第73話 文官達の憂鬱
「なんだかものすごく疲れたな……」
「お前もか? 別にこれと言って発言したわけじゃないんだがな……ものすごく疲れた」
「やっぱりそうか……俺だけじゃなかったんだな」
ガルヴェイトの文官達は宿舎に戻ってから全員がへたり込んでしまった。それというのも、ガルヴェイトとザーベイルの間で国交樹立の会談に参加したことで謎の疲労感におそわれていたからである。
「しかしさ、なんでこんなに俺たちは疲れてるんだ? そお今回の会談って失敗するはずなかったよな」
「ああ、ギルドルクから独立したザーベイルにとって我が国と国交を結ぶことは、我が国がザーベイル王国の存在を認めることを意味するんだから、ザーベイルの側が拒否するわけないんだよ」
「そうなんだかけど……なぁ」
一人の文官がそう言って皆を見やると全員が何やら思い至ることがあったようで、視線を交わした。
「あのさ……俺が気づかなかっただけで、この会談ってさ……実は相当ギリギリだったんじゃないか?」
この言葉に全員が頷いた。
「やっぱりか」
「ほら、最初にさ、ジルヴォル王がさ会談が始まるのを少し遅らせたじゃないか」
「ああ」
「あれさ、遅らせた時にさ。ジルヴォル王はそう長い時間じゃない的な事を言ったんだよ」
「ああ……確かに言ったな」
「どうして……あの方は勝利の報告が来ることがわかってたんだ?」
ポツリとした言葉が余計に事態の異常さを知らしめていた。
「そしてさ……あの後にさ、これで五分と言ったんだよ」
「ああ、確かに言った」
「あれさ、今にして思えば……うちの国ってなんかやってたんだよな?」
「なにって、なんだよ?」
「それがわかれば世話ねぇよ」
投げやりな言葉に全員が苦笑を浮かべた。
「なぁ、気になることがあるんだよ」
「なんだよ?」
「あのさ、デミトル殿下がさ……『そんな書状を書いてない』って言ってたろ?」
「ああ」
「その後にさ、ザーフィング侯がデミトル殿下が書いたっていう書状を出したじゃないか」
「ああ」
「おかしいと思わないか?」
その文官は周囲を見渡すと声を顰めた。
「そんな書状は書いてないってことはザーフィング侯の出した書状は本当にデミトル殿下が書いたのか?」
「おい、滅多なことをいうなよ。それなら書状は偽造されたものってことになるだろ」
「ああ、だから声を顰めてるんだよ」
再び周囲を見渡すとさらに声を顰めた。
「いや、俺は偽造はないと思うぜ」
そこに話を聞いていた文官が声を上げると全員の視線が集まった。
「だってさ、そんな偽造された書状をこんなところで出すわけないし、デミトル殿下の筆跡を知っているはずのジルヴォル王
「そう言われればそうだな」
文官の言葉に納得の空気が流れた。だが、彼らは本気でそう思っているとは言い難かった。もし、本当にジオルグが偽造していたとしたら自分達も共犯として裁かれることになりかねない。この状況で「知らなかった」が通じるとは思えないし、今後黒い噂が付きまとえば自分達の出世に響くのではという思いがあったのである。
そして、何よりもジオルグの不興を買うのを避けたいという思いが彼らにはあったのである。ジオルグとジルヴォルの二人から放たれていた威圧感により精神的に疲労があったことを彼らは心のどこかで知っていたのである。
「まぁ、偽造はなかったということにしとこうや」
「そ、そうだな」
「そういうことにしとこうぜ」
文官達はそう言葉を交わした。それは一種の自衛行為であると言えるだろう。
「それにしてもあれにはびっくりしたな」
恐怖を感じているのを誤魔化すように一人が話題を変えるための発言を行う。
「あれ?」
「ジルヴォル王がギルドルクの王位を譲るというデミトル殿下の書状を焼いたことだよ」
「ああ、あれか!! 確かにあれにはびっくりしたな」
「俺も度肝を抜かれたな」
ジルヴォルが書状を焼いた件はガルヴェイトの文官達にジルヴォルという人間が思い切ったことをすると驚かざるを得なかったのだ。
「多分、ジルヴォル王はデミトル殿下の許しなどいらぬ!!という王者の矜持を見せたんだろうな」
「だろうな。そうでなければあの書状を焼こうなんて思わんよ」
「なんというか。王になる人物ってのはやっぱ俺たちのような小者とは違うんだな」
「そういうなよ。惨めになるだろ」
「すまん」
ジルヴォルの評価が上がるたびに文官達の中に、ジルヴォルに一歩も引かずに交渉を行ったジオルグを意識せざるを得ない。
「なぁ……」
「どうした?」
「俺、今回初めてザーフィング侯と仕事したけどさ……あの人って実は相当ヤバい人じゃないのか……?」
『それは俺も思った!!』
全員の声が見事にまで揃った。彼らも文官として国家間の交渉に何度も参加したことのある者達であり、武官とは違った修羅場を潜ってきたという経験があるのだ。だが、それにも関わらず今回の会談が行われるまでジオルグの事を意識したことはない。
確かに実の父と継母を処刑したことは知っていたが、実際のジオルグは礼儀正しい少年にしか見えなかったのである。特使に任命されたのも国交樹立自体はもはや確定路線ゆえであると文官達は思っていたのである。
だが、今回の会談ではジルヴォル王の「これで五分だ」という発言や、「情報を操作している」という発言から自分達の評価が完全に誤っているという事を察していたのである。
しかも「情報を操作している」の箇所はジオルグ自身が認めたのだ。
「なぁ、ジルヴォル王がさ情報を何者が操作しているとか言ってたじゃないか」
一人の発言に皆が一斉に頷く。
「そのさ、一年前にジオルグ様がザーフィング侯になってからさ……妙に情報の精度が上がったと思えないか?」
「あ……」
「確かに……」
全員が今までの自分の業務に対する情報がすぐに手に入ったことに対して何かしら繋がったという表情を浮かべた。
「ザーフィング侯って……実は諜報の専門家なんじゃないか?」
「ありえる」
「でさ……今回の件で俺たちはそれを知ってしまったわけだよな?」
「あ、あぁ……」
「ヤバくないか?今まで知られてなかったのに……知ってしまったことで俺達……
消されるという言葉に部屋に沈黙が降りる。
「は、ははは!! まさか!! そんなわけないだろう」
「そ、そうだよ!! そんなわけないじゃないか!!」
「はははは」
「大体、ザーフィング侯が諜報の専門家だとして、どうしてこんな表舞台に出てくるんだよ」
「そ、そうだよな!! そんなわけないよな」
「そうだよ! お前作家になれるぜ!!」
しかし、五秒ほどの間をおいて乾いた笑いが室内を満たした。文官達は周囲を見渡しながら乾いた笑いを発していた。
文官達が周囲を見渡したのは誰かが監視しているのではないかという恐怖を感じたことともし監視がいた場合には冗談であることにして、それを表に出すまいという意思表示であった。
「とりあえずさ、俺たちは今回の会談を報告書にしなければならないよな?」
「ああ、そのさいに議事録を提出することになるけど、そこで変に忖度するとまずいよな」
「でも、そのままというわけにはいかんぞ? もし……すまん」
文官が話の途中で同僚達に謝ったのは『口に出すなよ』という全員の視線を感じたからである。
「おい、これから報告文書でザーフィング侯の正体に気づいていませんよという内容と議事録との間に齟齬のないようにしなくてはならないな」
「ああ、確かにそうだ」
「徹夜になるな……」
「仕方ないだろう……」
文官達はそういうと報告文書作成に取り掛かった。
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