大和日本連合

秋田川幸政

旗の交わり

第1話 開戦の足音

「幸一さん、お久しぶり」


「キヨさん、お久しぶりですね」


 きれいな微笑みを顔に浮かべるキヨさん。この木漏れ日の中での久方ぶり出会いはまるで絵画の中での出来事のような幻想的なものに思える。


「相変わらず洋服に身を包んでおられますね。さすが街の職業婦人代表と言われる佇まいをしておいでですね。ところで仕事のほどはいかほどで?」


「幸一さんたら、相変わらずお世辞がお上手。やっぱり出世頭は実力と口が伴っていないとだめなのかしらね。本当に父さんにもその口の上手さは見習って欲しいハわね」


 そよそよとそよ風が吹いてきた。幾ら木陰と言えど風がなければ暑くなってしまう。ここでの風は有難い。


「仕事ですけど順調ですわよ。ここだけの話、私の働きぶりが評価されて、昇進しそうなんです。しかも監督ですのよ、監督」


 監督だって?!


「監督ってあの?!」


「ええ」


 監督はとんでもない高給取りで基本年寄りがなるのに。


「若いのに監督って凄いですね。いったい何をしたんですか?」


 少し気恥しそうにキヨは言う。


「それはですね…」


言いかけたところで邪魔が入ってしまった。少し憎らしいが、相手が相手なので無視するわけにはいかない。せっかくキヨと楽しく話していたのに。


「ようよう、俺のキヨと楽しそ〜に話してくれるじゃねぇか。破廉恥なことは話していないよな?」


 「破、破、破廉恥?!」


 あゝ、キヨさんがのぼせてしまったじゃないか。


「ちょっと酒臭いですよ。銀平閣下」


 また抜けだしてきたのかこの大将閣下は。でも秘書官らは追いかけてきてないから仕事は終わらせたのか。相変わらず有能で過保護なこった、閣下は。言葉の選びはあれだけど。幾ら皆から憧れられているといえど治安は良いのだから安全だというのに。


「大丈夫ですよ閣下。至って普通のことしか話していませんから。お嬢様には手は出しませんよ。ええと、異国のあれですよあれ。アレネミサクとかに誓って」


「ってことは皇軍には誓わないってことか?」


「いえいえ、軽々しくは言わないから言っていないだけですよ。ええ」


 閣下は顔を覗き込んできた。キヨさんは落ち着きを取り戻したのかアワアワしている。


(街の出世頭 危機に陥る、ってね)


「閣下、酒臭い息が小官に掛かってしまっています」


「たかが中尉でガタガタ言うんじゃあねぇな。というか巡回はどうした」


 おっと、痛いところをつかれてしまった。言い訳を考えなければ。


「巡回で出会った人と話して街の情報を収集すると並行して、油断している悪人をあぶり出すんですよ」


「そうかそうか。口が上手いなっと……」


 ありゃ、閣下が倒れてしまった。酒の飲み過ぎかなこりゃあ。


「キヨさん、閣下と一緒に帰れますか?一応私も手伝えますけれど」


「あ、いや大丈夫ですよ。私は力仕事の職業婦人ですから。それではまた、幸一さん」


 少し誇らしげな顔をして閣下を背負って言う。


「そうですか。それではまた今度。」


あーあ、キヨさんが行ってしまった。せっかく話せたのに。巡回に戻るか。






_/_/_/_/_/




ちょっとザワザワしているな。でも兵隊を呼ぶ声はないから悪漢の類ではなさそうだ。とりあえず言ってみるか。


「どうしたんですか、この騒ぎは。」


 近くにいた人に聞いてみた。


「あゝ、これかい兵隊さん」


「ええ」


「石田新聞が号外を配っているんだよ。おらはまだ手にしていないけどね」


「そうか。ありがとう」


「おうよ。兵隊さんのお役に立てるなら上等よ」


 礼をしてその場を立ち去る。


「号外!号外!号外だよ〜」


「少年、1つくれ」


「あいよ!」


 1部号外が投げられてきた。そこには驚愕の見出しと記事が並んでいた。




 石田新聞 号外


―仲国方笠租借地変換要求 皇国外相断固拒否―


 かねてから境界付近での非正規戦闘が勃発していた方笠租借地について、水面下での交渉が遂に決裂した。仲国は最後通牒を皇国に送った。


 内容は方笠租借地の返還と自称正規戦(皇国側呼称 非正規方笠散発戦)の賠償請求である。また期限までに受け入れないのであれば武力行使も辞さない、としている。


 木戸外相は「皇国はこの通牒を断固拒否する。我らは決して受け入れない」と表明。


 侍従長は陛下はその旨を支持しているとしている。


 政府筋によると陸軍の動員を開始しているとのこと。


   ―――――――――――――――――――――――




(皇国はこの先、一体どうなるんだ?)


 若き街の出世頭は一人苦悩する。

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