第15話・逍遙
ピュロスの姿を見た時のゲイツの表情といえば、末代まで語り草にしてもいいくらいの見物だったのだが、あまりやり過ぎて仕事に差し支えが出ても良くはない。
程々にするように言い聞かせると、先日の仕事以来妙に聞き分けのよくなったピュロスは「わかった。おっちゃん、ごめんね?」と大人しく引き下がり、対してゲイツも可愛い幼女にそう言われては怒るわけにもいかず、曖昧な笑顔で仕事の話をすることが出来た。
そして、いつもならターゲットの細かい素性など気にはしないのだが、今回は個人的にも許しがたい相手だったこともあり、多少突っ込んだ話をゲイツにもさせた。
臓器密輸のために難民の人身売買をしていたというターゲットの男は、それだけに留まらず、どうせ臓器の質には影響は無いのだからと、掠った子供を虐げるクソな振る舞いを繰り返していたらしい。
私に依頼が来たのは、それがあまりにも度を過ぎて…言いたくはないが、虐待された子供を、時に内蔵を摘出する前に殺すに至ったことが再三再四あって、密輸組織から切られた、という経緯からだ。
人間を臓器の供給源としか思っていない連中の片棒を担ぐのは本意ではない。が、死んで当然の人間を悪さの出来ない肉塊に変えてやる手伝いが出来たというのなら……。
「アキコ、かおこわい」
「そ、そうか。悪いな」
こんな話をピュロスの前でするわけにもいかず、体よく部屋の外におっぽり出していた間に聞かされた内容は大分私の人相をピュロス好みからは遠くに追いやっていたらしく、部屋を出てカビ臭い廊下で待っていたピュロスは、私の顔を見るなりそう口を尖らせていた。
「おしごと、おわり?」
「まあな。あとはまた、部屋に戻って鍛錬と次の仕事を待つ生活に戻るだけさ。退屈だろうけどな」
「そうでもないよ。アキコみててたのしいもん」
「楽しい、ねえ……」
並んで歩きながらそんなことを言われると、不思議と何かサービスの一つでもしてやろうかという気に……まあ、ならなくもない。
そうだな。あまり子供が居合わせていい所にいさせてしまったのだし、たまには羽目を外して羽を伸ばすのも悪くないか。私に生えてる羽なんざ、コウモリじみた悪魔のようなものだろうが、コイツのならさぞやキレイなものに違いないだろうからな。
そんなことを考えながらビルを出る。相変わらず、振り返った瞬間崩落が始まっていてもおかしくないボロビルだが、ゲイツも何が楽しくてこんな廃墟の半歩手前じみたところに住んでいるのやら。他に住人がいないのが快適だ、などといつか言っていたものだが。
「さて、と。おいピュロス。どこか行きたいところでもあるか?今日は他に予定も無いし、行って帰ってこられる場所なら連れてってやるが」
「おー、アキコにしてはめずらしーことを言う。どっかぐあいでもわるい?」
「そういう言い草があるか、おい。たまにはサービスしてやってもいい、ってくらいのものだ。言われる前に言ってやるが、鬼の撹乱てヤツだからな。気が変わる前に大人しく希望を言ったほうが……んなっ?!」
我ながら言い訳がましくぐだぐだと無意味な発言をしていた私は、ピュロスのたった一つの行動で黙らされる。
「とりあえずね、これでいーよ。アキコもさいきんいそがしかったから、きょうはこのままさんぽでもして、おうちかえろ?」
ね?と、ニッコリしながらこちらを見上げるヤツの左手は、私の右手をがっつり握っていた。握っていたというか、手を繋ぐ、というやつだった。いや手を繋ぐのに「というやつだった」も何も無いのだが。
「…後悔しても知らんぞ。私がこんなことを言うのは滅多に無いんだからな。次にアレしたいコレしたいと言い出しても知らんからな?」
「いいよー。アキコやさしいから、ピュロスがほんとうにしてほしいことあったら、ちゃんとおはなしきいてくれるもんね」
「………お前なあ」
舐めたことを言うものだ、とは思うが不思議と悪い気分ではない。
…そうか。これは舐めてるのではなく、信頼ってものを示しているだけか。
何がこの幼女の気に入ったのかは知らないが、どうも私は信用してもいい大人と見なされてはいるらしい。
「アキコ、げんきでた?」
「ああ。元気だぞ、私は」
「そ。よかった」
小さな手が、きゅっと力を増して私の手を握った。
…なんだか泣きそうになる。それを誤魔化そうとするかのように、私はもっと強い力でその手を握り返し、アキコいたいよー、と文句を言うピュロスを引きずるようにして、そろそろ冬が始まろうとしているくたびれた街の中を、並んで歩いていくのだ。
私は
ガキは嫌いだが、何事にも例外は…いや、何でも無い。
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