第49話 虎の尾を踏む④

 ジオルグのドスの聞いた返答にデミトル達は即座に返答できなかった。


「いいから渡せ!! 王太子殿下の命令だ!!」


 しかし、デミトルのお付きの一人であるカイルはすぐに下卑た歪んだ嗤みを浮かべるとジオルグに向かって傲慢に言い放った。

 それはあまりにも愚かな行為であった。ジオルグの態度は王太子殿下に向ける者ではないのは明らかなのにカイルはそのことに気づかないのである。

 実際にアイシャを始め、ロイやカインはジオルグから放たれる凄まじい殺気に身を振るわせた程である。


 しかし、デミトル一行はその震えを自分達の怒気によるものであると勘違いするとさらに調子に乗ったようである。


「早くしろ!! 王太子殿下に怪我を負わせたのだ!!」

「そうだ!! ありがたくも性処理係にしてやろうというのにその端女は感謝ではなく反抗したのだ!!」

「この無礼を貴様はどう償うつもりだ!!」


 三人は口汚くジオルグを責め立てる。


「そうか」


 ジオルグは静かに立ち上がる。


 デミトルはその行動にジオルグが謝罪するものと思い込んでいた。


 だが、そうではなかった。


 ジオルグは静かに跳躍すると執務の机に音もなく降り立つ。そして次の瞬間にデミトルへ向かって跳んだ。

 その様子は全くもって音がしないためにゆったりとした動きであったにもかかわらず誰も動くことができなかった。


 ジオルグはデミトルの横に降り立つと同時にクルリと一回転し、デミトルの顔面に裏拳を入れた。


 グシャという音が室内に響き渡る。


 ジオルグはそのままデミトルの胸ぐらを掴み上げるとそのまま壁に押しつけた。


「は…え?」


 壁に押し付けられた1秒後にデミトルの口から何が自分の身に起こったかがわかっていないようである。


殺せ・・


 ジオルグは静かに言う。その命令が発せられた瞬間にロイ、アイシャ、カインの三人が動く。


 まずロイがカイルの背後に回り込み口を手で塞ぐと同時に抜き放ったナイフを腹部へ突き刺した。


 カイルの表情に驚愕が、そして苦痛が浮かぶ。自分の身に何が起こったかを理解したのかも知れない。ロイは腹部に刺さったナイフをそのままにカイルの腕を取り、そのまま脇固めに移行し顔面を床に叩きつけた。


「あ……が……」


 床に組み伏せられたことで腹部に刺さっていたナイフが押しつけられる形となり、凄まじい苦痛をカイルに与えた。


 アイシャはザイルの目に指を突っ込むと眼窩に引っかけ、そこを起点に振り回し、足を引っ掛けて投げ飛ばした。そのまま手にしていたナイフで胸を刺し貫いた。アイシャのナイフは肋骨の間をすり抜けるとそのまま肺を刺し貫いたのである。


「が」


 アイシャはそのまま刺し貫いたナイフをグリッと捻って止めを刺した。ザイルは中に手を突き出すが力がフッと抜けたのだろうすぐに動かなくなった。


「馬鹿者が……」


 カインはロイとアイシャに小さく呟くとそのままデリスの胸ぐらを掴んだまま執務室の外に押し出すとそのまま壁に押し付けた。

 カインの手には既にナイフが握られており、そのままデリスの胸にナイフを突き刺す。カインはそれで止まることなく続けてデリスの喉、そして止めと言わんばかりにナイフで目を刺し貫いた。

 デリスは二、三度痙攣する。それは生命力を絞り出すかのような最後の行動に思われた。動かなくなったのを確認してカインはナイフを抜き取るとデリスはそのまま崩れ落ちる。


 デリスを始末したカインは執務室に戻ってくるとロイとアイシャへ視線を向けた。


「まったく、お屋形様の執務室を汚すとは熱くなりすぎだぞ」


 カインの苦言に対しロイとアイシャはバツの悪そうな表情を浮かべた。感情を優先してジオルグの執務室を汚したことに恥いったのである。


「よい。その程度のことは恥じる必要はない。だがカインの配慮は嬉しく思うぞ」


 ジオルグはデミトルを壁に押し付けたまま言う。


 ジオルグの言葉に三人は恐縮の体を示した。


「さて、アーゼイン」

「は、はい!!」

「この三人はザーベイルの手の者ではないのだろうな?」

「は、はい!! ザーベイルの者達ではございません」

「そうか。良かったな」


 ジオルグの言葉にアーゼインは頷いた。


(ザーフィング侯はザーベイルと揉めることは望んでいないわけか。考えてみれば当然か。もしザーベイルとことを構えるようになればザーフィング侯の失敗になるしな)


 アーゼインはジオルグの言葉をそのように判断した。ガルヴェイトの方針がザーベイル王国との友好関係を築くものであると言うのなら、ザーベイルの家臣を殺害したことは大きな負い目になる。これを衝けば有利な条件を結べるとアーゼインは考えたのである。


「もし、この三人がザーベイルの家臣であればジルヴォル王を厳しく糾弾せねばならなかった」


 しかし、ジオルグの次の言葉にアーゼインは自分がとんでもない間違えを犯していたことを知った。ジオルグはザーベイルとの友誼を結ぶことよりも家臣を守ることを優先する事の宣言するものだったのだ。


「ザーフィング侯……」

「運が良かったな。どうやらザーベイルを嫌いにならずに良さそうだ」

「は、はい。僥倖でございます」


 大量の冷たい汗を吹き出させながらアーゼインは絞り出すように言う。


「アイシャ、すまなかった。お前には辛い思いをさせてしまったな」


 ジオルグのアイシャを労わる声は優しいものの中にやや甘い・・響きが含まれている。


「い、いえ、私の方こそ嫌悪感が先立ち、ついデミトルを殴りつけてしまいました。もう少しでジオルグ様の計画を無駄にしてしまうところでした」


 アイシャはジオルグの言葉を自分を庇うためのものであると思ったのであろう。その表情は固い。


「まぁ、ジオルグ様もそうおっしゃってくださってるから、良いんじゃないか?それにさっきジオルグ様はこのクズどもが侍女達に手を出したらその場で始末するとおっしゃってたからお前を庇うための方便じゃないぞ」

「そうなの?」

「ああ、本当だ。アーゼインがここに予め呼ばれたことが何よりの証拠だ。もう見極めは終わってたんだよ」

「そうなんだ……」


 ロイの言葉を受けてアイシャはやや残念そうな表情を浮かべた。ジオルグが自分を庇ってくれたのはもちろん嬉しいのだが、それは我を忘れた故でないのではと思ったのである。


(ま……後で教えておいてやるかな)


 ロイはアイシャの様子を見て、先ほどのジオルグとの会話を伝えてやろうと思う。そのことをアイシャが知れば機嫌が良くなるのは間違いない。


「アーゼイン、運が良かったな」

「は?」

「もしお前がこいつらと一緒にいればまとめて始末していたところだ」

「ひっ!!」


 ジオルグの言葉に嘘はない。アイシャへの強姦未遂の場にいればまとめて始末されていたことをアーゼインは察した。自分の命は単に運が良かったから続いていることを理解すると戦慄せざるを得ない。


「ざ、ザーフィ……グ…貴様、こんな」


 デミトルがここでようやく声を出した。


 バギィ!!


 デミトルの言葉に対するジオルグの返答は拳であった。


「黙れ、今度許可なく喋れば殺す」


 ジオルグの言葉にデミトルは恐怖の浮かんだ表情で頷いた。


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