#28 最後のドライブ

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ライアンはふたたびあの海辺の秘密の丘にアデルを連れていく。そこで彼が語ったこととは……。


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 1時間後、アデルは玄関から外に出た。ライアンが、ジャガーを玄関前に横づけし、助手席を開けて待っていた。

「きのうはひどいことを言ってすみません」アデルは言った。「あんなことを言って、ドライブに連れていっていただく資格なんてないし、そんな気にもなれないから――」

「頼む、なにも言わずに車に乗ってくれ。きみをもう一度あの場所につれていきたい。そこですべてを話すよ。それでも納得がいかないと言うなら、もう二度と誘わないと約束する」

 そこまで言われては乗らないわけにはいかない。

 アデルが助手席に乗ると、彼が車の前をまわって運転席に座り、車を出発させた。この前ドライブに行った時と違って、屋根は開いていなかった。きょうは朝からの騒ぎで疲れていたから、風を受けながらのドライブは辛かっただろう。ライアンは、それがわかっていて、あえてオープンカーにしなかったに違いない。 

 美しい景色のなか、車は滑るように走った。彼はなにもしゃべらずに運転していた。アデルの疲れた心に、むしろ沈黙はありがたかった。窓の外を過ぎていく牧草地を眺めると、羊が点在するのどかな風景が心を癒やしてくれた。

 

 ライアンがアデルを連れていったのは、あの海辺の秘密の丘だった。やぶを掻き分けると、その場所は夕暮れの黄金のきらめきに包まれ、神々しいほどの光に満ちていた。

 ライアンは、芝生の真ん中にアデルを海に向かって座らせ、自分も隣に腰をおろした。

「ぼくのことを怒っていたのに、一緒に来てくれてありがとう」

「いいえ、こちらこそ誘ってくれてありがとう。ドライブで気持ちが癒やされたわ。それに、なによりもまず、あなたにお礼を言うべきだった。事情はよくわからないけれど、伯父のためにご尽力くださり、ありがとうございました」

「そのよくわからないという事情についてまず話しておきたい。弁解になってしまうが、姉の夫があの地域をひどいやり方で買い占めていることを、ぼくは知らなかった。もちろん、知っているべきだったと思う。調査でわかったはずなのに、姉の夫がダミー会社をいくつも経由して、あえて名前を隠していたせいで、そこまで調べがつかなかった。すまない」

 ライアンが真剣な口調で言う。

「そのうえ、ぼくとヘイデンの両方がたまたま同時に手をまわしたことで、業者たちが欲を出して転売に走り、事態が複雑になった。ひとえにぼくの調査が足りなかったせいだ」

「そういうことだったのね」

 アデルにもやっと理解できた。それなのにライアンを責めるなんて、本当にひどいことをした。

「もうひとつ聞いてもらいたい」

「なんでしょうか?」

「家族のことだ。きみに家族の大切さがわからないと言われた。たしかにその通りだった。きみが伯父さんをなにより大切にしていることがわかっていながら、実感として理解していなかった。きみにそう言われ、今回の件を解決するために姉を訪ね、じっくり話し合った。姉とは12歳離れている。母が亡くなった時には姉は寄宿学校に入っていた。うまく話せないのは、姉のせいだと思いこんでいたが、実は、ぼく自身が心を閉ざしていたせいだとわかったよ。姉はぼくを心配してくれたのに、ぼくがはねつけた」

「そうだったのね」

「両親についてもやっと話すことができた。ぼくは幼かったから、記憶があいまいだ。姉はよく覚えていた。多忙な父がそれなりに子どものことを考えてくれていたことも、母が亡くなる前に、ぼくをどれだけ愛してくれていたかもわかり、家族の絆を実感した。きみのおかげだ」

「いいえ、わたしではなく、お姉さまのおかげだわ」

 アデルはうなずいた。ライアンが姉と和解できたのはすばらしいことだ。

「でも、ちょっと信じられない。パーティでお会いした時は、とても、その、なんというか……」

「感じ悪かった」

 ライアンがにやりとした。

「まあ、単刀直入に言えば、そうね」

 アデルは笑みを噛み殺した。

「非常に申しわけないと謝っていたよ。姉も辛い時期だったらしい。ちょうど夫が愛人との結婚を望んで離婚を突きつけてきた時だったから、若い美人が全部敵に見えたんだろう」

「そうだったの」

「だが、そのおかげで、今回の地上げ問題が解決した。姉が夫に話をした」

「お姉さまが? わたしのために? でも、あの時、引っぱたいたのに。絶対に怒っていらっしゃるはず」

「いや、きみが整形などしていなくて、素のままだと言ったら、それならば、あれだけ怒っても当然だと納得していた。姉もそのあたりの気持ちはよくわかっているらしい」

「でも、ご主人とはうまくいっていなかったのでしょう? どうやって説得されたのかしら?」

「離婚を承諾する代わりに、買い占めをやめろと言ったらしい」

「わたしのために、そんなことを?」

「いや、むしろいいきっかけになってよかったと喜んでいたよ。自分のためでもあると」

 アデルはうなずいた。お姉さまの気持ちはよくわかる。心底傷ついたせいで、前に踏みだすことができなかったに違いない。

「ライアン、本当にありがとう。あなたにも、お姉さまにもどれほど感謝したらいいかわからないわ」

「いや、おかげで家族と初めて心を割って話せた。両親も姉もそしてぼくも、愛情をどうやって示せばいいかわかっていなかった。それをきみが教えてくれた。今回のことで辛い思いをさせてすまなかった。心から申しわけなく思っている」

「いいえ、ライアン、わたしこそ、誤解してごめんなさい。あなたはわたしの本当の姿を見てくれたのに、わたしはあなたの本当の姿を見ていなかった」

 ライアンが片手を伸ばし、アデルの手をそっと握った。わかっているよという気持ちが伝わってきて、アデルの胸はぬくもりでいっぱいになった。黙って、過ぎていく美しい景色を眺める。暮れなずむ空に渡り鳥が飛んでいく。

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