ノスタルまジック
落葉ほたる
第1話 その1
「老後は猫になりたいな」
「来世じゃなくて?」
何気なく呟いた適当な願望に、麗奈がまっとうな指摘をしてきた。
確かに普通ならそうかも。でも私は別に、明日猫になったとしてもかまわなかった。悔いが残るとすれば本が読めないことと、音楽をイヤホンで聞けないことと、今みたいにこうして部室で麗奈と駄弁ったりできなくなることくらいか。
うん。悔いは山ほど残りそうだ。でもそれはこの際あまり問題じゃないのかもしれない。私はこの世界のただの傍観者でいられるという点で、猫に憧れているのだと思う。誰にも邪魔されず、地上より少し高い屋根の上で、外で起こる様々なことをただ眺めている。そんな、まるでエンドロールが終わった後のような、代り映えの無い生活がしてみたいんだと思う。
山あり谷ありの人生は、私には向いていない。
道が平らな方がきっと、疲れることも無いし、揺れた拍子に大事な何かを落としたりもしないだろう。
「なんていうかさ、自由って感じがいい」
我ながら酷い要約だ。気持ちを言葉にしようとするといつもこうなる。そのせいで他人の中で、別の「私」という人格が作られていく。要するに誤解されていく。私のことを等身大に近い印象で見ることができているのは、きっと麗奈だけだろう。
もちろん秘密にしていることはあるけど。
「でも老後のおばあちゃんも、結構自由なんじゃないかな」
「…たしかに」
その通りかもしれない。でも、「老後に猫になる」というとっさのアイデアをかなり気に入ってしまったのでもう少し粘りたいところだったが、「おばあちゃんって何かと大変なのかも」と言おうとしたとき、私は猫の大変さを一切知らないことに気が付いた。
猫だって、私が知らないだけで凄く苦労しているのかもしれない。意外と生きることに必死なのかもしれない。
そこでようやく私は、この叶いもしないであろう野望におとなしく諦めをつけることができた。
「この猫さんたちは何歳なんだろうね」
机に並べられた数枚の猫の写真を見ながら麗奈が言った。
私たちが探している猫。正確には、つい先ほど私たちが探すことになった猫。
午前中、土曜日だからと商店街を麗奈と二人で見てまわっていた際に、魚屋のおばちゃんから依頼を受けた。
いや、これも正確にはおばちゃんが「いつも近くのえさ場に顔を出す猫ちゃんたちがいるんだけどねぇ、最近何匹か見かけなくなっちゃった子がいて心配なのよぉ。まあ心配することじゃないのかも知れないけど。もし時間があったらちょっと調べてみて欲しいの。あ、暑いでしょう、ジュースいる?」みたいなことを言ってジュースをくれた。じゃなくてお願いされた。
その一件を私たちは、この「解決部」への依頼として調査することにした。
この部の活動は完全にボランティアなのでお金が関わったりするわけではない。
故にこのような形で、みんな手伝いを頼むような感覚で気軽にお願いしてくる。ジュースとかくれるし。
この活動は好きだけど、いい加減この「解決部」という名前を何とかしたい。
この部は私と麗奈が小学一年生のときに二人で設立した部で、名前もそのとき二人で付けた。小学三年生の夏ごろに「かいけつぶ」から「解決部」になった。かっこ悪いから変えようと麗奈に何度か提案したことはあるけど、その度に「可愛いじゃない」と言われ、麗奈が気に入ってるなら、と未だにそのままにしている。部員は設立時から今に至るまでずっと私たち二人だけだ。
「今もまだ索敵魔法使えたら楽だったのにね。みっちゃんは何歳まで使えたの?」
「ん?さんてきまほー?」
ずっと昔に麗奈が言い間違えて言った言葉だ。多分「索敵」と「散策」辺りが混ざったのだろう。今思えばどっちもあまり似てない。
「もう、みっちゃん!」
麗奈の白い頬が薄く染まりながら膨らむ。可愛い。こんな人口の少ない離島の中学校じゃなくて、ちゃんと都会の学校に通っていれば、きっと彼氏の一人や二人や三人や四人や五人。なんか腹が立ってきた。もうよそう。何の話だっけ。そうだ索敵魔法。
「ごめんって。そうだな、私も中一くらいにはもうほとんど使えなかったかも。今じゃ落としたペンのキャップをギリギリ探せるくらいだよ」
「ふふ、じゃあ今回は地道な調査だね。探偵さんみたい」
「うまくいく気が全くしないんだけど」
そう、私たち二人は。
椎名水織と清水麗奈はかつて、魔法少女だった。
そして解決部は、私たちの力を活かすための部活だ。
いや、それももう「だった」と言った方が正しいのかもしれない。
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