをかまされ、先生に白い目で見られて唇を尖らせる。


 先生が静かにため息をついたところで、灰音ちゃんは本題を切り出した。

「先生。コイツをここに置いてくれねェか。訳アリでよ」

「……説明不足だ」

「コイツの話を全て無条件に信じると言うなら話す」


 数秒間、二人は睨み合ってから先生はもう一度深く息を吐いて、ゆっくりと頷く。それを見て灰音ちゃんは私を肩で押した。その勢いのまま、私は事のあらましを話し出す。先に灰音ちゃんに言われていた通り──ここが漫画の世界であることだけは伏せて。

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