第27話 侯爵は報復の刃を振るう⑤-1

 処刑当日、私は処刑台の横に設けられた席に腰掛けてその時を待っている。


 私の両隣には、カルマイス子爵となったアルガス、エディオル子爵となったカーマインであるが、表情は暗い。これから自分達の目の前で何が行われるのか当然知っており、恐ろしさに支配されているのだ。


 アルガスは十三歳、カーマインは十歳だ。このような年齢で人の死を見せられるのはかなりの精神的苦痛を伴うだろうが、私は配慮をするつもりはなかった。敢えて、処刑を見せる事で私への恐怖心を植え付けるためだ。


 さりげなく視線を動かすと処刑台の一番前にレオンが青い顔をして立ってる。両隣にウォルターとカインが立っているのは、逃亡を阻止するためだ。


 しばらくして、遠くから醜く喚き散らかす声が近づいてくる。


「ふ……どこまでもこちらの思惑通りに踊ってくれるものだ」


 私のつぶやきが両隣のアルガス、カーマインの耳に入ったのだろう。こちらを伺うように見る目に怪訝なものが含まれている。


「ジオルグ様」

「なんだ?」

「ジオルグ様の思惑とは……一体なんですか?」


 アルガスが明らかに恐れの含まれた声で問いかけてくる。自分だけでなく家が私の判断で次の日にはなくなってしまうのだからこの恐れも当然だ。


 その意味ではアルガスは自分の立場を分かっていると言える


「あの二人にはどこまでも無様に最後の瞬間まで送ってもらうのが、一番私にとって都合が良いのだよ。その理由くらい自分で考えたらどうだ? カルマイス子爵殿

「くっ……」


 私の言葉にアルガスは悔しそうな反応をする。まぁ私の思考を理解出来るのは同類だけだ。アルガスもカーマインも本来であれば、爵位を継ぐのはまだまだ先だった。そのためのに貴族として生きるための実力が圧倒的に足りていない。

 

「エイス殿のような人材はそうはいないな」


 私の言葉は小さかったが、アルガスの耳には入ったようだ。それをビクリとした雰囲気から私は察した。

 どうやら自分が格付けがエイス殿より下に置かれたことを、生意気に悔しがっているようだ。私に言わせればエイス殿と比較にすらならないのだが、狭い世界でしか生きていないアルガスにはわからないだろう。


 そして、二人が喚き散らしながら処刑台に連れてこられた。


「放せ!! 私を誰だと思ってる!!」

「放しなさい!! この無礼者!!」


 引きずられながらガーゼルとアルマダが処刑台に立たされた。引きずってきた者達が私に視線を向けると私は立つとそのまま処刑台へと上がった。


 私の姿を見たガーゼルとアルマダは、私に跪いた。


「ジオルグ、頼む!! 私達は反省している。だから処刑など止めてくれ!!」

「ジオルグ、私達は反省しているわ!! この通り謝罪するわ!!」


 媚びを売るような二人の謝罪は私の心に何ら慈悲の感情を呼び起こすものではない。私は二人の謝罪を無視して、受け取った書状を読み上げることにした。


「前ザーフィング侯爵代理ガーゼル、並びに妻アルマダ。先のザーフィング侯爵であるエルフィルを毒殺した罪により死刑とする。この判決は先の王都にあるザーフィング邸で行われた裁判により出されたものである。貴族は国の司法によって裁かれるものではあるが、このジオルグが正式にザーフィング侯爵を継承したことで、代侯の地位を失い。それに伴いガーゼル並びにアルマダはザーフィング侯爵家から籍を抜いてあり、貴族籍にはない。つまり、両名は現時点で平民であり、ザーフィング侯爵領の領民という立場にある。ザーフィング侯爵である私には、領民の裁判権が認められているのは明らかである以上、両名を裁く正当な法的根拠がある」

「そうだ!! ご領主様は正しい!!」

「そうだ!!そうだ!!」

「前侯爵様を毒殺だと!! 外道が!!」


 私の宣言を聞いた領民の中から怒りの声が上がり、それがどんどん大きくなっていく。

 

 もちろん、この領民の声は自発的に発せられたものではない。闇の魔人衆ルベルゼイスを群衆の中に紛れ込ませ、民衆を煽ったのだ。母上は善政を敷いており、領民の評判は良かったのだ。対して、ガーゼルはそうではない。領民のために使うべき税を自分達の楽しみに流用しており、領民達の不満は燻っていたのだ。そのような状況であっても、それでも口火を切ってガーゼル達を罵ろうというのは勇気がいるものなのだ。その不満にちょっと火種を与える役目を闇の魔人衆ルベルゼイスに命じていたのだ。


「なお、両名の処刑について国王陛下の裁可もいただいている」


 私はそう締めくくるとガーゼル達に視線を向けた。


「ジ、ジオルグ、お前は実の父を殺すというのか!!」

「謝るわ!! 心から反省してるの!! だから処刑なんかしないで!!」


 ガーゼル達は先ほどよりも哀れな声をあげながら私に嘆願してきた。しかし、この場において誰も二人の助命を願う声はない。当然ながら私も取り合うようなことはしない。

 これが今までやってきた二人の人生の軌跡だ。反対意見が出ないのは、反対意見を言うことのメリットがないからだ。別の表現をいうならば救う価値を見いだしてくれる者がこの二人にはいないのだ。


「レ、レオン!! 話が違うではないか!! ジオルグは処刑を迷っていると言ったではないか!!」

「そうよ、あなたが言ったじゃない!! 何とかしなさいよ!!」


 私が完全に無視しているので、矛先をレオンに向けた。当然ながらレオンとすれば二人を救うことは出来ない。それどころか発言次第で命を失う危険があることを、さすがに学んだために苦しそうな表情を浮かべるが、返答することはしない。


「レオン!! なぜ黙ってる!!」

「ジオルグ!! あなたは実の父を殺すなんて人でなしよ!!」

「ジオルグ!! 頼む!! 許してくれ!! 助けてくれ!!」

「レオン!! 早くジオルグに助命を!! そんな話だったじゃない!!」


 醜く喚き散らしている二人を私はニヤリとしたみを浮かべながら黙ってみている。ここで喚いている内容により、私が二人に苛烈な刑を処す事に対して根拠を与えることになるのだ。


「おい、椅子を持ってきてくれ」


 私は二人を窘めるのではなく、ロイに椅子を持ってくることを指示した。ロイはすぐに私の命令通りに椅子を処刑台の上にもってくると私はそれに腰掛けた。肘掛けに肘を置き、二人の喚く姿を見物することにする。

 私の態度に二人は私に攻撃を向けてくる。


「貴様!! 何だその態度は!!」

「あなたには人の心がないの!!」


 二人は私に向かって喚き散らしているが、私は当然のごとく無視した。私は二人を家族どころか人間とすら見なしていないので、何を言われても何ら痛痒を感じないのだ。


 処刑台の上で行われている二人とのやりとりに領民達は戸惑っているようであったが、私が調子を一切崩すことなく冷笑を向けていることで、だんだんと失笑がガーゼル達に向けられるようになってきた。


「く……アルガス!! カーマイン!! お前達からもジオルグに何とか言ってくれ!!」

「レオン!! あなたは何をしているの!!」


 私にいっても埒があかないと思った二人は再びレオンやアルガス達に対して矛先を向けるが、相変わらず答えることはなかった。


 それから五分ほど喚き散らしていたが、まったく反応がないことにだんだんと声が小さくなっていく。


 二人の勢いがなくなったところで、私は立ち上がると再び口を開いた。


「さて、諸君。この二人の醜い所行を見ただろう。この二人は自分の罪に全く向き合わず、ただ自分が助かるために減刑を求めた。しかも自分達を処刑することが悪であるかのような言い分を展開している。まったくもって理解不能だ」


 私は二人を相変わらず無視して領民達に視線を向けた。


「諸君!! 血族というだけで罪を減じることができるのか? そのような不公平を認めるのが正義か? 答えは断じて否だ!! 増してこの二人の醜い態度のどこに罪を減ずる理由がある!?」

「そうだ!!」

「見苦しいにもほどがある!!」


 私の言葉に領民から声があがる。今回の声は、作為的なものではなく領民からの自発的なものであった。


「この二人の態度を見れば自らの罪を悔いているとはまったく思えない。このような者に与える罰は苛烈なものにせざるを得ない!!」


 私は心の中でニヤリと嗤い宣言する。


「よって二人を腰斬の刑に処す!!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る