第47話 虎の尾を踏む②
デミトル一行がザーフィング邸に来て一週間がすぎた。
その間にデミトル一行の要求はだんだんエスカレートしてきていた。ジオルグはその様子を冷たく見ていた。しかし、それによってデミトル一行へ苦言を告げるわけではないので、調子に乗っていくのである。
「ふ……面白いように踊ってくれるものだ」
「ええ。ここまで調子に乗ると何か裏があるのではないかと考えるレベルです」
ジオルグの冷笑に対し、肩をすくめながらロイが答える。ロイの声にも呆れの成分が多量に含まれており、デミトル一行に対して敬意も何もあったものではない。
「それにしても
「デミトルが復権を果たしたらあいつらは爵位がもらえるとでも思ってるんだろうよ。私がデミトルに何も言わないことを都合よく解釈してるんだろうな」
「はぁ……ジオルグ様が言わないのを
ロイはまたしても肩をすくめていう。
「わざわざ増長するように仕向けてるんだ。綺麗に踊ってもらおうではないか。まぁ。綺麗というよりも滑稽に踊ってもらうから嘲笑の対象にしかならんがな」
「それもそうですね」
「それより、アーゼインはどうだ?」
「結論から言えばクロですね」
「ほう……」
「手鏡で何とか連絡を取ろうとしています」
「光の反射か……解析は?」
「ザーベイル軍が使っているものと
ロイの報告にジオルグはニヤリと嗤う。アーゼインは周囲の使用人達が
「さて、それではもう一つあるが、他の三人との連携は?」
「ありません」
「そうなると三人は純粋にデミトルの復権に人生をかけたというわけか」
ジオルグはアーゼインと他の三人が連携をとっていないことでデミトル側についていると判断したのだ。
「私もそう思っていますよ。アーゼインは他の三人と情報を共有していませんから、デミトルの復権により自分達が甘い汁を吸おうと考えているのだと思います」
「日頃の行いだな」
ロイの言葉にジオルグは苦笑してしまう。ロイはかなりの毒舌家なのだが、妙に邪気がないために嫌な印象を受けにくいのである。
「デミトルも哀れ……いや、惨めだな。処刑から助けてくれた連中の一人はジルヴォル王の手の者、他の者達は忠誠心などではなく自分が甘い汁を吸うためについてきているとはな」
「真実を知ったらどうなるんでしょうかね?」
「ここまでジルヴォル王に虚仮にされていれば恥を知る心があれば生きていけんだろうな」
「じゃあ大丈夫ですね。デミトルにそんな高尚な心はないと思いますよ」
ロイの言葉にジオルグは嗤う。今までの行動を見る限りデミトルには大望を抱き、民を率いることなど不可能でしかないという認識なのである。
「しかし、そろそろ許容範囲を超えそうな要望を出し始めてるのも事実です」
ロイはここで表情を引き締めて言う。
「確かにな……私の大切な部下達の尊厳を踏み躙るような要望を出し始めている」
「デミトルはアイシャに目をつけているようです」
「……調子に乗りすぎだな」
ロイの言葉にジオルグの声が一段下がる。そして本当に一瞬であるがジオルグの体から殺気が放たれた。
(お……よかったなアイシャ、お前の恋路は全く絶望というわけじゃないみたいだぞ)
「なんだ?」
「い、いえ!! 何でもありません!!」
ジオルグの言葉を受けてロイは背筋を伸ばして慌てて返答する。ジオルグもこの手の揶揄に対して断固たる態度で臨むのである。もちろん、ジオルグは配下を折檻するようなことはしないのであるが、訓練で痛い目をみることになるのがわかりきっているのである。
「まぁいい。私は部下達をあの者達に性的な奉仕をさせるつもりは一切ない。もし、そのようなことをすればあの連中はその場で処理する」
「はい」
「もちろん、お前達もだ。もし命に関わるようなことをあの者達が行えば同じように処理するつもりだ」
ジオルグの言葉にロイは頭を下げる。頭を下げたロイの表情には歓喜の感情が浮かんでいた。自分達の主人が自分達の身を案じていることを喜ばずにいられない。
「さて、ロイ」
「はい」
「アーゼインと話がしたい。連れてきてくれ」
「しかし……よろしいのですか?」
ロイはアーゼインを連れてくることでデミトル達が不審に思う可能性が高いからだ。
「ああ、見極めは済んだと私はみる。アーゼインには仕事を頼みたいことがあるからな」
「仕事ですか?」
「ああ、大切な仕事だ。現時点ではアーゼインにしかできないことだ」
「わかりました。少々お待ちください」
ロイは一礼すると部屋を出ていく。
程なくロイに連れられてアーゼインが姿を見せた。
「ザーフィング侯、一体何の御用ですか?」
アーゼインは自分一人が呼ばれたことに少しばかり警戒しているようである。その様子を見てジオルグはにこやかに嗤う。
その嗤いを見た時にアーゼインはビクリと身を震わせた。
(な、なぜ悪寒がする? 何だこの威圧感は)
アーゼインは自分が身を震わせたことに驚いていた。ジオルグの声も表情も穏やかであり、身を震わせる要素など一切ないはずなのに震えてしまったからだ。
トン、トン、トトトトトン……トトト、トントン
ジオルグが机をトントンと指で数回叩く。
(ま、まさか……。な、何故……?)
ジオルグの机を叩く音の調子にアーゼインの心の中に驚き、恐怖などの理解不能な感情が渦巻いた。
「おや?聞き逃したのか?仕方のない奴だ」
トン、トン、トトトトトン……トトト、トントン
ジオルグはそう言うともう一度先程と同じように机を指で叩いた。それはたまたまではなく意味が分かっている上で机を叩いたことを示している何よりの証拠であった。
「な……なぜ…ザーフィング侯……」
アーゼインは震える声でジオルグに尋ねた。
「それで返答は?」
ジオルグはそう言って嗤った。
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