第46話 虎の尾を踏む①
ザーフィング邸に戻ったジオルグはすぐにデミトル一行を出迎える準備を整えた。
前日にアルゼイス王と話はついていたので準備は元々ほとんど終わっていたのである。
御前会議を終えたジオルグはザーフィング邸に戻り、準備が整っているのを確認してから、王城へと使いを出してデミトル一行を出迎えたのである。
「ようこそいらっしゃいました。デミトル=ガルム=ギルドルク殿下、大願成就まで当邸にてゆるりとお過ごしください」
ジオルグはそう言ってデミトル一行を出迎えた。ジオルグの背後には部下達が並んでいる。
「ふん、見窄らしい屋敷だな」
デミトルは不機嫌そうな態度でジオルグに返答する。これから世話になる者に対して使うべき言葉ではない。ザーフィング邸は決して華美ではない。だが、決して見窄らしいというわけではない。質実剛健を旨とするザーフィング家の家風に沿った屋敷なのである。
その家風がザーベイル家と重なり不機嫌となったのである。そして王城ではなく一貴族の屋敷に逗留することがデミトルにとって軽んじられているようで不愉快なのである。
(なるほど、アホウだな。ジルヴォル王はこのアホウをどのように扱うかでこちらを測るつもりか?)
ジオルグは失望などしない。元々、デミトルに何も期待などしていない以上、失望などするはずもないのだ。
ジオルグは申し訳なさそうに一礼する。その姿に部下達はギリッと奥歯を噛み締める。保護を受けている立場でありながら、この無礼な態度である。まして自分達の主人であるジオルグを侮辱されたのだ。面白いはずはない。
「それではご案内いたします」
ジオルグはクルリとデミトル達に背を向ける。すると部下達は沸き起こった怒りが急激に収まっていく。
なぜならジオルグの表情を見てのだ。ジオルグの表情は明らかにデミトル達への嘲の表情が浮かんでいたのだ。
(ジオルグ様はこいつらを
(見極めが終わり次第動くということね)
(
(早く見極めねばな……ザーフィング邸が穢れるというものだ)
部下達はその心情を表面に出すようなことはしないが、ジオルグにはその心情が即座にわかる。それは目を見たらわかるなどというようなあやふやなものではなく、部下達の指の動き、髪を触る仕草などは合図であり、それにより心情を受け取っているのである。
ジオルグが先導し、それにデミトル一向が続く。部下達はそれを一礼して見送る。
通された部屋はジオルグの執務室である。
「どうぞ、おかけください」
ジオルグの勧めに従い、デミトル一向は席に着く。
ドカッという表現であり、ジオルグを明らかに見下している雰囲気である。
「さて、デミトル殿下の側近であるあなた方のことを知らないので、名乗っていいただけるかな?」
ジオルグの言葉にデミトルの側近と呼ばれた四人が尊大に頷いた。
「私はデリス=ファーマイスだ。エルメンタス侯爵に仕えていた」
「アーゼイン=マクライン。ハーデング伯爵の部下でした」
「カイル=ミューノルト。ガルスマイス公爵邸で警備隊長をしていた」
「ザイル=アクリスだ。リュノード伯爵に仕えていた」
四人の自己紹介にジオルグは頷いた。
「さて、それでは大願成就のために当邸に逗留してもらうことになすのですが、殿下には外部との接触を絶っていただく」
「な、なぜだ!?」
ジオルグの提案にデミトルが声を荒げた。ジオルグは一行を見渡してから柔らかい表情を浮かべて返答する。
「デミトル殿下は大変危険な状況にございます」
「危険だと?」
「はい。ジルヴォルは当然ながらデミトル殿下を血眼になって探しております。目的は当然ながらデミトル殿下を捕らえ処刑することです」
「く……」
「既に国内にはいないと判断して国外に探索の手を伸ばしても不思議ではございません。もし、ここにデミトル殿下がいることがわかればジルヴォルは間違いなく刺客を送り込んでくることでしょう。そうなれば守り切れるとは思えません」
「どれほど……ここにいれば良い?」
デミトルの苛立つ声にジオルグは心の中でせせら笑う。しかし、その思いを全くジオルグは全く表面には出さない。
「それほど長い時間はかかりますまい。我が王も友好関係を築くためにはデミトル殿下が必要であると申しておりましたゆえ、現在準備を進めているところでございます」
ジオルグはそう言って一礼する。
「もちろんデミトル殿下だけでなくそちらの四人も外部との連絡をとられては困る。理由はデミトル殿下の安全のためです」
ジオルグの言葉に四人は顔を見合わせるが、渋々ながら納得したようで頷いた。
「ご納得していただいてくれたようでありがとうございます。それでは皆様方をお部屋にご案内しましょう。おい」
ジオルグの言葉にライドは一礼するとデミトル一向は立ち上がった。ライドに案内される形でデミトル一向は執務室を出て行った。
一向が出ていったところで、カインが声をかける。
「お疲れ様でした」
「ああ、全く……アホウの部下はやはりアホウだな」
「はい。いくら何でもあのような
カインの声の温度は氷点の遥か下である。
「ふ、どうせ長い命ではないのだ。それまでは寛大な心で接してやろうではないか」
「そうはいっても屋形様も一瞬ですが目を細めましたよ」
「流石に爵位を持たぬものからあのような尊大な物言いをされればな」
「御意」
「カイン、皆に暴発せぬように言い聞かせておいてくれ。接触は最低限にしておけ。さもないと暴発するかもしれんからな」
「は」
ジオルグの言葉にカインは苦笑まじりに返答する。
「屋形様はジルヴォル王の手の者が誰か当たりをつけたのですか?」
カインの問いかけにジオルグはニヤリと凄みのある笑みを浮かべた。
「私の見立てではアーゼイン=マクラインだな」
「理由を伺っても?」
「彼の口調のアクセントにはやや違和感があった」
「違和感ですか?」
「ああ、印象にすぎんが意識して口調を作っているような感じがした」
「……」
「それに外部との接触を禁じた際に一瞬であるが動揺を示した」
「では……?」
「ああ、アーゼインだけは監視に隙を作れ。外部と連絡を取ろうとするかもしれん」
「承知いたしました」
「さて、それではデミトル殿下には最後の時までごゆるりと過ごしてもらおうではないか」
ジオルグはそう言って嗤う。
それは猛獣が獲物に向ける嗤みであった。
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