第75話 ギルドルク併合②

 ガルヴェイトとザーベイルの国交樹立が成立して二ヶ月後、ソシュアの籠もるレクリヤーク城へ向かって軍を進めた。


 総大将はジルヴォルの弟であるユアン=ザーベイル。幕僚達や兵達もエクトルを支えてきた戦歴豊かな者達を揃えた五万の精鋭達である。


 ザーベイル王国の王都であるミレスベルスを出立したザーベイル軍はレクリヤーク城へ突き進む。


 レクリヤーク城までの道のりでザーベイル軍はなんの妨害行為を受けることなく進んだ。


 レクリヤーク城の3km先にコーグル砦を建設し、そこに傭兵達三千を配置していたが、傭兵達はろくに戦うことはせずにあっさりとザーベイル軍に降伏した。

 ただ、これは傭兵達を責めるというのは中々酷というものであった。なぜなら砦の建設を任せられたカドルケンという男は築城の経験などなく、見ようみまねでコーグル砦を建設したが、それは当然お粗末なものであったからである。

 戦いの拠点となる砦がお粗末であり、役に立てないものであることに配置された傭兵達はこの段階で雇用主達を見限っていたのである。誰だって捨て駒にされれば見限るというものである。


 全く戦闘行為が行われないまま、ザーベイル軍はレクリヤーク城をぐるりと取り囲んだ。


 ユアンは力づくで攻め落とすということを選択せずに長期戦の構えをとった。この段階でザーベイル軍五万とギルドルク軍一万の戦いとなっている。


(やっぱりこうなったのね……)


 ソシュアは城の展望台でレクリヤーク城をぐるりと取り囲むザーベイル軍を見てため息をつく。

 既に自分の運命に対して達観している段階に達しているソシュアとしてはこの状況に対して悲観などしない。


(元々、ジルヴォルの計画通りだものね……多分、相手側からは私を引き渡せば命を助けるという取引が出されるわね)


 ソシュアはそう判断するとまたもため息をついた。


「はぁ〜もう詰んだわね」


 ソシュアはそう言って肩をすくめた。周囲に人のいない状況での発言である。達観しているとは言っても若干13歳の少女である。死の恐怖がないわけではない。その死の恐怖に押しつぶされないようにするためのいわば心の自衛措置であった。


「まぁ、私を差し出したところでみんな殺されるのは確実よね。レオス達はザーベイル達の憎悪を知らないから助かると思っているのかもしれないけど、私を差し出せばザーベイル軍は裏切り者・・・・として嬉々として処刑するんでしょうね。はっきり言って気に入らないし、許せないんだけど……あれでもギルドルクの民なのよね……はぁ」


 ソシュアはこの時自分が取るべき選択が朧げながら見えてきていた。


「あ〜あ……王族に生まれたばっかりにこんな終わりか〜。まぁしょうがないか。とりあえず、あの世に行ったらお父様、お母様、お兄様達に文句言わないと気が済まないわね」


 ソシュアは自分に押し付けてさっさと逝ってしまった家族に対して毒づいた。ルクルトがフラスタル帝国の支援を受けてザーベイルへ侵攻し、そこで戦死したことを知っていたし、デミトルもガルヴェイトがザーベイルと国交樹立を成立させたことで用済みとして殺されたと思っていたのである。


「なんであんな奴らのために死ななきゃならないのかしらね……まぁ、王族としての義務を果たすとしますか。あとはタイミング・・・・・よね」


 ソシュアはそう呟く。その呟きは俗にいうぼやきというものであった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇   


「総大将、奴らはやはり籠城を選択する模様ですな」

「ああ、ここまでは予想通りだ。兄上の言った通りだ」


 ユアンの声にはジルヴォルへの尊敬の念が溢れているように幕僚達には思われる。ユアンがジルヴォルへ最大限の敬意を持っていることは知れ渡っており、それゆえに離間策を行うものはいないのである。


「陛下は何と?」

「まずは籠城策をとる。その後に一戦はあるだろうと」

「つまり一度は討って出る……と?」

「ああ、兄上は絶対に油断しないようにと言っていたな……」

「なるほど……」


 幕僚の一人の言葉にユアンはニヤリと嗤う。


「みんなはコーグル砦を見てどう思った?」

「え?」

「正直、あの砦は素人が作ったものでしかなかったろう?」


 ユアンの言葉に全員が納得の表情を浮かべた。ユアンの言った通り、コーグル砦はお粗末すぎて軍事的拠点として何ら機能していないのである。戦歴豊かな幕僚達はそれを一目で見抜いたのであった。


「ええ、あれでは二時間もあれば陥落させることができますよ。それに守っているのは傭兵ばかり、あれではすぐに降伏するに決まってますよ」


 幕僚の一人であるフィーム男爵の返答に全員が同意を示す。彼らは傭兵の実力を過小評価しているわけではないのだが、過大評価もしていない。傭兵は戦況が悪化すると命を賭けることなく逃亡か降伏する傾向がある。

 それを責めようとは思わない。なぜならば傭兵にとって戦争はビジネスであり、雇用主と運命を共にする義務などないからである。もし、運命を共にするように求めるのであれば、相応の信頼関係を構築しなければならないのである。


「ああ、コーグルという位置に砦を築くこと自体は誤りじゃない。むしろそれなりの軍事的知識があるものが、あの位置に砦を築くことを決定したのだと言える」

「でも、何であんなスカスカな砦になるんでしょうね?」

「コーグルの位置に砦を設置することを決めたのは素人ではない。だが、砦を作るものが素人だったというわけだ」

「少なくともリョシュアが作ったものではないということですな」

「当然だ。リョシュアが関わっていればあんな砦を許すはずはない」


 ユアンの言葉に幕僚達は納得の表情を浮かべた。


「まぁ、リョシュアが関わっていればわざと弱点を設置しておいてこちらに密かに知らせるくらいのことはしたでしょうな」

「そういうことだ。これで残党軍の指揮官が素人であると見るべきだろう」

「確かにそうですな。では討ってでたものは即撃破すれば事足りましょう」

「いや、そうではない」


 ユアンはニヤリと嗤いながら幕僚の意見を否定した。ユアンの言葉に幕僚達は意図を察するとユアンと同種の嗤みを浮かべた。


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