スリーデイズ・フリーキー・フェスタ

工藤 みやび

序章

1 AUWBの相澤という男

AUWBオーブです。ちょっとお話伺いたい」

 大学構内で新入生向けのサークル勧誘を受けていた野々宮ののみやようは、横から突然かけられた第三者の声にびくりと肩を震わせた。見ると、巨大なプラカードを肩に立てかけた男子学生が、自分と勧誘者――廊下の真ん中で陽を足止めし、チラシを見せながらあれこれとしつこく説明していた――の真横に立っている。

「まず、サークル名から聞かせてもらっても?」

 オーブと名乗った男子学生はにこりともせず、陽を勧誘している男をじっと見上げた。身長はそんなに高くないのに、射すくめられるような威圧感を醸し出している。相手を見据える視線のせいか、それなりに肩幅があるからか。

「な、なんだよ。ただのイベントサークルの勧誘だよ。チラシもほら」

 それまで陽を勧誘していた男が、若干の動揺を見せながらチラシを差し出す。AUWBの男子学生はそのチラシに一瞥もくれることなく、話し続けた。

「大学構内で、外部のサークルが勧誘行為を行っていると報告があった。それも数件」

「へ、へえ……」

「学内で勧誘行為をしていいのは所属学生だけだ。学生証を見せていただいても?」

「た……ただの学生がなんの権限を持って学生証の提示を求めるんだ!」

 勧誘男が強気に出るが、男子学生は怯まない。「AUWB」と大きく書かれたプラカードがゆらゆらと揺れる。AUWBってなんだろう。

「ただの学生じゃない。AUWBだ。お前さてはもぐりだな」

 だからAUWBってなに。陽だけじゃなく、勧誘男もそう思ったはずだ。意味のわからないアルファベット四文字を強調され、やや押されている。

「大学総長の名において要請する。学生証の提示を。ここで、今」

 面倒な男に絡まれたと悟ったのか、勧誘男が脱兎のごとく逃げ出した。追いかけるかと思ったが、男子学生は男が逃げて言った方向を向いてふん、と鼻を鳴らしただけだった。仕事としてはここまでらしい。

「――もしかして今、助けられました?」

 陽がようやく口を開いて尋ねる。勧誘されてからずっと相手に喋られっぱなしだったせいか、久しぶりに声を出したような気がした。男子学生が答える。

「新歓の時期に新入生をマルチの勧誘から守るのも、うちの仕事だからな」

「え、マルチの勧誘だったんですか」

「多分な。面倒なバックがついてるが、なかなか根っこを叩くのは難しい」

「根っこ……」

「新入生クンも気をつけろよ。大学にはいろんな奴がいるんだ」

 プラカードを見上げてみる。でかでかと「AUWB」と書かれた下に、きちんと和名が掛かれているのがわかった。


『大学公認 学内イベント支援サークル』


「なにしてるサークルなんですか?」

 学内をうろうろしている間に、陽はたんまりとサークル勧誘のチラシを受け取ってきた(勝手に渡されていたとも言う)。テニスサークル、歴史研究会、三味線同好会、考える会という謎サークルまで、様々に。しかしこのサークルは、これまでチラシをもらってきたどのサークルとも違い、少し大学側に寄ったというか、仕事的な側面が見えるサークルだった。陽はプラカードを見上げたまま、目の前に立つ無骨そうな先輩に尋ねる。

「興味あるのか」

「いや、まあ――」

 否定はしない旨を暗に伝えると、男子学生はプラカードの裏側に手を伸ばした。見ると、文字が書いてある側の反対にクリアファイルが貼り付けてあり、中にチラシが複数枚収納されているのがわかった。機能的だ。

 男子学生は陽にチラシを一枚渡すと、「えーと」と前置いて簡単な説明を始めた。

「まあ、名前通りのサークルだな。大学で開催されるイベントの手伝いをする、一種のボランティアサークル……たとえば、オープンキャンパスの準備や当日の運営、学祭の見回り、その他大小問わず様々なイベントのスタッフ」

「大変そうですね」

「まあな。でも、どのボランティアサークルもそうだけど、就活で使える経験になるぞ」

 就活、という言葉に陽はぴくりと反応する。手応えを感じたのか、男子学生も「おっ」という顔をした。

「なんだ、今から就活のこと考えてるのか」

「……ええっと」

 陽は口ごもった。高校時代にかなり勉強を頑張ってこの大学に入ったのも、確かに安定した将来のためだったが、見ず知らずの先輩にそんなことを話す理由はない。

「まあ、そんなところです……」

「ふーん、計画的だな」

 男子学生は大して興味もなさそうにそう言うと、陽の持つチラシの「三〇八」と書かれた箇所を指差し、説明し始めた。

「基本的な活動場所は、サークル棟の三階、三〇八号室。学内でイベントがあれば集まって会議するけど、暇なときには特になにもしてない。勉強しててもいいし、飯食っててもいいし、なにもしなくてもいい」

「自由なんですね……」

「自分たちで仕事を作るサークルじゃないからな。暇なときは本当に暇なんだ。えーっと……」

 男子学生はチラシから陽の顔に視線を移すと、なにかを言い淀んだ。名前を知っておきたいのだろう。陽は「野々宮です。野々宮、陽」と訊かれる前に回答した。

「野々宮――クンね。二年生の相澤大樹あいざわたいじゅだ。新歓期間はここらへんで仕事してるかサークル室にいると思うから、気が向いたら是非」

 相澤はいかにも言いづらそうにクン付けすると、そう言い残してプラカードをふりふり歩きだした。

 陽は再び手元のチラシを見下ろしてみた。フリー素材を多用した、工夫の欠片も見られない、ただのチラシだった。しかし陽はそれを四つに折りたたむと、鞄の外側のポケットにしまい込んだ。

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