明けない夜の国

@enomoto321

第1話 Sのプロローグ

 年季の入ったとても上等とは言えないみすぼらしい馬車の荷台、幌の破けた箇所から緑色の景色が微かに流れていく。

碌に整備されていない道をオンボロの馬車でかれこれ3時間程進んだだろうか、ありえないくらいの快晴の中を数十台の馬車が駆けていく。


熱と埃のこもった荷台の中のさらに木の檻の中、体育座りしていた膝を崩し少しでも負担の少ない姿勢を模索する。額から滲んだ汗が体を伝い乾いた木の板の色を変色させる。それを黙って感じながら暑さと痛みを誤魔化すために私は周囲の音に耳を傾けた。


聞こえてくるのは馬車を引く荒々しい馬の息使いと野太い男たちの陽気な声。


所謂、キャラバンとでもいうのだろうか。


商品を積み町や村々を巡り生計を立てる商売人の一団。


風にそよいだ垂れ布から後ろの馬車の様子が見えた。いかつい人相の御者とその荷台に乗せられた手枷を付けた人々、足を組み替える余白すら与えられずに詰め込まれた人々は顔から精気が抜け落ちまるで泥人形のような表情をしている。


長い間水を与えられていないのだろう、唇が乾燥し流す汗も出ていないようだ。全員がこの世の終わりの様な顔をしている。


いや、実際に終わりなのだろう。


なんせキャラバンが扱う商品は奴隷だ。


そんな物騒な商品を扱う商人達から盗み聞きしたところによると捕まった彼らは片道1か月はかかる遠い国の元国民らしい。

元というのも捕虜としてとらえられた後すぐに国は戦争に負けこのキャラバンに二束三文で売り飛ばされたそうな。


彼らの扱いに比べれば奴隷という同じ立場にあれど私のほうが待遇はよっぽどましといえる。


私の乗る馬車はキャラバンの食料や日用品を乗せており本来は人を乗せる荷台ではなかったらしい。しかし、キャラバンのリーダーが私が衰弱するのを嫌い特例でここに収まったのだ。そのおかげで檻の中とはいえ体が痛んでもある程度は体勢を変えられる自由がある。人がいない分暑さも幾分かましだ。


別にキャラバンのリーダーが私に惚れたとか私が亡国の姫だとかそういうロマンチックな背景が理由で特別扱いを受けているわけでは決してない。




 私が捕まったのまだ日が昇る前である。

つい昨日までは確かに私は日本という国の会社員をしていてバカみたいな残業を毎日のように繰り返し、深夜帯の顔馴染みの店員と阿吽の呼吸で弁当を購入、オンボロアパートへの帰路を歩いていたはずなのだ。

しかし、連日のデスマーチの影響かぼうっと歩いていたところいつの間にか鬱蒼とした森に迷い込んでいることに気が付いたのだ。


サバイバルはおろか、キャンプなんてしたことすらない女が一人、木々の中に光が見えノコノコと出向いたのが運の尽き。


光の正体は野営をしていた奴隷商の焚き木だったというオチだ。


向こうからすると突如闇の中から異様な格好をした女が突如として現れたわけである。


当然、見張り番が驚き悲鳴を上げたところ仲間が大量に出てたため危機感を感じる間もなく取り押さえられ、私は晴れて奴隷へとなり下がったのだった。


その時に彼らが日本語ではなくほかの言語を扱っていることを知ったのだ。

なぜだかその言語は理解できるらしく喋ることもできる、不思議なことだが回らない頭で考えても答えは出なかった。


彼らは(よくよく見ると少ないが女性もいる)堀の深いいかつい顔に褐色の肌、丸太のような腕には不思議な模様のタトゥー、腰に携わったサーベルは日本ではなかなか見られない。


そんなこんなで我ながら冷静に、取り押さえられながらも観察していると私の周りの誰かが小さく「まさか…異世界人…?」とつぶやいた。


途端、その困惑は瞬く間に彼らに蔓延した。


しばらくすると団長と呼ばれる男がやってきて強引に私の顎をつかみ「出身は?」「年齢は?」当の質問のあと「服を剥いで奴隷服を着せろ。予備の簡易檻に入れておけ、この女は高く売れる」といい放ち部下にそう命じた。


服を剥ぐとはいったものの私のレディーススーツも売れると判断したらしく見張りのために私を取り押さえていた男と40代ほどの不愛想な女の人が監視に立った。

いくら質問しても「早く脱げ」としか言わず下着まで奪い取られた、挙句にその見張りの男に裸を見られた。


最悪。


そのあと四辺の汚い布に頭と手を通すための穴があけられた服を渡され同じように目の前で着せられた。

これが先ほど聞いた奴隷服らしい。

目の前で着替えさせられた事以外は存外丁寧に扱われることに拍子抜けをしていた所、どうやら団長と呼ばれた男が命令で緊急時以外は私に手を触れるなといった指示を出していたらしく団員は忠実に従っているようだ。


その調子で法にも従ってほしい。


なので、最初の拘束以外で乱暴をされるようなことはなかった。


ジュネーブ条約万歳。

いや、まぁ、保護なんかじゃないけど。


そののち薪のそばにいつの間にか設置されていた木製の檻の中に入れられ、団員に交代で火の番と同時進行で監視された。


途中、下種な言葉をかけられたがどうせ触れないのだからと眠ったふりで無視をした。


ただ顔は覚えた。

あの金髪のソバカス男。絶対許さない。

多分、見習のくせに覚えておけ…。


そしてすぐに夜が明け夢ではなかったことに絶望しながら与えられたぼそぼそのパンと少し濁った水を与えられ今に至る。

よこで私のコンビニ弁当が火にくべられた際は声を出してしまいそうになったがすんでのところで飲み込んだ。


 昨夜、監視たちの話を寝たふりをしながら聞いていると、団長とやらは私のことをギリギリまで高く売りたいらしく、その証拠に私の手足に拘束具がつけられていない。


痣がつくことを恐れているのだと金髪のガキの次の見張りが彼にそうぼやいていた。

それだけが幸運だがその分、より監視も厳しくなるだろう。


馬車の荷台に檻ごと乗せられる際、初めて他の奴隷を見た。

その死んだ表情を見れば奴隷として生きるのは辛いという認識はやはり間違ってないようだ。


試しに御者に奴隷ってどんな扱いなのか聞いてみたところおぞましい答えと下卑た笑みが帰ってきたため記憶をシュレッターにかけ聞こえなかったことにし固く逃げ出す決意をした。


 そんなこともあって最初はすぐにでも逃げ出そうとしていたのだが、森の中では私の乗る荷台の周りに団長自ら監視として馬に乗ったため断念。

草原では逃げ出したとしてもすぐに捕まってしまうので最終的に脱出するのは私を売るタイミングの一瞬の隙を見て逃げ出すことにしよう。


それまではおとなしく、従順に、、、。


そうして今に至るわけだけど本当にギリギリまでは確かにそう思っていた。





 馬車が草原に入り数時間がたった頃、異変が起きた。幌の向こう側が突如として慌ただしくなり馬車が急ブレーキをする。

檻の中で体制を崩し、ぶつけた頭を押さえながら周囲の音を拾う。


男たちの叫び声と獣の咆哮が聞こえたかと思うと衝突音や殺気に満ちた声が馬車の進んでいた方向から聞こえだした。


「おい‼右翼隊は何してたんだ!」


と大きい声が聞こえたかと思うと

「団長がやられた‼」

「馬鹿!魔法隊を早く集めろ‼」などの慌ただしい声が幌のすぐ外を行き交う。

状況を察するに団長と見張りの騎馬隊?が何らかの襲撃を受けて死亡。


キャラバンは指揮官を失い混乱状態といったところだろうか。

(これは、チャンスなのでは?)


考えるが檻の中ではどうすることもできない。どうしたものかと思考を巡らせていると乱暴に垂れ幕が開けられた。


そこには昨夜、私に檻の外から下種な言葉を投げつけた金髪とそばかすが特徴のまだ幼げな見習い商人がにやけた顔で立っていた。


見習い商人は私の体を不躾に舐めるように見ると外の喧騒を気にも留めず檻の錠を開け始めた。


開いた瞬間に私は飛び出し逃げ出そうとするが私よりも力の強い見習い商人に押さえつけられあっという間に手枷を付けられてしまった。そのまま引きずられるように荷台から降ろされ近くに繋がれていた一頭の馬に雑に乗せられてしまう。


その間、見習い商人はしきりに

「これで!これで!オイラも大金持ちだ‼」

「ざまあみろ糞野郎共‼」

と呟いており正気ではない眼をしている。


これは私の予想だけど、


この見習い商人は見張りをワザと怠り団長を嵌めてこの混乱を作り私をもってトンずらするつもりなのではないか?


見習い商人は私を乗せた後、すぐに馬を喧騒の反対方向に走らせ一目散に元仲間たちから距離をとる。


見習い商人に抱えられるまま後方に目をやると騒動の原因が姿を現した。


そこには蛇の体にカエルのようなイボだらけの頭の巨大な怪物が大暴れしていたのだ。


(・・・なにあれ)


目を見開き驚愕していたところ蛇蛙を突如として炎が襲う。


そういえば団員が「魔法隊」といっていた。


視線を炎の出現位置からやや離れた場所に移すとそこには5~6人ほど長い杖の様なものを構えている集団がいる。


きっとあれが「魔法隊」なのだろう。


何度目になるかわからないほどのカルチャーショックの中でも一際大きい衝撃を受けた。


遠ざかる景色の中で戦闘は「魔法隊」の到着により商人達に優勢が大きく傾いていた。

すぐさま事態は沈静化するものと思われる。


見習い商人の男はそんな元仲間達を一度も振り返ることなく偶にふらつきながらも馬を操り逃げていく。


後先考えない行動は若者の特権だが如何せん短略的にもほどがあると思う。


そんな私の思いも届かずキャラバンが見えなくなった頃、幅の広いそしてやや流れのある川に差し掛かった。


見習い商人はここで初めて振り返り馬の脚を緩める。


「やった…!計画通りだ‼」

としきりに呟いた後、馬から降り私を地面に置くやいなや、いそいそと馬に水を飲ませ始める。

馬が水を飲んでいる間、見習い商人は団長が私にしたように私の顎をつかんで揺さぶりながら「ハッ…ハハッ…街についたら、目いっぱいかわいがって、それでその後、娼館にでも貴族にでも売り払ってやるからな!」楽しみにしておけと言葉を吐き捨て自らの服を脱ぎ水浴びを始めた。


(・・・。)


 私たちを運んできた馬は随分とおとなしい馬のようで十分な水を補給した後は勝手に川辺で寛ぎ雑草を食んでいる。


あたりに人はおらず太陽が沈みかけているため視界も悪い。


無警戒にもほどがあるだろう...。


まだまだ見習いというのもうなずける。

手枷をした女のそばには男の荷物、そして当の男は謀反が成功した高揚と街についた後のお楽しみで頭がいっぱいのようだ。

優雅に水浴びをつづけている彼を尻目に


(ギルガメッシュ叙事詩の末路もこんな感じだったな)


と思いながら私は男の少ない荷物から数本の鍵を探る。

すぐに見つかったそれら一本一本を丁寧に、手足を柔軟に使い当てはめていく。


やがてカチリと小さく音が鳴り手枷が外れた。痺れる手首を擦りながら馬の元へ行き手綱を引いて立ち上がらせ鞍に足をかけよじ登る。


(・・・あ)


騎乗したのはいいが馬の扱いなどしたことがないため体を揺らしたり馬の鬣を撫でて進行を促すも微動だにしない。


焦りながら「お願い!走って‼」

と必死に囁くも私の行動にとうとう男が気づいてしまう。

見習い商人が叫び声をあげ憤怒の形相で迫ってくる。

しかし、それに驚いたのか馬がようやく走り出し私を乗せて日の落ちる草原を川に沿いながら風よりも早く進んでいくのであった。


見習い商人くんよ荷物は頂いた、

精々全裸で町へ行くといい。ざまぁみろ。


進路を馬に任せたままただただ風を感じて産まれたての夜に包まれていく。

私はこの時初めて自由を知ったのだ。

何にも隷属されることのないまっさらで不安定な思いのほか悪くない自由だ。



一人と一頭はただひたすらに暗い暗い夜の方へ、溶けるように夜の帳へと消えていったのだった。

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